06 誘いには理由がある


「名前はゼラン。ゼラン・ヴェルート!」


 紅顔の少年が一真に右手を差し出す。


「金城 一真です。ヴェルート?」


 自己紹介をしながら右手を出し、少年・ゼランの手を握りながら一真は聞いた。


「ああ。俺の親戚でな」


 ゼランの前に跪いていたアジャンが立ち上がり、答えながら横に避ける。

 ああ、とカズマはそういうこともあるかと納得した。


 少年は和やかな笑顔を絶やさずに一真と握手をして、手を離し、


「だめだよアジャン。それじゃ、伝わらないでしょ?」


 目上であろうアジャンに、ゼランは年下をたしなめるように言う。


「今から言いますから」


 眉尻を下げ、アジャンは唇を尖らせた。


「カズマ、こちらはゼラン。ウェルプト戦士団の将軍だ」


 将軍。その意味を一真は咀嚼し、飲み込む。そのぐらい、理解するまで間を要した。


「え、将軍?」


 理解した上で、一真は聞き返す。


「そう。将軍。御年68歳になられる」


 ゼランは腰に手を当て胸を張って朗らかな笑顔になった。


 反射的に一真は跪いて頭を下げる。


「こ、こ、これは失礼を」

「良い。かしこまるな。ここでの立場は対等だからね」


 一真が顔を上げると、ゼランは顔を背けて口元を歪めていた。

 少し拗ねたような、少年の顔だ。


「カズマ、将軍の言うとおりに」

「は、はい」


 アジャンの言葉にカズマは従って立ち上がる。


「アジャンは僕の妹の孫、なんだよね」


 親戚を見上げながらゼランは言った。


「う、はい」


 アジャンは迷いながら、返事を返す。


「ゼラン将軍の妹の息子、私の父が家の独立を認められた。

 それで、私の家はヴェルート性を名乗っている。

 妾の子ではあったが戦儀に勝ち残ってな」

「そういうこと。甥っ子ながら自慢の子さ。ところで」


 一真に歩み寄ってゼランは見上げてくる。

 観察するように一真の全身をゆっくりと下から上に。


「カズマは希人なんだよね?

 負けて居場所がなくなったらウェルプトに来なよ」


 と、目を細めながら言った。

 口元は笑みに歪んでいる。


「なっ」

「将軍! 彼にはニーネが先に」


 一真は驚き一歩退き、アジャンが声を上げた。

 アジャンの声を遮るようにゼランは話す。


「もうスカウトしたの?

 まだでしょ。じゃあいいじゃん。

 歓迎するよ。働き手がホントに足りないからね、僕んとこは」

「ニーネだってそうですよ」


 捲し立てるゼランにアジャンが言い返した。

 置いて行かれる状況に、一真は声を上げる。


「まって、待ってください」


 ゼランとアジャンが同時に一真を見た。


「スカウトって、どういうことですか。

 アジャンさんも、何も聞いてないんですが」


 つい、責める様な言い方になった一真に、アジャンは申し訳ない顔をする。

 一方、ゼランは意外とでも言いたげに目を見開いた。


「え、アジャンさあ、まさか何も伝えてないの?」

「これから切り出そうとしてたんですよ」


 腰に手を当て眉をつり上げたアジャンが言う。


「貴方への挨拶を優先したし、切り出し方に迷っていたのも事実です。

 ですが最初に目を付けたのは私です。

 まず私が話を通すのが筋でしょう」

「そんなのたまたま最初に当たっただけじゃない。

 こういうのは早い内に言った方がいいのさ」

「だから待ってください」


 背筋を伸ばし抗議するアジャンに、背を向けて流し目で言い飛ばすゼラン。

 一真は再度二人を止めた。


「まず、なんで俺がスカウトされているんですか?

 俺はゼクセリアの代表ですよ」


 アジャンとゼランの二人は一真の言葉に、何を当然のこととでも言いたげに瞬きする。

 この仕草は血の繋がりを確信するほどにそっくりだ。


「ああ、そうか。本当にゼクセリアのことしか知らないのか」


 ゼランは一足早く納得したようにため息をする。

 アジャンもそれに遅れて「ああ」と声を漏らした。


「そうか、君は喚ばれ人か」

「だろうね。この戦儀のためにアイツに喚ばれたんだ」


 アジャンは笑みを漏らし、ゼランは眉尻を上げて苛立ちを見せる。


「あいつ?」

「神とか喚ばれてる誰かさ」


 間の抜けた一真の呟きに、ゼランは吐き捨てるように言って腕を組んだ。


「なら、他国の現状や、希人の価値を知らないのも当然だな」


 同意するようにアジャンが頷く。


「だったら説明するまでだよ」


 ゼランは腕組みを解くと、アジャンと一真を迂回して歩き出した。


「先に座って話してなよ」


 向かう先はドリンクバーだ。


「分かりました。さ、カズマくん椅子に座ろう」


 言われたアジャンはさっきまで座っていたテーブルに戻る。

 一真も返事をして、椅子に戻った。


「簡単に希人の価値を説明すると、だね」


 対面に一真が座るのを待って、アジャンは話を切り出す。


「一つは単純に、戦力や労働力として。

 常識こそないが、それなりに知識や体力があるからね。

 希人は、即席の労働力としてとてもありがたいのさ」


 一真にも納得出来る理由だった。

 労働力を一人分増やすのに、赤子からより成人一人を他所から連れてきた方が早い。

 当然の話だ。


「そしてもう一つ。奇異な風土病に冒されないのさ」

「風土病ってのは、その土地に由来する病、で合ってる?」


 地球の知識にも風土病はある。

 幾つか話の種に聞いた覚えがあった。

 アジャンは飲みかけの炭酸飲料を飲み干して、答える。


「そう。普通の風土病はそれでいい。

 しかし私が言っているのは、昔からある普通の風土病ではない。

 別の言い方をするなら、国民固有病、とでも言えるかな」


 そこまで言うと、アジャンは一真の目を見た。


「君も知っているだろう。

 ゼクセリアの石化病、あれもその一例さ」


 ゼクセリアの石化病。

 エルミスの右手や、ソーラの右足を蝕む病だ。

 石になった体や、血が通らなくて腐りかけた肉を一真も見ている。


 その二人だけではない。

 街に出たときに、腕を隠している人や脚を引きずる人を何人も見た。

 恐らく、その大半が石化病罹患者だろうと、一真も推測している。


 アジャンのすっきりと鋭い目が細くなった。

 目線の先は机の上で組んだ彼自身の両手に向けられている。


「我がニーネにも、そして将軍のウェルプトにも、あるんだ。

 他の国にも。

 新しく現れた国民に特有の病、私がいう風土病とはそのことさ」


「なっ、それは」


 他国にも事情があるのは、何となくそうなのだろうと一真も思っていた。

 だがまさか、石化病のような奇病がほかにもあり、苦しめられているとは。


「勘違いしないでくれ。

 我が国の風土病は前回成し遂げられた奇跡によって根絶している」


 アジャンの言葉に、一真は少しだけ安堵した。

 戦いに罪悪感が生まれることは、今の一真にとっては毒のようなものだからだ。

 気にしないからこそ、全力で戦える。

 全力で戦って、その上でさらに全てを出さなければ勝てない戦いだ。

 そう、一真も理解している。


「だから敢えてどんな病だったのかは、言わない。

 だがね。ニーネの人口はとても少ない。

 上昇傾向にはあるだろうが、労働力が足りないんだ」


 組んだ手を解き、てのひらを見ながらアジャンは言った。

 開いた手を握り、望みを口にする。


「奇跡があれば、食料や住居など、何かは解決する。

 奇跡がなくとも、良い戦士が一人増えればその分生産者を増やせる」


 アジャンはそこで言葉を一旦切った。

 一真の目をしっかりと見つめてアジャンは頼みを言う。


「だから、ニーネに来てくれないか?」


 一真はすぐに断りを言えなかった。それは内容が魅力的だったからではない。


「なんで、俺を」

「ニーネの調査員は労働力を削って精鋭を用意している。

 あまり舐めないで貰いたい。

 熊殺しの偉業は聞いている。

 成した者と、君とが繋がったのは負けてからだけどね」


 確信した。

 アジャン・ヴェルートは強く賢い戦士だ。

 勘もよく、経験も深い。

 だから、アテルスペスの攻撃が一真の技術によるモノだと、気付いている。

 一真はそう、確信した。


「返事はまだ早いよ」


 少年の、高音楽器を鳴らすような声がアジャンと一真の話をさえぎる。


 姿や仕草もまるっきり少年に見える将軍、ゼランがアジャンの隣に来た。

 テーブルにコップを置いてから椅子を引いて、飛び乗るように座る。


 ゼランはコップを両手で掴み、一口含んだ。


「うわマッズ」


 コップの中身はなにか黒っぽいような赤いような、不思議な色の炭酸飲料が入っている。


「また色々と混ぜたんですか?」

「うん」


 アジャンが呆れたように言って、ゼランが声だけで返事した。

 息を止めて、一気にゼランは飲料を煽って飲み干す。


「ぷはっ。変な味ー」


 ファミレスで小学生がやってるのを見たことがあるのを、一真は思い出した。

 その小学生は親に怒られて全部飲んでいた覚えがある。


「ま、ともかくニーネに返事するのは僕んとこの事情を聞いてからでもいいでしょ?」


 ゼランはうつむき加減に、悲しげに眉を下げながら言った。


「ウェルプトはね、皆呪われているんだ。

 僕みたいに、ずっと子供のまま。成長できないんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る