03 初戦の後に


 光の渦が収まったとき、一真はアテルスペスの外にいた。


「勝った……のか?」


 そこはどこか静謐な印象の、広大な白い空間だ。


 白い陶器のような床がずっと広がり、天井は高く霞んでいる。

 一真が周りを見渡すと、遠くに巨大な光の柱が幾つか見える。

 光の柱は光の膜を円筒にしたような形をしていた。

 光の膜の向こうには、恐らく神機であろう大きな人影が一つずつ収まっている。

 人影の細部は光の膜に阻まれ分からない。

 ただそこに神機がある、ということだけを知らせたいかのように、光柱は立っている。


 後ろを見ると、光の膜の向こうにアテルスペスが立っていた。

 見上げて、一真は自機だけは見えるようになっているのかな、と考える。


「やぁ! ゼクセリアの繰手!」


 後ろから呼ぶ声がした。


 一真は振り返ると、見知らぬ青年が腕を組んで立っている。

 整った顔立ちの、好青年だ。


「改めて自己紹介をしようか」


 青年はかっちりとした赤い上着を着ていた。

 上着は体格の良い上半身を完全に覆い、金色の紐で留める軍服のような服だ。

 赤い生地がくすんだ金色の髪によく似合っている。


 そして、折り目の付いたベージュ色のズボンが清潔感を出していた。


 ズボン。だ。


 一真は青年のズボンをじっと見つめてしまう。


「ゼクセリアの繰手?」


 声を掛けられ、


「あっ、すみません」


 一真は反射的に謝罪しつつ、慌てて視線を上に上げた。


「いやいい。

 そんな服を着ているということは、慣れないんだろう?

 ゼクセリアの服に」


 青年は勝手に納得したかのように頷きながら言う。

 一真はその言葉に生中な返事しか返せない。


「ええ、まあ」

「私もあの国には行ったことがあるが、あの格好はなんとも慣れないね」


 そう言って、青年は首を横に振る。


「いや、悪く言っているわけじゃないんだ。

 それはともかくゼクセリアの繰手、私はアジャン・ヴェルート。

 いいファイトだった」


 アジャンは右手を差し出してきた。


「握手。この風習は稀人にもあると聞いている」


 一真は差し出された右手を握り返し、頷く。


「ええ。このやり方で間違っていないのなら」

「大丈夫だ。合っている」

「改めて金城 一真です」


 二人は二度三度と握り合った手を振り、解いた。


「ここは神機の控えの間だ。

 俺たちの控えは、あそこだ」


 アジャンは指を差す。

 空間と同じく澄んだ白さだからか、一真は示されてようやく認識した。

 広大な白い空間の中央付近に、同じく白く平たい何かがある。


「あれは」

「あれが控えの、何と言えばいいんだろうな。

 屋敷でも家でもない。

 建物、だろうな」


 アジャンによると、ここは広い円形の空間で、中央にこれまた円形の建物があるそうだ。


「ということはアレが」

「そう、これから神前戦儀の間、俺たちが暮らす場所さ」


 意思の強そうな眉そのままにウィンクをして、

「ついてきな」

 と言ってアジャンは歩き出す。

 一真も遅れないように歩きだした。


「実は俺、二度目の参加でね。

 最初は案内もないもんだから苦労したんだ」

「二度目? ってことは」

「ああ、前回は違う。前回の勝者は別の奴さ」


 と、話ながら二人が近づくと、白い建物の壁に、四角い穴が空いた。

 入り口のように、中の様子が見える。


「前も何度か見たが、どういう仕組みかさっぱりだ」


 アジャンは戸惑いを見せずにそのまま四角い穴から中に入った。


「神の力ってやつだ。

 安心しな。快適だぜ」


 続けて一真も中に入る。

 と、後ろで穴が閉じられた。


 中は同じく白い材質で構成されていた。

 5人くらいが並んで歩いてもまだ余裕がある程度の広さの、通路だ。

 奥へとずっと続いている。

 突き当たりに、茶色い四角い何かが見えた。


 冷たそうな印象とは別に、肌には暑さも寒さも感じない。

 ちょうどいい、そんな気温が、維持されている。


「神機から真っ直ぐここに来ればここには入れる。

 俺の神機からでもお前の神機からでも、もちろん他の国の神機からでもな。

 迷わなくていい」


 歩いて行くうちに、四角い何かが大きくなる。

 とって付けたかのような、木製の扉だ。

 両開きで、中央に取っ手が付いている。

 その脇に、白いこれまた後付けに見える扉があった。


「この白い方がベッドとかがある個室。

 ここは後で見ると良い」


 アジャンはそう言って両開きの扉に手を掛け、開ける。


「この広間を案内しなきゃな」


 扉の向こうは、広い空間だった。

 一真が体験した中で一番近い広さは、学校の教室、くらいだろうか。

 円形の部屋だからか、広さの塩梅はよく分からない。


 円周状の長いソファが部屋の中心を向いている。

 円状ソファの切れ目は4箇所あり、アジャンはそこからソファの内側に入った。


 ソファには先客が5人ほど座っている。


 豪奢なローブに身を包む、長く美しい金髪の男。

「また来たのか。

 方向からしてゼクセリアか? 勝てもしないだろう」


 無骨な厚手のコートを羽織る、角刈りの男。

「まあ待て。

 アジャンも共にいることに不思議には思わぬのか? なあ」


 青いドレスの様な服を纏う、冷たい美貌の女性。

「私に振るんじゃない。

 それに、何時の戦儀も番狂わせというのはあるらしいが」


 粗末な貫頭衣を被り、居眠りをする男。

「……くぅ」


 薄手の服を着た、痩せて骨張った男。

「な、何が起こっても、お、おれは勝つ、からな」


 会話をしていた、という風ではない。

 それぞれが座る場所は散らばっており、独り言を他人に振った。

 そういう事らしい。


「見な」


 先客を無視したアジャンが短く言って、指で床を指し示した。


 近づいて指の先を見ると、三つの表が書かれている。

 わずかに光る線で描かれた表には、ゼクセリアなどの国名が書かれている。


「対戦表、か?」

「そうだ。各組の組み合わせと戦績がある。

 ゼクセリアを横にたどりな」


 言われたとおりにたどると、数字の2が書かれている。

 上にたどるとニーナの国名が。

 日本語ではないはずなのに、一真にも認識できた。


「勝ち点が多い二ヶ国が次の戦儀に進める。

 勝負の内容は見れないが、勝敗だけはこうして分かるのさ」


「解説ありがとう」


 アジャンの言葉に、先客の一人が言った。


「どういう意図の表かいまいち分からなくてね」


 太い、という印象の男が頭を掻きながら言う。

 黒いコートのような長い服の、恰幅の良い年嵩の男だ。


「そうか、戦儀の様子は見られなくても、結果だけは分かるんだな」

「そう。

 だから事前に敵は調査しておく。

 そっちも知ってるんだろ?

 ニーネの神機は」

「ああ、もちろんだ。

 別の組で良かったと思うよ」


 そう言うと男は立ち上がり、ソファの切れ目から出る。


「戦って勝てない訳ではないがね」


 男は壁にならんだいくつもの扉のうち一つから、出て行った。


「皆、勝算を持って臨んでいる。

 わざわざ言うことでもないだろうに」


 別の先客が言う。


「無論、私のグランサビオに敵はないが」


 長く美しい金髪の男は立ち上がり、部屋の片隅にある階段へ向かう。


「あの上は食堂とか厨房、あと風呂とかそういった施設がある。

 使うといい」


 男の背から目を逸らし、アジャンは一真に言った。


「ああいうのは気にしなくていい。

 結果はどうなるか分からん。

 俺とお前みたいにな」


 肩をすくめてアジャンはソファに座る。


「ああ、ありがとう」


 一真は礼を言って、顔を逸らし、


「しかし、どこも調べておくものなのか……」


 と呟いた。


「まてまてまて」


 アジャンが立ち上がる。


「まさかゼクセリア、調べてないのか?」


 顔を背けたまま、一真は頷いた。


「いや、調べているかも知れないが、強くなるのに必死で、ね」


 直ぐに否定して、一真は言い訳染みたことを言う。


「くぁああああ!

 なんという。

 じゃあ何か。

 初見でお前はライト・グリフィンの対策して打ち落としたのか?」


 アジャンは一真に顔を近づけて問い詰めた。


「いろいろ用意しておいたんだ。

 あの魔術はその一つ、飛んでる敵用に用意した」

「準備のイイコトで」


 ため息を一つして、アジャンはソファに座り込んだ。


「よし、いいだろう。

 俺がニーネの調べた事を教えてやる」

「いいのか?」

「いいもなにも、お前には油断したが、ライト・グリフィンが勝てない奴はいない。

 ならお前の勝率を上げた方が、次の本戦儀でまた戦えるだろう?

 雪辱戦だ」


 くく、と笑いながらアジャンはウィンクした。

 やけにかっこつけた態度が似合う男だなと思いながら、一真は礼を言い返す。


「ありがたい」

「ま、上で茶でも飲みながら教えてやろう。

 ウチの組と他の要注意神機を、な」

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