06 壊れかけの揺り籠


「歪み。なるほどね」


 一真はため息を吐きながら頷いた。


 心当たりがある。

 幼い姿のまま、60年以上を生きるウェルプトのゼラン・ヴェルート。

 女ばかりが生まれるフィベズ。

 ニーネにもあったらしい。

 そして恐らく、レイギのフィルスタにもあるのだろう。


 一真は思い返し、セレンの顔を見る。

 セレンは一真の視線をどう受け取ったのか、大きく頷いた。


「『歪み』で分かりにくければ『呪い』と言い換えてもいい。

 ともかく、奇跡に頼らず人の力で文明を発展させる。

 それこそが今の世界に必要なのだ」


 セレンが断言する。

 自信に満ちた顔と、力が込められた声が一真の心に染み入ろうとした。


 一真は顔を振って振り払う。


「そっちの考えは分かった。でも、だからといって神に反逆とか。

 第一、どこに神がいてどうやって反逆するんだ?」


 どうしても、一真は乗り気になれない。

 難しい戦いだったとはいえ、戦儀に勝ち抜いて奇跡を起こした。

 それは既に一真の誇りとなっている。


 いや、一真だけではない。

 アジャン、ゼラン、ルアミ、バルド。

 彼らだって国を救おうと誇りを持って戦ったのだ。


 戦儀の場で、互いの全てを賭けて戦ったのだ。

 彼らの誇りと、誉れと、心。

 反逆によって、それらを全て無意味と断ずるのではないか。

 それが一真には嫌だった。


 それに、一真はまだこの世界に来て三ヶ月目だ。

 だから、この世界の事情に詳しくないというのもある。

 客みたいな立場でしかない自分が、身勝手に反逆などしていいものか。

 それが一真には分からないのだ。


「神の居場所なら推測が出来ている。ずっと変わらない中央の島。あそこだ」

「地図の地形が変わらない、以外に理由は?」

「二つある。

 一つは神前戦儀中は上陸自体が何か障壁のようなものに阻まれて出来ないこと。

 二つ目はそうでない時期に上陸すると警告が聞こえることだ」

「警告?」

「そう、警告だ。なんでも、ここは神域だからこれ以上進まないように、だそうだ」

「なんだそれは」


 一真は素直な感想を言った。

 セレンが一真の言葉に頷く。


「私も変な話だと思う。入れたくないなら障壁を四六時中貼ればいい。

 なのに、警告だけ、だそうだ。

 文献にあった話だが、部隊を調査に向かわせて裏付けもとってある」


 そう言うとセレンはテーブルの上にあるカップに手を伸ばし、口元に運んだ。

 途中で中身が無いことに気付くとカップを置いて「アマル」と少し大きな声で言った。


 ドアが開く。


「ご用ですか?」

「茶を」

「かしこまりました」

「一真の分も頼む」

「はい」


 ドアが閉じられた。


「どこまで話したか」

「神の居場所が地図中央の島だって。

 でも、中央の島にいることだとだけ分かったところで」


 セレンに手のひらを向けられ、一真は黙る。


「いや、それさえ分かれば良いんだ」

「何故です?」

「それはだな」


 部屋のドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」


 セレンが応答した後、ドアが開かれた。


 一真はドアに振り向き、入った来た者を見る。


「え?」


 眉をひそめて一真は声を漏らした。


 入ってきたのは侍女・アマルだ。


 早すぎる。

 セレンがお茶を頼んでから然程時間が経っていない。


「早いな」

「そろそろ必要かと思い、既に用意しておりました」

「そうか」


 侍女アマルはサービスワゴンを室内に入れると、茶器をテーブルに載せる。


「ところで一真、小説などは読むか?」


 アマルの準備を待っていると、セレンが一真に声をかけた。


「小説? いきなりなにを」


 カップに湯気を漂わせる薄紅色の茶が注がれる。


「SF小説などは?」

「今は小説なんかより続きを」

「失礼します」


 アマルが頭を下げ、ワゴンを引いて部屋を出て行った。


「読むか?」


 セレンの問いかけに、一真はため息で返した。


「読みません。付き合いで少し読むくらいでした」

「そうか。だがこのタイトルは聞いたことがないか? 『幼年期の終わり』」


 セレンが出したタイトルはSF小説の傑作だ。


「聞いたことぐらいはあります」

「ざっくり言ってしまえば宇宙人が地球人を進化させるためにいろいろやるって話だ」

「それは、まさか」


 神も人の進化を誘発させるために。そんな推測が一真の脳裏を過ぎる。


「ゼクセリアだけの話になってしまうが、

 文献を紐解けば、最初の内はたしかに奇跡によって『歪み』は発生していない。

 つまり奇跡による環境の変化や人の変化は予定通りだったんじゃないか?」

「だとするとつまり、今がその『幼年期の終わり』、に値するのか」


 一真は素直な感想を述べた。それを聞いたセレンは首を横に振る。


「実のところ似たような状況だとは思う。

 まったくその通りかどうかは、分かっていないんだ。

 可能性の一つだとは思うがね」

「ッ! あなたは全くの推測で反逆をしようとしているのか!?」


 一真は立ち上がり、声を荒げた。

 椅子が転がり、音を立てる。


「上陸は出来るし警告は言われるだけ。招こうとしているのは間違いないだろう?」

「だからって」

「だからだ!」


 セレンが一真の言葉に大声を被せた。


「石化病はなくなった。次は何が起こる?」


 セレンの真っ直ぐな目に見据えられ、一真は身を退く。

 その目に怒りを感じ怖じ気づいたのだ。


「まさか『歪み』・『呪い』が初めてだと?」

「なんだって!?」


 一真は手を握りしめ、身を前に出す。

 妙な流行病が発生したのは初めてではない。

 と言うことは『次』があるということだ。

 そのことに一真は思い至る。


「体のどこかに鉄で出来た鱗が生える病だ。

 酷くなれば血が薄くなり、朦朧とし、そして死ぬ。

 とはいえ、死者は少なかったらしいがね。

 安心しろ、既に奇跡で無くなった病だ」


 一真は息を呑む。

 座り直そうとして、椅子を蹴ったことを思い出した。


「石化病の次は何が起こる?

 その度に勝てるかどうか分からない戦儀に託すのか?

 勝っても願いが叶うのは一つだけだ」


 椅子を拾う。その間にも、セレンの話は進んでいた。


「今でも他の国では人が沢山死んでる。百年以上前だが滅んだ国だってある」


 テーブルの前に置いて、座り直す。

 姿勢を正して、一真は話を止めないセレンの顔を真っ直ぐと見た。


「多少性急だろうと、今やらねば、これ以上神とやらの好き勝手させてたまるか!!」

「分かった。必要なんだな。反逆が」


 話の切れ目に合わせて、一真は訪ねる。


「そうだ。だから」

「手伝う。何をすればいい?」


 セレンが右手を差し出した。一真はそれを握り返す。


「まずは、礼を言う。英雄殿、助力に感謝を」

「いいや、事が終わってからにしてくれ」

「いや、言わせてくれ。

 君は既に一国を救った。次は、共にこの世界全ての国を救おう」


 二人は手を離し、これからのことを話し始めた。

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