03 なんで?
石化病は治った。
流行ることももうない。
だが石化病が治っただけだ。
石化病によって血流が止まり、腐った四肢の先端。
欠けやヒビ。
そう言った箇所は治らない。
いや、石化が解けたのだ。
血は流れ出し痛覚は繋がった。
それが何を意味するかは、一真には聞くまでもなく理解出来る。
謁見の間にも微かにだが伝わる声は雄弁だった。
「切らないで」「痛い」「ああああああああ!」「助けッ、ああああ!!」「止まれ、止まって!」「死ぬ」「なんで!? 治ったのに! 痛い!」
一真は頭を振って思考を切り替える。
今は、話を聞かないと。
「それじゃ、ソーラは」
何とか声を絞り出して、一真は王様に聞いた。
「ソーラは、無理に歩き回って、皆を元気づけた。
城内とその周辺だけとはいえ、大人しくさせておくべきだった」
王は言うのを止めて、俯いた。
一真は振り返り、走り出そうとする。
「止めておけ」
その背に王が声を書けた。
一真は脚の動きを止め、声を上げる。
「だからといって!」
「処置の邪魔だ。それにソーラだけではない。
薬も包帯も医者も足りん。
城内は侍女総出、兵士たちも街に降りて処置の手伝いをしているはずだ」
一真は大きく息を吐いて、王に向き直った。
「人手が足りないなら、手伝うまでです。皆が苦しんでいるのなら、私も」
「お前は休め。戦いが終わったばかりの戦士には急用が必要だ。それに」
王が言葉を止める。
一真は王の顔から戸惑いを感じた。
気になった一真は続きを促す。
「それに」
オウム返しの催促ではあったが、王は首を振ってから目線を一真に合わせた。
「セレンが話があるらしい」
「セレン?」
一真はその名前には聞き覚えがある。
外国に何かの用事で出ているという、ソーラの兄だ。
「王子、ですか。王子が?」
「そうだ。お前の部屋で待っていると聞いている」
「え、何故ですか?」
一真にはセレンが話があるという理由が分からない。
それも一真の部屋で、だ。
内容にもよるが、上下関係的に一真が向かうべきなのではないかと一真は思う。
その上、名前しか知らない人物でもある。
「セレンには言うなと言われている。大人しく部屋に戻り、話をするといい」
釈然としないまま、一真は「分かりました」と言って頭を下げた。
「早めに行ってやれ。戦儀が終わってからずっと待っている」
王の言葉に頷くと、一真は玉座に背を向ける。
いつまでも謁見の間にいても仕方がない。
人を待たせ続けるのも気分が悪いと、一真は開け放たれた扉から廊下に出る。
うめき声が、一段と多く、はっきりと聞こえる様になった。
少しだけ迷って、一真は姫の私室がある方に脚を向ける。
遠回りにはなるが、一真の部屋に行けないルートではない。
少しだけ。少しだけだ。
部屋の外を通るだけだ。
そう一真は自分に言い聞かせながら歩き出した。
謁見の間は城の奥まった場所にある。
部屋は他に無く、今は王しかいない。
だから、廊下には誰もいなかったのだろう。
廊下を歩いて最初の角を曲がり、目に飛び込んできた光景に一真は口元を歪めた。
リネン、赤く染まった布、白い包帯の山。
水を張ったたらい。薪の束。
担架に乗せられた人。
そう言ったものを抱えて部屋から部屋にめいめいに駆け回る侍女達。
廊下の隅で蹲る誰か。
見知った侍女たちに混じって街で見掛けた女性もいる。
髭を蓄えた男は医者だろうか。
邪魔になるといけない。
一真は別のルートを通ろうと思い、それらから目を離した。
「カズマ!」
自身を喚ぶ少女の声に、一真は再び廊下に目を向ける。
少女が駆け寄ってきた。
美髪を纏めてくくり、侍女服を纏って印象は変わっている。
だが、その可愛らしい顔に、一真は見覚えがある。
「ヘマ!」
一真が両手を開いて迎えると、一真の胸にヘマが飛び込んできた。
「カズマ! おめでとさ! 戻ってきたンね!!」
「え? うん?」
ヘマの声に一真は違和感しかない。
「こっちきて、あたしいろいろお手伝いしてるンよ! あ、お勉強もしてっちね!」
「そ、そうか。その」
口調が、ものすごく、普通だ。
訛りが、少ない。
前ほど酷くはないものの、明らかに訛りが減っていた。
一真はどうしたのか聞こうとしたところで遮られる。
「こらヘマ!」
奥の方で女性が怒鳴った。
一真がそちらを見ると、顔見知りの侍女が柳眉を逆立ててこっちに走ってきている。
「包帯を突然投げ捨ててって、カズマじゃない。
お帰り。今忙しいから祝うのは後で、だけどね」
「ぐえ」
侍女はヘマの首根っこを掴んで言った。
「分かってる。本当は手伝いたいけど」
「いいのいいの。ゆっくり休んで。今はこんなだけど、皆感謝してるんだから」
「カズマぁ……ぷえっ」
一真から引き離されたヘマは一真に手を伸ばしている。
その頭を侍女が軽く叩いた。
「それに、侍女だけでやったほうがいいしね。服を切ったりとかしないとだし」
「そう、だね」
石化の場所によっては女性の肌を多く見てしまうかも知れない。
状況によってはそんなこともいっていられないだろう。
だから、そこまで酷い状況ではないらしい。
「姫や皆は私らに任せて。じゃ、忙しいからまたね」
「カズマ-」
侍女はそのまま踵を返してヘマを引きずっていく。
ヘマは可哀想だが、何か仕事を任されているのだろう。
邪魔をしてはしまったと、一真は後で謝っておくことにした。
一真はソーラの部屋があるあたりを見る。
何人かが出入りを繰り返している。
その隣の大部屋よりその頻度は少ない。
一真にはそれが安心していいのか同化は分からなかった。
これ以上邪魔しては悪い。
一真は振り返り、別の廊下を通って自室に戻ることにした。
※2021年7月24日 ヘマの口調、訛りに関して台詞と描写を変更。
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