第四章 彼は戦い抜いた

01 決戦の後に


 一真は気がつくと光の中に居た。

 周り全部が穏やかな白い光で覆われている。


 音も影もない、ただ光の中だった。


 戦儀で勝った、はずだ。

 拳を振り下ろし、爆炎拳をアルブスペスに叩きつけ、勝った。


 周りを見渡す。

 アテルスペスの中、ではなかった。

 手や体の各部にあるはずの金色の輪もない。


「ここは」


 一真の声は不思議な響き方をした。

 声が何かに、近いのに遠いどこかに残響を残して消える。

 この響き方に、一真は憶えがあった。


「神域?」


 神機授与の儀、その時にいたあの場所に、近い物を一真は感じている。

 しかし神域とは違い、床に立っているような感覚はない。

 アテルスペスの中に入って、宙に浮いてスキャンしている最中のような感覚だ。

 アテルスペスは搭乗シークエンスが終われば地面に立つ感覚はする。

 さりとてどこかに落ちる様な感覚も、一真はしていない。


「来たか」


 声がした。

 一真が声の方を振り返ると、懐かしい顔がいる。

 直ぐ近く、数歩の距離だろうか、と一真は感じた。


「陛下」


 ゼクセリアの王にして、ソーラの父。

 2週間ぶりに会う男だ。

 王は珍しく笑顔だった。

 一真の記憶に有る限り、王が笑みを浮かべているのは初めてだ。


 王の顔を認めると、一真は膝を付いて頭を下げようとした。


「やめよ。頭を下げたいのは私の方だ」


 王の声もまた、不思議な反響を残して消える。


「ですが」

「よい。父として、そして諦め、何も出来なかったのだ。そなたは良くやってくれた」

「いえ、私がやりたかったのです。何か、恩を返せればと」


 仕方なく、せめて姿勢を正して一真は王に答えた。


 ゼクセリア王は口を一文字に結んで一真の顔を見据える。

 一真には王が何かを言おうとして、躊躇っていると、不思議と分かった。


「……王?」


 沈黙に耐えきれなくなり、一真は声を上げる。


 一真の声に、王は神妙に頷いて、不安げに口を開いた。


「一度だけ聞く」

「はい」


 王の声に、一真は応える。


「この奇跡を使い元の世界に帰る。その選択肢も、あるのだぞ」


 王が何を言ったのか、一真には直ぐには認識できなかった。


「何を」


 数度の呼吸の後、ようやくそれだけ言う。

 一真にはそれが精一杯だった。


「そなたは本来、この世界、そして我が国とは何の関係もない。

 ただ、神に喚ばれ、招かれた希人よ。帰りたくは、ないのか?」


 王の言葉は、一真が考えないようにしていたことだ。


 ゼクセリアに馴染んで、ずっとこのままだろうと、思っていた。

 理由は既にある。

 考えないようにしていただけだ。


 大きく息を吐いて、一真は答える。


「帰るつもりはありません」

「未練はないのか」


 一真の脳裏に父の顔が過ぎる。


「あります」


 一真は短く言った。

 父は死んだ。

 父への恩返しは叶わなかった。

 だが、それは未練ではない。


「ならば」

「よいのです」


 王の口が開き、一真は王の声に先んじて言って王の言葉を阻んだ。


「親しい友人もいました。就職して、ようやく仕事にも慣れたところでした。

 漫画は続きを読みたい。好きな音楽も、食べ物も、あります」


 何度、懐かしんだことか。

 数えることこそしないが、両手の指では足りないだろうと、一真は思う。

 それでも――


「私は帰らない」


 王の顔を、目を見つめ、一真は言い切った。

 続けて目を逸らし、言葉を紡ぐ。


「一月半、ゼクセリアで過ごして、いろんな人に会いました。

 もう既に、私は彼らと生きていく決心をしたのです」


 一真は本心を隠した。

 言ったことは本当のことだ。

 だが、一真はソーラの笑顔を心に潜めた。

 この心は隠さねばならない。


「それでは、納得はできんな。

 一月半の付き合いと、生まれ育った世界。

 比べるまでもないはずだ。未練があるなら、なおさら」


 王は首を横に振って言った。

 理由が弱いと思ったのか。


 一真は理由を加えることにした。

 放っては置けない少女が、もう一人いる。

 これは本心だ。


「もう一つ。そちらに女の子が行ったはずです。名はヘマ。彼女を放っては帰れません」

「なあ一真よ」


 一真が言い終わると同時に、王が口を出した。


「それらも理由ではあるのは分かる。だがな。ここ神域では隠し事はできん。

 ここでは想いを語らずとも、分かるのだ」


 王の声、その残響に隠れ、「このままでは不安だ」と聞こえた。

 それに、王の表情も記憶にあるより豊かだ。

 これが隠し事が出来ないということだろうかと、一真は思った。


「王と奏者の願いが違えば、どちらか片方の願いしか叶わんのだ。

 故に、この国に残るに足る理由。

 この国に残って何をしたい。答えよ。答えねば」

「ソーラのためです」


 一真は観念して、王の言葉をさえぎる。


「この世界に来てからずっと、ソーラは私を助けてくれた。

 だから、ソーラに恩を返したい。愛している。あっ」


 言い過ぎた。

 一真は勢いに任せて言いすぎた。

 この神域の力なのか、口が滑ってしまったのだ。


「そうか。ならば、奇跡、我が国のために使わせて貰うぞ」


 王は一真の失言に満足そうに頷いて言った。


「はい。ふぅ」


 一真は狼狽えながらもしっかりと返事をする。

 そして怒られなかったことの安堵で、すぐにため息をした。


「ソーラとの仲は認める。だが認めるだけだ。想いを伝え、その先はソーラ次第だ」

「は、はい!」


 びくついて一真は応えた。


「ふはは。では奇跡を願う!」


 ゼクセリア王は少しだけ笑うと、一真に背を向ける。


「神よ! 戦儀最終勝者たるゼクセリアが奇跡をこいねがう!」


 当たりに満ちる光が強くなった。

 一真の全身に、光が強くあたり、熱すら感じた。

 暖かいよりもなお熱いのに、心地よい。


「ゼクセリアの地に蔓延る石になる病を癒やし、今後一切発生しないことを願う!」


 音として聞こえていないのに、一真は誰かの言葉を感じた。

 分かった、と。

 声色も調子もどういう声なのかも分からないのに。

 「分かった」という意思、意味だけが伝わってきたのだ。


「では、また後ほどな」


 王の言葉を最後に、一真はまた強い光に包まれた。

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