05 近い未来に戦う誰か


「さて、自分の神機が外にどう言われてるかは分かるだろう?」


 一真が頷いて、


「街には何度か出たからね。

 どう言われてたとかは嫌でも耳に付く」

「そうだな。

 こっちの調べも街の噂と大差ない。

 あまり周知はされていなかったようだが、無手ならこんなもんだ」


 アジャンはため息を吐いて炭酸飲料を口に含んだ。


「うん、この味。

 国じゃあ飲めないが、なんか癖になる味だな。

 さて、次は」


 コップを掲げて示し、アジャンは机に置く。

 少しの間を開けて口を開いた。


「先に情報が少ない方にしよう。

 ウェルプト、だな。

 ウェルプトの神機は、だな」


 アジャンは改めて周囲を確認して声をひそめる。


「情報が、でてこないんだ」

「でてこない?」

「そう」


 食堂には他に誰も居ないのに、アジャンは口元を他から隠すように手を当てて言った。


「もちろん、ウェルプトには調査員を派遣した。

 派遣はしたし、噂もされている。

 だがな、繰手と政府が秘匿しているんだ」


 アジャンは続けてウェルプトの情報を解説し続ける。


 つまりは、だ。


 国民に周知せず、情報を外に漏れないようにしている。

 話の大筋はこの通りだった。


「もちろんそれだけじゃない。

 調査員が潜入して試乗しているとこを目撃したよ」



 青多めのカラフルな神機。

 口元を覆う兜を被ったような顔に、四角い箱を組み合わせたような胴体と手足。

 空を浮遊するように飛んで、武装はあるにはある。

 が、とても武器には見えないボールと十字型の何かが腰に付いているだけだそうだ。



「そういうわけで、軽く動かしているところしか分からない」

「軽くって」


 一真はアテルスペスに慣れるに相当な時間を掛けた。

 体を動かせばアテルスペスも動くとは言え、だ。

 話に聞くレバーやペダルを操作するような、一般的な神機ならもっとかかるだろう。


「まともに情報が取れるほど、動かしてないんだよ。

神殿の外を少し歩いて飛んだくらいだそうだ」


 ほとんど動かしていないのと同じではないかと、一真は感じた。

 これだけでも、あまりに短い時間だと分かる。


「ま、それができるのもあの人ぐらいなんだが」

「あの人って、今回の繰手を知っているのか?」


 一真の疑問に、アジャンは大きく頷いた。


「たぶん近いうちに会うだろうし、その時に近くにいたら説明する。

 あの人も分かってるし、戦儀まで会わないなら会わない方が良い」


 理由は分からないが、一真は首を縦に振る。

 無理に聞く必要も無い。


「あまり驚くのは失礼だが、彼も希人なら許すだろうさ。

 知るより、知らない方がいい」


 アジャンはそう言って、また飲み物を飲んだ。


 どういう味の炭酸飲料なのだろうな、と一真は思う。

 次はこれを試してみよう、とも。


 思えばコーラなどはあまり飲む機会はなかった。

 友人との付き合いぐらいなものだ。

 サイダーや他の炭酸飲料なども、そうだった。

 もうここ以外にはない以上、飲む機会はないかも知れない。


「ただ、そうだな。

 彼の場合、本当に軽く動かすだけでいいんだ。

 過去に一回だけ出たことのある俺なんかと違って、本当のベテランだからね。

 何せ50年以上戦儀にずっと彼が代表だから」


 それは一真が生きている時間の二倍以上も、戦儀に出続けていることを意味していた。


 神前戦儀がその間に何度行われているかは一真は知らない。

 だがそれでも。

 相当の回数ということだけは分かる。


「さて、次はティルドだな」



 オリーブ色の山みたいな見た目の神機だ。

 ガトリング砲を両手に持っていて、恐らく去年のウチが使ってたフェロフラカンみたいな戦い方をすると思う。

 スカートみたいに見える脚のアーマーはみるからに鈍重だから、移動に何らかの手段があるかもしれない。



「とまあティルドの神機は見た目から戦い方が分かりやすいかもしれない。

 見た目からミサイルも積んでいるらしいからな。

 ただ、な」


 アジャンは一真をちらりと見て言葉を濁す。


「ただ、何ですか?」


 態度が気になった一真は聞きただした。


「いや。

 正面に向けてる銃火器を射撃したところをウチの調査員が目撃したらしいんだ。

 森が消えた」


「森が? 消えた?」


「そうだ。こう、一直線に帯状に、木が粉砕されていってな。

 そのまま方向転換をして森が半分なくなったそうだ」


 木、という柔らかい素材というのは気休めの材料にはならない。

 一瞬で帯状に抉れ、無くなった。

 つまりそれは、それだけの発射される弾丸の数がものすごいということだ。


 前回優勝した神機と似たような戦い方ということは、そう言うことなのだろう。


 一真は不安を押し殺し、口を笑みの形にする。


「準備は、してます」


 アジャンは笑みを返して大きく頷いた。


「いい答えだ」


 懐から紙を取り出し、一真には見えないように開いて見ながらアジャンが言う。


「じゃあ、他に要注意神機は――ひとまずは5機。それぞれ

 フィルスタ、

 フィベズ、

 ジーヴィン、

 オーグト、

 デカドスの5ヶ国の神機が今のところ要注意、だな」

「それは」

「まてまて。慌てるんじゃない」


 言われ、腰を上げて顔を近づけていた自分に気付いた。

 一真は深く息を吸って吐いて、腰を椅子に下ろす。


「すまない」


「良い。気持ちは分かるからな。

 順番に行こう。まずはフィルスタ、の前に」


 アジャンが姿勢を正し、一真をまっすぐ見た。


「神機同士の戦いでは、基本的に魔術は使えない。知っているよな?」

「ああ。それは聞いた」


 戦儀では基本的に、神機の機能・武器による攻撃でなければ相手に効果はない。

 神機自体に魔術を増幅する機能があったとしても、同じだ。


 では一真、アテルスペスの魔法拳はどういうことか。

 それはアテルスペスの操縦方法が深く関わっていた。

 いわゆるマスターアンドスレイブ方式、つまり操縦者が動く事で操縦する。

 こういう方式の場合、繰手の剣技や動作、技能による攻撃も神機による攻撃となるのだ。

 つまり格闘技と複数の魔術を組み合わせることで繰手、一真の技能に落とし込む。

 そういうことだ。


「そうだ。特別な何かがない限り、魔術は使えない。

 使っても攻撃には意味が無い。

 お前みたい、特別ななにかがな」

「っ!」


 一真は息を呑む。


「そりゃ気付く。俺は戦士だからな。戦えば分かる」


 ウィンクをして軽く笑ってすませるアジャンに、一真は気が気でない。

 情報があれば対応され、対応されれば一真に勝機はない。


「安心しろ。言いふらしたりはしない」

「本当だな?」


 軽く笑いながらアジャンは頷く。


「本当だとも。ま、フィルスタの神機の話に戻すぞ。こいつは魔術を使う」

「魔術だって?」


 一真は眉をひそめた。


「それは」おかしい。


 大きく首を縦に一度振って、アジャンは言葉を続ける。


「そう。だが例外はある。

 神機が魔術戦に特化している場合と、神機の武装として魔術がある場合だ」

「そうか、魔術用の神機が魔術を使えなければ、戦えないからか」

「その通り。

 そして魔術を使える神機は例外なく、厄介だ。

 見た目からどんな攻撃が来るかも分からないし、多彩だし、なにより攻撃力が高い」


 魔術障壁があるとはいえ、一真にはリーチのある攻撃が魔術によるものしかない。

 このフィルスタの神機と対戦するならば、苦戦を強いられるだろう。


「次に行こうか」


 と言って、アジャンは説明を続けた。


 ジーヴィン、とにかく速いが、ライト・グリフィンとは違う質の速さを感じる。

 オーグト、見た目が異様なのと、神機の一部を飛ばして攻撃するそうだ。

 デカドス、背中の大砲の試し打ちで地形が変わった。


「そしてフィベズ、なんだが。ここは他と強さの質が違う」

「違うっていうのはどういうことだ?」


 少し間を置いてアジャンが答える。


「下に女が一人いただろう?

 あいつがフィベズの繰手だ」


 力強い口調で断定した。


「アイツは有名でな。最強と名高い女騎士だ」

「それと、神機が手強い理由が繋がらない」

「繋がるんだな、これが。

 繰手の動きが機体に伝わるタイプの神機で、武器が剣と槍。

 普通の繰手なら問題はないが、コイツに関しては話は別だ」


 アジャンはため息を一つ挟んで、言い切る。


「おそらく、とても強い」


 同時、入り口が開いた。

 アジャンは即座に紙を仕舞い、入り口を見る。

 一真もつられて見た。


「ここにいたのか!」


 手を上げながら入ってきたのは、小学校高学年から中学生ぐらいの少年だ。

 声も高く、ハリがある。

 鼓笛隊のような服と短パンを履いた快活そうな笑顔が眩しい。

 釣り目がちで意思の強そうな目と薄い唇が、共に優しく微笑みになっている。


 ふと、一真は子供時代を思い出した。あんな時期もあったな。


「将軍っ」


 アジャンが立ち上がり、少年に駆け寄った。


 しょうぐん?

 と一真は少年とアジャンが言った言葉を繋げられない。


「挨拶が遅れてすみません」


 膝を床に付け、アジャンは少年を見上げる格好になった。


「いいよ、さっきまで戦ってたから。それよりアレを」

「はっ。こちらを」

「うん、ありがとう」


 アジャンが懐から紙を出して、少年に差し出した。


「いつもニーネの調査には助かっているよ」

「いえ、こちらもウェルプトの食料には助けられていますから」


 呆、と一真が二人のやりとりを見ていると、少年が一真に視線を向ける。


「ん? アジャン、あれは?」

「ゼクセリアの繰手で、希人です」

「そう」


 短いやりとりをして、少年は一真に歩み寄る。


「初めまして! 僕がウェルプトの繰手だよ。よろしくね」


 少年の言葉を聞いて思わず一歩下がった。

 この少年と、アジャンの説明にあったベテラン繰手。

 どうしても一真にはつながりがあるとは思えなかった。

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