04 口火を切る


「入れ」


 一真がノックしたあと、部屋内から声がした。


 自室でノックというのも変な感じだと思いながら、ドアの取っ手に手を掛ける。


「入ります」


 一真は声を掛けながらドアを開けた。


 半月振りに見た自室は少し様変わりしている。

 散らばった紙や書籍、壁際に控えた侍女。

 そして中央のテーブルで作業をしている、金髪の男。


 冷たい印象が、不機嫌な時のソーラによく似ている雰囲気の男だ。


「お前がカズマか。あぁすまない、散らかしてしまった」


 目線をテーブルの上にある紙からちらりとも動かさず、男が言った。


「知っていると思うが、セレン。ソーラの兄で王子などやらせてもらっている」


 整った顔立ちに少し日焼けしてくすんだ金髪がかぶさり、切れ長の目が覗く。

 声も自信に満ちた低く落ち着いた音だ。


「金城一真です。お招きに」

「よい。堅苦しい場は苦手だろう。さてキンジョウ・カズマ。どういう字を書くんだ?」

「じ、字? え、は?」


 一真の名乗りを遮ったセレンの言葉に、一真は疑問を抱く。

 この世界に来てから、字を聞かれたのは一真に取っては初めてだ。


 当然ながら、この世界に漢字はない。

 戦儀の控え施設では不思議な力で漢字を見ていたが、例外だ。


「どういう」

「うん? 日本人、だろう?」


 思わず一真は後ずさる。そして混乱を抑えきれず、呻きが漏れた。


「な、にを」

「あぁうん。混乱もするか。アマル、席を外してくれ」


 セレンが壁際に控える侍女に言う。

 侍女は深々とお辞儀をすると、一真の横を通ってドアから出た。

 一真の後ろでドアが閉まる。


「何も取って食おうって話じゃない。警戒させてしまったか?

 構えを解いてくれ」


 言われて初めて、一真は自分が拳を握って構えていることに気付いた。

 大きく息を吐いて、構えを解く。

 もう一度深呼吸。

 そして一真は姿勢を正してセレンに向き直る。


 セレンは視線を動かさない。

 ただずっと、紙に何かを書き留めている。

 少しの間、カリカリと紙をペン先がひっかく音が支配した。


「うん、手っ取り早く説明すると、だな。転生者、というやつだ」

「転生者?」


 一真はそのまま単語で問い返す。


「輪廻転生は分かるな?

 死んだ後魂が別の生き物となって生まれてくるアレだ」


 頭の中でセレンの言ったことを一真はかみ砕いた。

 そして一つの答えを導き出す。


「つまり、貴方は地球を知っている?」

「そうだ。正解。ついでに元日本人。と言っても大分記憶は薄れているがな。

 前の名前もすでに思い出せん。ああ、このことは秘密だぞ」


 セレンがペンを置いて、書いたばかりの紙をテーブルの隅に置いた。

 別の紙を手に取り、またペンを取って書き出した。


「で、字はどういう字を書くんだ?」


 一真は観念して口を開く。


「金色のお城。それと、一つの真実の真」


 前半は電話口で名乗るときに使っていた説明だ。

 後半は少し迷いながら言った。


「ふん、金城 一真。やはり君の故郷と私の前世は違うようだ」

「違う? 何故分かるのですか」


 セレンの断言に、一真は問をかける。

 自分に分からない理屈で同郷ではないと言うのだ。

 はっきりと何故かを知りたい。


「簡単だ。金城親子。総合格闘技で伝説的な親子格闘家だ。

 何故かそれは覚えている」


 父が怪我をせず、自分が父と同じ道を進んだ世界。


「そう、か」


 一真はセレンから視線を外し、俯いて目を閉じる。

 父の顔を思い返し、少しだけ悔やんで顔を上げた。


「父は強かったですか?」

「ああ、お前も強かったよ」


 一真は右手で口元を隠す。

 にやつきが抑えられないからだ。

 そのような未来もあったのだと、嬉しいのだ。


 カリカリとペン先が踊る音が響く。

 しばしの間、室内は静寂とペンの音が満ちた。


「さて」


 口火を切ったのはセレンだ。

 ペンを置いて紙を重ね、その束をテーブルに軽く落として揃えながら言う。


「本題の前に二つ、言いたいことがある」

「な、なんでしょうか」


 一真はにやける口元を正し、心を落ち着かせながら聞き返した。

 ネクタイの結び目に手をやり、緩んでないか確認する。大丈夫だ。


 紙の束をテーブルの端に置いて、セレンは一真に顔を向けた。

 鈍い青色の瞳が一真を射貫く。


 一真はセレンの青い眼を見て、ソーラに似ている、と思った。

 意思の強く、はっきりと現れる目。一真が惹かれた目だ。


「一つ目は恨み事、だな。余計なことをしてくれた」


 一真は直ぐにセレンの言葉を飲み込めなかった。


「は?」


 口を大きく開けて、一真は1音で聞き返す。


「まあ、後で説明するがな。手間が増えて余裕が減った。計画も修正が必要だ」


 セレンの言葉に一真が気になるところがあった。

 計画とはなにかと、一真は思い、聞き返そうとして、セレンの表情を見て、やめる。


 とても穏やかな微笑みだったのだ。

 眉の下がり口角の上がり、微かだが柔かで、美しい微笑みだった。

 同性なのに一真の胸が少し高鳴り、一真は呼吸を速くして落ち着こうとする。


「二つ目は、だ」


 一真が心臓を落ち着けないうちに、セレンは続きを話し出した。


「英雄殿に感謝を。特に、妹とエルミスを助けてくれて、ありがとう」

「あのっ、それはっ」


 反射的に一真は声をだす。

 何を言うのか、纏まってない。

 なのに、何かを言わないとという焦燥感が一真の口を動かすのだ。


「お、俺が、そうしたかっただけで」

「分かるぞ。妹は美人だからな。それに英雄殿なら心を射止めるのも容易いだろう」

「いやっ! その!」


 セレンの言葉に一真はさらに焦燥を募らせる。

 何故だ。

 何故ソーラを慕う気持ちがこの男にバレているのだ。

 一真はそう思わずにいられない。


「さて。からかうのはやめておこう」


 口元に手を上げてくく、と笑うセレン。

 一真はその様子に顔が熱くなるのを感じた。

 恥ずかしさを抑えるべく、一真はネクタイを締め直す。


 数度首を振って、一度息を大きく吐いた。


「それで! 本題は!」


 わざと大きな声で一真は話を先に進める。


「そうだ。本題を言わないとな」


 軽く笑いながらセーレは手を組み、テーブルに両肘をついた。


「そうさな。簡単に言ってしまえば、神に反逆する。だから、手伝え英雄殿」


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