01 フィーア~水の原の国


「《はじくかべ》《てらすあかり》」


 一真は右手を前に出し、魔力を練り、手のひらの上に魔法を発動する。

 障壁の魔法と、灯りの魔法を封じ込めたものだ。


 周囲を照らす光の球が現れる。

 一真は光の球に手を触れず、思念を込めて浮かべる高度を上げた。


 国々を巡る旅の間、移動時間は暇である。


 キャリウスという大きな陸竜に家みたいな客車を引いてもらう旅だ。

 揺れはあるがキャリウス車による旅は快適で、一般に旅にまつわる面倒ごとは少ない。


 キャリウス車の御者は専門職で、キャリウスの世話も専門家の仕事だ。

 旅の一行の実に6割はキャリウス含めたキャリウス車の専門家である。

 そして王子が載っているからにはその世話というか身の回りは専門の侍女の仕事だ。

 王子以外の洗濯や掃除を担当する侍女もいる。

 料理はできる者で持ち回りだ。


 と、なると一真ができることはあまりない。

 せいぜい炊事洗濯の手伝いと、時折現れる魔物との戦闘程度だ。


 故に、一真は暇が多い。


 だから、空き時間を利用して一真はいろいろなことをやっている。

 書き言葉の勉強に、読書、トレーニングなどなど。


 魔法の練習もその一つ。


 戦儀に勝利したとはいえ、まだ戦うだろう相手はいる、というのもある。

 が、メインの理由は戦いが終わった後だ。


 一真が旅に出て気づいたことだが、自分には魔法の才能がある。

 戦儀が終わるまでは必死で、周囲に目を向ける余裕はなかったのだ。

 一真に魔法を見せるのはある程度なれているか、講師役の者だった。

 皆、一真ができる程度のことはやってのける。


 快適な旅で余裕ができて、全員がそうではないと気づくのに時間はかからなかった。


 せっかく魔法が達者になったのだ。

 将来の楽観的な願望であるが、王女であるソーラに不自由させないよう養いたい。

 ならば才能がある魔法を生かした仕事をやるのが一番だろうと、一真は考えている。


 だから、魔法の練習はよほどのことがない限り毎日続けているのだ。


 今日のメニューは発動した後のコントロールである。

 複数の魔法を使い、形を変えたり動かしたりの練習だ。


「一真」


 と、一真が球をキューブにしようと形を変えている時、後ろから声を掛けられた。


「セレンか?」


 振り向くとまだしまったままのドアがある。


「鍵は開いてる」

「わかった。入るぞ」


 一真がそう言うと、ドアが開けられた。

 いつもの強い意志を感じる表情に笑みを浮かべたセレンが入ってくる。


「一真、そろそ、おお」


 何かを言いかけたセレンの目が見開かれた。

 セレンの視線は一真ではなく、光る立方体に近づいてきた光の球に向けられている。

 角は丸いし、やや形もいびつだ。

 だが、四角い何かということは分かる形である。


「それは、魔法というのは分かるが」

「ああ、はじくかべとてらすあかりを組み合わせた。

 それから球体の形を変えて立方体にしたんだ」


 この変化自体に意味はない。

 障壁の形を自由に変えられれば、何かと潰しが利くからだ。


 例えば、ゼクセリアでは板ガラスが作られている。

 《はばむかべ》を使い、溶けたガラスを板状に伸ばすのだ。

 無論それができるだけの職人魔法使いもいる。


 一真は何がやりたいとも、どういう仕事が良いか、というのは決まっていない。

 魔法を活用した仕事は選択肢が多いのだ。

 魔法の習得を提案してくれたソーラには感謝と愛しかない。


 だからこうして潰しが利く練習をしておけば、仕事の幅が広がる。

 選択肢も仕事ができる可能性も増えるのだ。


「それで、何かあった? 警鐘鳴ってないから魔物の襲撃じゃないのは分かるけど」

「あ、あぁ。そろそろフィーアに入る。見ておいた方がいい」


 一真の質問に、セレンが答える。

 セレンの声に、一真は何か嫌な気分が混じっているかのような気がした。


「分かった」


 魔法を消し、一真は立ち上がる。


「外に出るのか? それとも展望室?」

「外に出るまでもない。展望室で十分だ」


 セレンの回答に一真が頷くと、二人は部屋を出た。


 展望室とは客車の最上階にある部屋のことである。

 客車前方に向けて開いた大きな窓があり、そこから外を見るのが一真は好きだ。

 何がなくとも一真はよく訪れていた。


 フィベズの風景は、とても自然が豊かだ。

 日本では考えられないくらい広大な草原や遠くに見える富士山みたいな山。

 河川は幅も大きく広くキャリウス車で強引に渡河した覚えがある。


 一真はフィベズのことを思い返し、そうかこれでお別れか、と考え、やめた。

 フィーアに入るのだ。考えるのは、次のことにするべきだろう。


 階段を上がり、ドアを開け、展望室に入った。

 セレンが開けておいたのか、普段閉じられている窓の木戸は視界を遮らない。


「あれは……」


 窓の向こうに見えた青い色に気を移しながら、一真は窓に歩み寄る。


 一面、水に満たされていた。静かに風に揺れる水面は鏡に似ている。

 青い鏡面はゆるゆると雲が流れていた。

 どこまでも広く、何よりも大きな鏡だ。

 青く壮大な、異様に綺麗な水を湛える風景に一真は圧倒された。


 窓から身を乗り出せば、キャリウスはまだ草原の中にある道を歩いている。

 道を視線で辿ると、水際で道は途切れている。

 丈の長い草原から急に、水面になっているのだ。

 遙か向こう岸には岸も見え、人里の気配こそないものの、小屋が何棟か建っている。

 釣り小屋か、何かだろうか。

 更に向こうには低い山が青く連なっている。

 右を見ても左を見ても水面は続いており、どこまで続いるか、一真には分からない。


「湖……いや海か?」


 これほどの水量は、一真が知る限り海しかない。

 キャリウスは海に向け、進んでいる。


「いや、フィーアだ。フィーアの領土、いや領海? ともかく、あれがフィーアだ」


 一真の疑問に、セレンが答えた。

 セレンはいつの間にか一真の隣にいて、前を向いている。


「あれが? あの水に満ち満ちた場所が? あれ海じゃないの?」


 セレンの言葉に、一真は疑問を重ねた。


「もっと遠く広く、海とティルドとフィベズに囲まれた場所がフィーアだ」


 海に挟まれた水に満ちた場所、すなわち海では、と一真は思い、疑問を解消しない。


「つまり、どういうことなの!?」

「つまりだな。フィーアは水に沈んでいる国なんだ」

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