07 この庇護を抜けるために


「神機で直接乗り込んで後は流れって、雑過ぎないか?」


 具体的にどう反逆するのか聞いた一真は、ため息交じりに思い言った。

 アマルが用意したカップに振れると、まだ微かに暖かい。


「調査しきれなかったからな。神機なら、ある程度何があっても対処できるだろう?」


 一真の言葉にセレンは、欠片も表情を歪めず真面目に返す。


「と、言われてもアテルスペスの性能は知っているでしょう?」


 少し姿勢を低くして、一真はやや下からセレンの顔を覗き込むように聞いた。

 戦儀での戦い方は見ていただろうし、この国の王子が知らないはずがない。


 セレンの唇が少しムッと歪んだように一真には見えた。


「何も単機で乗り込む必要は無い」


 一真は姿勢を戻す。

 単独で行かなければいいとセレンは言った。

 だが、ゼクセリアの神機はアテルスペスしかない。


 いや、と一真は思い直した。

 今この国には神機は2体ある。

 ヘマが乗ってきたGFハルファスがあるはずだ。


「複数ってヘマ、あの娘をかり出すおつもりですか?」


 一真がそう言ったあと、セレンの口元がほんの少しだけ歪む。

 ふ、とセレンが笑ったように一真には見えた。


「戦儀が終わってからも、神機は大体一年ほど残り続ける」

「え?」


 思ってもみなかった返答に、一真は虚を突かれる。

 セレンの言葉は一真も知っている事だった。

 だから、残った神機は土木作業や魔獣狩りにかり出されるのが通例だ、とも。


「これはおかしいだろう?」


 語尾を上げたセレンに、一真は何か試されている気がした。


 確かに、とは一真も思う。

 戦儀に使うだけなら、確かに国に戻った時点で消せばいい。

 だと言うのに、一年の猶予を経てから消えるのだ。


「それは、そう思いますが」

「思うにな。神は神機で何かを成して欲しいのだ」


 一真の言葉に被せ気味にセレンが言った。

 その勢いに引き気味になりながらも一真はセレンの言いたい事が分からない。


 いらつきを言葉のトゲに出しながら、一真は聞き返す。


「何か、とは」

「『幼年期の終わり』」

「ッ!」


 息を飲んだ。


 つい先ほどセレンが言及したSF小説のタイトル。

 人類の進化と、それをやろうとする宇宙人の話だ。

 一真はセレンの話によってそのように理解している。


「ま、神に与えられた物で神を倒しても、幼年期の終わりにはならんだろう。

 だが思うに、反逆、というより神は恐らく人類に神の庇護から抜けて欲しいんだろう」


 セレンはすっかり冷めた茶を口に含む。


「これが私がそう思う理由だよ。そして折角神が用意してくれたのだ。使わねばな」


 一人納得したように微笑んで頷くセレンに、一真は眉をひそめた。

 つまり、どういうことなのか、一真には理解仕切れないのだ。


「アテルスペスと、GFハルファスを?」


 一真は話を先に進めようと、具体的に聞いた。


 セレンはさして表情を変えずにまばたきを数回しながら一真を見つめる。

 そして数秒後、あからさまに呆れたようなため息をした。


「折角用意してくれたのだ。使わねばな、12体ほど」

「12、って12!?」


 何でも無いことのように言われたセレンの言葉に、一真は驚く。

 その驚き顔をセレンは目を細めて眺めた。


 12、という数字の意味を、一真は知っている。


「この世界の、全ての国?」


 確認するように、一真はセレンに聞いた。

 セレンは大きく頷く。


「そうだ。

 フィベズ、フィーア、ティルド、セコンダリア、フィルスタ、ウェルプト、イレベーナ、デカドス、ニーネ、ジーヴィン、そしてゼクセリア。

 計12ヶ国。

 この世界の全ての国とその神機でもって、この反逆を成す」

「それは」


 一真は言いかけて黙った。

 椅子の背もたれに背を預け、深呼吸を一度する。


「どうやって」

「実のところな」


 一真の問いから間髪入れず、セレンは腕を組んで話し出した。


「『歪み』、神の『呪い』から影響を抜ける方法は分かっているんだ」

「は!?」


 セレンの言葉は問いの答えでない。

 が、一真はセレンの言葉に驚きを隠せない。


 『歪み』があるから、反逆しようとしているのだ。

 避ける方法があるなら、反逆の必要はないではないか。

 一真はそう聞こうとして口を開く。


「ヘマには会ったか?」

「え、まぁ、ここに来る途中に」


 一真の言を遮るように出されたセレンの問いかけに、一真は戸惑いながら答えた。


「って、まさか」


 ヘマは一真の記憶とは違っていた。

 具体的には言葉使いが。

 前のヘマには妙な訛りがあった。

 何を言っているか考えなければいけないほどに。

 だが、先ほどあったヘマは比較的普通に喋っていた。

 訛ってはいたが、聞いてすぐ理解できるほどにだ。

 何故か。


「独特なティルドのスラム訛り。

 あれは『歪み』か奇跡のどちらかかは我々には分からない。

 が、ティルドを抜けて養子や嫁ぐことによって治ることは前々から知られていた。

 今回は急ぎのため、城勤めのメイドと兵士の夫婦に頼んだのだ。

 結果、今のヘマはゼクセリアの民だ」


 セレンが言ったのは、確かに一真が抱いていた疑問の答えだった。


「と、いうことは」

「別の国の人間になれば、呪いは解ける」


 セレンの断言に、一真は納得しかける。


「そう、なのか。あっ」


 記憶の片隅から、浮かんでくる声があった。


「いや、それはおかしい」


 老少年英雄ゼラン・ヴェルート。

 彼は何と言ったか。一真は覚えている。


『僕の4番目のお嫁さんは、石化病で死んだ!』


「ウェルプトの奏者に嫁いだ女性が石化病で亡くなったはずだ」


 セレンの目を真っ直ぐ見て、一真は言った。


「それは単純な話だ」


 なんてこともないように、セレンは返す。


「彼女は嫁いでもゼクセリアの人間だった。それだけのことだ。

 ついでに言うなら墓もゼクセリアにある」

「えぇ? それはどういう」

「家に入り、心理的にその国の民にならねばならない。

 まぁつまり、子供の妻になどなりたくなかったんだろ。

 もしくは嫁いでから不満が溜まったか。

 手記もあまり良いことは書いてなかったしな」

「う、そう、なんだ」


 釈然としないものを感じながら一真はそれ以上聞くのを止めた。


 セレンがカップを手にとってお茶を啜る。

 一真もそれを見て、一息付けようとカップに手を付けた。


 一口啜る。

 一真がカップを下ろすと、セレンが口を開いた。


「そう。そして、ゼクセリアに現れた『歪み』は石化病なんだ」


 一真は当然知っている。

 奇跡によって無くしたのも一真だ。


「神の『歪み』がなくなった場合、かなり早い段階で影響を抜ける、と思われていた。

 石化している箇所が治れば、現状の通り。

 怪我にはなっているだろうが、概ね治る」


 度合いにもよるが、概ねセレンの言うとおりだろうなと一真は思う。

 たしかに、廊下に響く声は筆舌に尽くしがたいものであった。

 欠けやヒビなど、治るのに時間がかかるだろう。

 そう、治るのだ。

 後遺症も残るだろう。

 欠けたところは無くなるし腐って切り落とした場所もそのままだ。


「国土に現れる『歪み』も無く、気候も安定している。食料だって十分にある」


 暫く暮らして、一真も体で理解していた。

 治安や文化などはまだ分からないことも多い。

 気候も理解出来るほど長くは住んでいない。

 それでも、この国は住みやすいのだ。


「『歪み』に苦しむ民をある程度受け入れる。この条件で協力を取り付けた」


 と、セレンは何でもないことのように言った。


「って、ええ!?」

「ついでにニーネやフィルスタにも同じ条件で受け入れるように協力を取り付けた」

「は!?」


 既に反逆はこれから始まるのではない。

 既に準備は進んでいるのだと、一真は気付いた。


「反逆に成功すれば奇跡がなくてもそうなるからな。

 そして奇跡によって正常化した国が増えればそこにも民を移せる。

 が、勝ってしまったからな」


 計画のやり直しとはこのことかと一真は天を仰ぐ。


「そういう、ことか」

「想定の範囲内ではあった。だから英雄殿が勝ったのは間違いではない」


 一真は改めてセレンを見た。

 迷いのない表情と目は、自信の表れだったのだ。

 そして同時に、最初に抱いた冷たい印象の正体も一真は理解した。

 何があっても、事を為す。

 そういう決意の表れだったのだ。


 一真はとうに反逆を手伝うつもりだった。

 だが、今ここで、改めて自ずから神に反逆すると決意する。


「それじゃあ、これからまた各国に交渉に行くんだな?」


 今までの会話から推測して、一真はこれからのことを聞いた。


 セレンは口元を右手で覆い、少しうつむく。


「いや、各国に行くのはそうだ。交渉もそうだ。ただ反逆するのは決定事項だ。

 王達との交渉は然程難航はしないだろう」


 口元から手をどけ、セレンは首を横に振った。


「問題は、だ」


 セレンを真っ直ぐ見つめる一真の視線に、セレンの視線が合わさる。


「当然だがこの反逆には神機が必要だ。

 だから、各国の奏者と会い、協力を取り付ける必要がある。

 つまり、これから説得しに国々を巡るのだ」


※2021年7月24日 ヘマの口調に関する描写を修正

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