04 戦儀は儀式、されど


「あなたもこの施設の使い方は誰かに聞いたのですか?」


 階段を登り切った一真は、アジャンの背中に声を掛けた。


「ああ。

 いや、少しは聞いていたが、本当は各所に案内があってな。

 それを読めば分かる。

 例えば、これだ」


 アジャンは言いながら、階段を登った先にある壁を指す。

 そこには図が描かれていた。


「二階の見取り図、だな。

 これを指で押すと」


 見取り図の横に文章が現れる。


“ランドリー室

 洗濯用の機材が置いてあります。ご自由にお使い下さい。”


 と、日本語でもゼクセリアの言葉でもないのになぜか、読めて分かるのだ。

 この翻訳は神機やこの施設全体で使われているようだと、一真は考え、やめた。


「あまり考え込まない方が良い。神の恩恵だ」


 言って、アジャンは歩き出す。

 一真はアジャンが行く方向を見取り図で確認し、追いかけた。


 見取り図には「食堂」と書かれている方だ。


 距離的には然程ではない。

 精々十数歩程度だが、一真にはやけに広く感じた。


 二人分の硬い靴底が、陶磁器のような白い床を叩く音が大きく響くからか。

 均一で病的に清潔なこの施設の雰囲気からか。

 それとも他の何かか。

 一真自身にも、分からない。


 直ぐに、そして一真にとってはようやく食堂に着いた。


 アジャンが廊下の突き当たりに立つ。

 その壁には「食堂」と読めるプレートがあるだけだ。

 いや、と一真は気付いた。

 少し色が違うのだ。


 壁の一部、青みがかった四角い部分が横にスライドするように動いて消えた。


「扉?」

「みたいだな」


 外壁と同じ仕組みが使われているのだろう。

 一真は現代日本で自動ドアには慣れている。

 だが壁が動いて消えるのは不思議でならなかった。


「ま、神の御業ってところさ」


 アジャンがまるでかわらず平静な態度で食堂の入り口をくぐる。

 待たせてはいけないと、一真は疑問を押し殺して同じようにくぐった。


 食堂にはカウンターのようなテーブルや、4人用や2人用のテーブルが数個ある。

 もちろん、それらに椅子がテーブルに対応する数だけあった。

 奥には厨房のような設備があったり、扉の付いた壁が並んでいる。

 カウンター様のテーブル近くには女性が佇んでいた。

 女性は、幾何学的な紋様が描かれた変わった服を来ている。

 その胸元の布は豊かな胸が押し上げていた。


「おや、先客かい?」


 アジャンが声を掛ける。


「ええ、喉が渇いてしまって」


 眉尻が下がった女性がため息を吐きながら答えた。


「けど、目を向ければ説明はでるのだけれど、それでも私には難しくて」

「なに、簡単さ」


 言いながら、アジャンは女性の横を通り過ぎる。

 何も言えないままに、一真はその後ろをついて行った。

 女性には、これで礼儀が通るのだろうかと思いながらも会釈をする。


 アジャンがたどり付いたのは壁の一角だ。

 何故か、そこを一真は見たことがある気がした。


 壁際のテーブルの上にボタンが沢山付いた設備がある。

 その設備は下部分が空洞で、細くて短い筒が下に向けて出ていた。

 コップが逆さに積まれたトレイや、小さな紙袋が沢山入った棚が所狭しと並んでいる。


 アジャンは、ボタンの付いた設備の空洞にコップを置いて、ボタンを押した。

 すると設備の筒からコップに茶色い透明な液体が注がれる。


「ドリンクバー!?」


 思わず一真は叫んだ。


「なんだ、カズマは知っていたのか。

 ともかく、こうすればよいのですよ」

「なるほど。

 何が出てくるかはそこに書いてあるのですね」

「飲み終わったらこの棚にコップを置いておけば良いようです」


 会話を続ける女性とアジャンを他所に、一真の脳内は「何故」に支配される。

 異世界に来て、ドリンクバーを見るとは思わなかった。

 ラインナップは故郷のようなメーカー製の飲み物はなくこの世界の飲み物だ。

 設備の細かい仕様も違うらしい。

 だがそれでも、元の世界にあった技術を使った設備が、この世界にもあるとは。


 アジャンや女性の様子ではここ以外にはないようだとは、一真にもひとまずは分かった。


 そういうものだと思うしかないと、一真はコップを手に取り、設備を見る。


 女性は薄緑色の飲み物を飲むと、一息吐いて一真とアジャンに顔を向けた。


「ありがとう。それじゃ」


 振り返り、女性は二人に背を向けて歩き出す。


「そうそう、申し遅れましたね。

 私はイレベーナの繰手、ルアミ。

 戦うときは手加減しませんからね」


 そう言うと、一真達の返答を待たずに食堂から出て行った。


 一真はその背を見送る。

 その横でため息が一つ。

 アジャンが苦笑を漏らしたようだ。


「俺も、最初は使い方が分からなかったんだ。

 だからついつい手助けしちまう」


 一真は、ゼクセリアで馴染んだお茶を注ぐ。

 アジャンは既に青い炭酸飲料を注いでいたようだ。

 炭酸飲料などこの世界では初めて見るが、一真はそう言うのもあるだろうと驚かない。


「座れよ。話は少し長くなるからな」


 手近な椅子に座り、テーブルにコップを置きながらアジャンは言う。

 対面に一真が座るのを待つようだ。


「何から話そうか」


 一真が座るのを見て、アジャンは話を切り出す。


「そうだな。まずウチの組から。

 まずはニーネ、俺の神機からだ」


 目の前の相手は既に戦った相手だ。

 既知の情報が出ることに、一真は少しだけ落胆した。



 君も知っての通り、我が神機は空を飛ぶ。

 飛行ができて、武器はマシンガンとビームライフル、そしてミサイル。

 飛行高度はかなり高く、速い。

 狙いも正確。

 白くて単眼で、角張っているが非常にスマートな神機だ。


「ま、こんなところか」


 と、アジャンは話を切った。


「え?」


 お茶を飲もうとした一真は声を漏らして、コップから口を離す。


「分かるか?」


 試すような口調で、アジャンは笑った。


「それ、だけ?」

「そう、それだけだ」


 それは、おかしい。

 その一言を一真を飲み込んだ。

 代わりに、眉をひそめる。


「そんな顔をすんなって。

 俺が言ったのはニーネが宣伝してる情報だ。

 自国民に向かってな。

 ああ、あと国で試した機能もそれだけだ」


 つまり、と一真はアジャンの言葉を噛み締める。


「つまり、情報を絞っている?」

「その通り!」


 拍手を2,3して、アジャンは頷いた。


「お前の神機にも説明書があったろう。

 その内容を丸ごと宣伝するなんてバカなことをニーネはしない。

 ニーネだけじゃない。

 ゼクセリアも、他の国も」


 神前戦儀の最中、各国の繰手は戦闘の様子を見ることができない。

 他の神機の外見すら、控え場では光の幕に阻まれてみれないのだ。

 だからこそ、事前情報を知れば、対策も出来るようになる。


「戦儀前に調査員を送り込むのはどの国もやってる。

 だからこそ、各国は情報を絞る。

 それを忘れるなよ?」


 アジャンは身を乗り出し、念を押すように言った。

 身を引いて座り直し、


「ま、それを抜いてもライト・グリフィンは勝てるけどな。お前には油断しただけだ」


 と腕を組みながら言う。


「俺の神機について、各国が調べられるのはそのくらいだ。

 そうそう落とされるような高さで飛ばなければ良いし、落とされてもまた飛べば良い。

 飛べなくなってもあの速さ。

 だろう?」


 人の良さげな笑顔に、一真は頷いた。


「それでも」「おっと、その先は言わないでくれ」


 一真の言葉をアジャンは遮る。


「こうして気持ちよくならんと他国に施しなんかできるような気持ちにならんよ。

 すまんがこのまま続けさせてもらおう」


 カカ、と明るくアジャンは笑った。

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