05 この世界は


 最初、言われたとき一真はセレンが言った事が何を意味するのか分からなかった。


「神への、反逆だって!?」


 と、口に出してようやく、一真は理解したのだ。


「なんでっ、神って、戦儀のっ、ソーラを治してくれたっ!!」


 頭の中で纏まっていない疑問を、一真はつっかえながらも口にした。


「まぁ、座れ。落ち着け」


 セレンはそう言うとテーブルの反対側、一真がいる方にある椅子に指を差す。


「なに、今から殺しに出かけるという話じゃない。説明はしよう」


 一真は少し考えて、従うことにした。

 なにしろここは一真に宛がわれてた部屋だ。

 稼いだお金や少々の私物、魔術の教本も置いてある。

 話を聞かねば、セレンは出て行かないだろうと思ったからだ。


「それで、どういうことですか」


 一真は座って直ぐ、口を開いた。

 眉が狭まるように動くのを止められない。

 怪しさと胡散臭さを感じ取ってしまうからだ。


 この世界に神という何かが実在することは、一真は疑っていない。

 神機に乗って戦い、奇跡を起こした。

 それは事実。

 だがここはその奇跡の恩恵を受けている世界だ。

 反逆などする理由がない。


「そうだな。どこから話そうか。予想より一真が速く帰ってきたからな」


 まずは、と呟きながらセレンは椅子から立ち上がり、部屋の中を見渡した。


「ああ、あったあった。これだこれ」


 セレンの視線の先は壁に立てかけられた長い筒だ。

 2本ある。

 散らばった書籍や紙を避けながら回り込むようにセレンは歩いた。


 一真はセレンの脚に目が釘付けになる。


「ズボン……」


 セレンは2本の筒状の布によって構成された衣服、ズボンを履いている。

 このゼクセリアには普及していない衣装だ。

 一真は仕方なく、この国のスカートみたいな腰布を普段着にしていた。


「ああ、どうしても慣れなくてな。作らせたり外国で買い付けたり、いろいろだ」


 一真の呟きを聞きつけたのか、セレンが片方の筒を手にとって言った。


 セレンは筒の蓋を抜くと中から丸められた紙を抜き取る。


「まず、この世界の地図を見て貰おうか」


 そう言って、セレンは紙をベットの上に広げた。


「見ろ」


 椅子に座れと言ったのにベッドの上にある紙を見ろと言う。

 一真は多少のいらつきを憶えながらも立ち上がり、ベッドに近づいた。


「これが、恐らく千年くらい前の世界地図だ」


 随分昔のもの、なのに古びてないなと思いながら、一真は地図を見た。


 地図は中央の島と、それを取り囲むような島々で構成されている。


「そしてこれが」


 セレンは一真が地図を見たのを確認すると、もう一本の筒を手に取った。

 蓋を開けて中から紙を取りだす。


「記録上では百年くらい前の地図だ」


 千年前の地図の横にセレンは新しい紙を広げた。


「ん? えっ!?」


 地図をみた一真は驚愕の声を上げる。


 変わっていないのは中央の島だけだ。

 千年前の地図では島々は大まかに円形に取り囲んでいた。

 だがそれら百年前の地図では歪んでいる。

 大きく場所が変わっているのだ。

 場所だけではない。

 大きくなった島も多い。


「ゼクセリアは大体この辺りだ」


 セレンは100年前の地図で、中央の島の真下にある大きめの島を指差した。


 一真は交互に2枚の地図を見比べる。


「これが、同じ島?」


 一真の声は震えていた。

 ゼクセリアだと示されていた島、その位置は北に動いている。

 中央の島との距離が近づいており、また大きさも大きくなっていた。


「この地図は昔のゼクセリアが願った奇跡の産物だ」


 セレンが言う。


「だから、朽ちない。当時の姿を今に伝えている。

 そして、恐らく、島が動いているのも、奇跡だ」


「これじゃあ、昔と比べて」

「ああ、昔と比べて随分気温は下がっているだろう」


 一真の呟きにセレンが答えた。


「ゼクセリアだけじゃない。他の国も寒くなったり暑くなったりした国は沢山ある」


 セレンの言葉に、一真は変わったであろう他の場所を見比べる。

 確かに、北や南に動いた島々があった。


「こんなに」


 神の力が強いなんて。

 一真はあまりの衝撃で、言葉に出し切れない。


「でも」


 一真は首を振って、地図から目を離した。


「この地図は凄いと思う。でも、反逆するような事か?」


 セレンの顔を見る。

 セレンは一真の顔を見返し、言う。


「奇跡の凄さを示しただけだ。大規模な願いも叶えられると、示した。

 それだけだ。

 結果はそれだけじゃあない国もあるがね」


 一真はセレンの真っ直ぐな視線に気圧され、一歩退いた。


「じ、じゃあなんで反逆なんか」

「慌てるな。結論は急ぐもんじゃない。説明を聞けば、分かる」


 そう一真に答えたセレンは、テーブルに向かって歩く。


「さ、もう一度座ってくれ。落ち着いて話をしたい」


 セレンは元座っていた椅子に座った。

 落ち着いた様子に、一真はいらつきを募らせる。


「早く話してくれませんか?」


 口調を荒げて一真は言った。


「慌てるんじゃない。長くなるからな」


 一度座れておいたくせに、という言葉を一真は飲み込み、従う事にする。


「それで、どういうことです」


 座り、一真は続きを促した。


「そうだな。ところで英雄殿、不思議に思ったことはないか?」

「何を」

「病など、最初に『民が全ての病に罹らぬように』と願えばすむんじゃないか? とな」

「それは!」


 実のところ、一真は何度かセレンが言うように考えたことがある。

 その願いさえ通れば、病から解放されるというのに、なぜそうしないのか。


「もう既に願ったのだろう。

 それこそ、かなり昔、ひょっとしたら最初の奇跡がそうだったのかもしれない。

 だから、この世界の言葉に『風邪』という語彙はない」

「はぁ!?」


 一真は思わず大声を出した。

 不思議だ。不思議でたまらない。

 一真の頭の中は今、疑問で一杯だった。


「だったらなんで『病』とか『病気』とかはあるんです?」

「無くなったのは細菌やウィルスによるもの。

 熱中症やアルコール中毒等の体の動きに関するものは残ったからだ」


 セレンの回答は簡潔なものだ。


「またキノコなんか毒も神にとっては病というくくりでは無いのだろう。

 結果、そう言ったものが病として人々の認識に残っている」

「それじゃあ、石化病とかってのは」

「まぁ、ウィルスや細菌によるものじゃあない」


 セレンは首をゆっくりと左右に振った。


「焦るな。落ち着いてくれないか。そして、座り直せ」


 そう言われて、一真は自分が立ち上がり、身を乗り出していたことに気付く。


「失礼しました」


 謝って一真は座り直した。


「いい。納得しにくい話、気に障る話だというのは分かっている」


 セレンは軽く頷いて、テーブルの上で手を組む。


「そうだな。もう結論を言ってしまおうか」


 一つ、深く、ため息をして、セレンは一真の目を真っ直ぐと見た。


「地形を大きく変えるほどの強力な奇跡。

 病をなくすみたいな曖昧で過大な奇跡。

 他にもあるが、そう言った積み重ね、その果てに出た『歪み』。

 それこそが石化病の原因だ」


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