02 別れと帰還


「ここは」


 一真が目を開けると、見慣れた建物が見えた。

 戦儀控え施設、半月過ごした場所だ。


 戻ってきたのかと一真は心の中で思った。


 周りを見渡してみると、光の柱はもう2つを残して無くなっている。

 1つは背後、つまりゼクセリアの柱。

 そしてもう一つは、どこの柱だろうか。


 そう一真が考えた時、控え施設の扉が開いた。


「お、戻ってきたか。勝利おめでとう」


 かっちりとした赤い服に、くすんだ金髪。

 ニーネのアジャン・ヴェルートだ。


「アジャン。まだいたのか?」


 一真は小走りで寄ってくるアジャンを迎えて言った。


「そりゃな。国への戻り方、分からないだろうと思って」


 アジャンの言葉に、そういえばと一真は思い至る。


「ああ、そうだ。王様と会ってここに。どうすれば戻れるんだ?」

「なに。簡単だよ。神機に乗れば良い」


 アジャンは笑顔だ。

 その目線は一真ではなく、やや上向き。

 一真の後ろにはアテルスペスがある。

 一真が知る限り、たしか他の国の奏者からは光の柱しか見えないはずだ。


「もう戦儀がない奴は神機に乗れば勝手に送ってくれる」

「そう、なのか」


 首を傾げる一真に、アジャンは目線を合わせて言う。


「ああ。来るときと一緒だ。来るときも乗れば送ってくれただろう?」

「たしかに」


 一真はアジャンの言葉に頷いた。

 あのときも事前に乗れば来ると聞いていて、その通りになったからだ。


「希人が勝ち残ったときにはたまにあるらしいんだよ。

 帰り方が分からなくてしばらくここで暮らし続けるってことが」


 アジャンが笑いながら言った。

 アジャンが教えてくれなかったら、自分もそうなっていたかも知れない。

 一真は思い至る。


「それはありがとう。危うく俺もそうなるところだった」

「そうだろうそうだろう」


 ふと、一真はアジャンを凄い奴だと思った。

 親切だというのもある。

 だがそれ以上に、気持ちの良い奴だと。


 そして、気付くと右手を差し出していた。

 こっちの世界にも握手があることは、ゼクセリアでの生活で知っている。


 一真は自分の行動に少し戸惑い、アジャンの顔を見てそのままにした。


「お、確認するけどそっちの世界でも好意とかそういうのでいいんだよな」

「ああ。こっちでもこうやって使う事は知っている。間違ってないよな?」

「ああ。いいぞ」


 アジャンは頷き、右手で一真の手を握り返した。

 そしてお互いに上下に揺さぶり、離した。


「いずれ。そう、いずれ機会と余裕が有れば、会いににいく」


 一真は一歩退いて、言った。

 一真の言葉にアジャンは背を向けて、言う。


「ああ。そう遠くはないと思うがね」


 アジャンの言葉に一真は引っかかりを憶えながらも、「またな」と返した。


 アジャンも「またな」と返して、歩き出す。

 控え施設の方ではなく、残った最後の光の柱がある方だ。

 彼も国に帰るのだろう。

 今生のではないし、再開も約束した。

 国は離れているが、一真はまた会える気がしている。

 それは一真が感じた友情から来るものか。

 一真には分からない。


 一真はアジャンの背を見送るとアテルスペスに向き直った。


「アテルスペス。ありがとう。お前のお陰だ」


 足元から見上げる。

 遙か上方にある顔が頼もしい。

 これで最後か、と思うと、一真は寂しいものを感じずにはいられない。

 だがこのままぐずぐずするつもりはなかった。


 会いたい人がいる。


 気持ちは王様に既に伝えてしまった。

 ならば、秘すよりも伝えてしまいたい。

 結果がどうなろうとも、告白する。

 ソーラに。


 一真はズボンを上げてベルトを締め直す。

 ネクタイを締め直し、ジャケットの襟を正した。

 1つ大きく息を吐いて、吸って、命じる。


「開けろアテルスペス」


 アテルスペスが膝をついて胸のハッチを開けた。

 一真は手慣れた動作で乗り込み、搭乗シークエンスを終わらせる。


 アテルスペスの周囲には光の粒が渦を巻き始めていた。


 一真は周りを見渡し、最後に控え施設を見る。

 あそこで、一真は2週間、過ごした。

 いろいろなことが、あそこであったと一真は思いを馳せる。


 出会いもあった。

 異国の男だが友人も出来た。

 尊敬する男や親しみの持てる男に出会った。

 可愛らしい少女にも、変な女性にも会った。

 もう一人の自分にも会えた。


 そして、彼ら彼女らを下し、一真はここにいる。

 望みを叶えて。


 もう一度だけ一真は深呼吸をして、言った。


「さあ、帰ろう。アテルスペス」


 アテルスペスを光の渦が覆っていく。

 もう何度目か分からないが、慣れたものだ。

 一真は光の渦が収まるのを待った。


 場所が変わった、と分かるような感覚は無い。

 短い間が待ち遠しい。


 光の渦が晴れると、そこは見覚えのある場所だった。

 最初にアテルスペスと会った場所、ゼクセリア王城内の神域だ。


「あれ?」


 ハッチを開けて出ようとしたところで、一真は思い至った。

 神域のこの場に、誰も、いない。


 一真はゼクセリアに勝利と奇跡をもたらした。

 自惚れもあるが、出迎えがあるものとばかり思っていた。

 それがない。


 ため息を一つ吐いて、自惚れを恥じた。

 称賛が欲しくて戦った訳ではないのに、欲しがってしまったと。


 一真はアテルスペスを下りる。

 すると耳に、微かに苦しそうに呻く声が、いくつも届いた。

 弱く聞き取りずらいそれらに、一真は耳を澄ます。


「痛い」「うわああああ」「ぐぅぅぅ」「痛い! 痛い!」


 そしてただの音にしかならない声たち。


「え?」


 何かあったのか。

 一真は走り出す。


 開け放たれた神域の扉を通り、玉座を迂回したところで声を掛けられた。


「よく戻った」


 一真は止まり、声の主を見る。

 声の主は玉座に座った、ゼクセリアの王様だ。


「王様!」


 一真は慌てて膝をついて頭を下げる。


「頭を上げよカズマ。帰ってきたばかりの英雄に、そのような真似、させられん」

「はっ」


 一真は立ち上がり、王に向き直った。

 耳に届く悲鳴やうめき声は大きくなっている。

 一真は気が気でない。


「ソーラに会いたいのは分かるがな。しばらくは諦めろ」

「は、え? 分かりました、けど、王様、この状況は一体?」


 王の言葉に不思議に思いながらも了解をして、一真は質問を重ねる。

 先ほどより聞き取りやすくなった悲鳴、うめき声、叫び声。

 秒ごとに一真の焦りが強くなっていく。


「この声、城中に響き渡るこの声、ただ事では」

「わからんか?」


 一真の声を遮って、王は言った。


「石化病は石になるだけではない。

 石になっていない場所の血流を止め、腐らせる。

 病が進行して石になれば痛みは治まるが、欠ければまた痛む」


 それは一真も知っている。

 エルミスが身を挺して教えてくれたし、ソーラの足先も酷い症状だった。


 ソーラの脚を思い出し、一真は思い至る。


「まさか」


「気付いたか。病は治った。

 確かに治ったが、腐ったり欠けた部分が痛みをもたらしている。

 今はその対処や治療で手一杯なのだ。出迎え出来ず、すまないな」

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