02 VSニーネ:ライト・グリフィン②


 一真は直ぐに振り返った。

 相手の立場に立ち、高速で接近して攻撃するとき、どうするか。

 相手の死角から、というのが一番刺しやすい。


 だがそこにライト・グリフィンの姿はなかった。

 淡い期待が外れた事は当然と、一真は頭を切り換える。


 一真にはアジャンが真っ直ぐ突っ込んでこないことは容易に推測できた。

 先ほどライト・グリフィンを迎撃したのは他ならぬ自分だ。

 故に、攻撃がいつ来るのか、という怯えを抱いた。

 息を深く吐いて、次の一手を一真は思考する。


 ビームソードは《はばむかべ》を容易に切り裂いた。

 迎撃が成功したから良い物の、勘に従わなければあの時負けていたのは、自分だ。

 だからといって常に勘に頼れば良い、と言う物ではない。

 そしていつ来るか分からない攻撃に、全周囲を守る壁を作っても、意味は無いだろう。

 相手からすれば切ってしまえば良いし、邪魔なら魔力切れを狙えば良い。


 だから、一真は選択した。


 ――全身が武器を持たないのではない。全身全てが、お前の武器だ。


「《はじくかべ》《はばむかべ》《はじくかべ》《はばむかべ》」


 左右の拳先に魔法障壁展開。

 それぞれ球状の魔力障壁を二重にしたものだ。

 《はばむかべ》で速度を落とし《はじくかべ》で弾いて崩す。


 早い話が、賭けだ。

 相手の攻撃に遭わせて腕を動かさねばならない、曲芸だ。


 だが持続と強度、その兼ね合いで、これが最適解だと、一真は踏んだ。


 目を開いたまま、再び深く息を吐き、周囲の音を聴く。


 如何なる技術の賜物か。

 地上を高速で走るライト・グリフィンはほとんど音を発していない。

 本来、巨大な神機が走れば足音も相応の大きさになる、はずだ。


 だが今まさに、ライト・グリフィンの足音はどうだ。止まらず走っている。

 それが分かる程度の、そして音の方向が分からぬほど微かな足音だ。

 忍び足ではない。

 姿が見えぬほどの高速走行によりアテルスペスの周囲どこか。

 それを悟られぬように走り回っている。

 地面にも傷跡一つ残さない。


 地を蹴りその反作用で動いている、としか思えないライト・グリフィン。

 だがどうだ。

 アテルスペスの周囲に、その気配はあるのか。


 周囲を急ぎ見て、一真は結論を出した。

 無い。


「警戒、しすぎでは?」

「言ったろう? 侮らないと」


 アジャンの返答に、一真は確信した。

 ライト・グリフィンは近くにいない。

 高速で走ってはいるが、近くはないのだ、と


 足跡の出現を期待して下げていた視線を、一真は上げた。

 遠くに掘り起こされたような土の跡を見つけたのは直ぐだ。


 助かった、一真の内心はそれで一瞬だけ埋まった。

 直ぐに振り払って次の言葉を考える。


「限度があるんじゃないか?」

「いいや、しすぎってのはないさ。特に君にはね」


 単純で、意味のない一真の煽りに、アジャンは答えた。


「ただ拳を振るだけしか能が無いようにみえるその神機で、君は私を追い詰めた。

 切り札を晒すほどにね。それに――」

「ッ!」


 怖気、とも言うべき感覚が一真の背を走る。

 感覚を振り払うように右の拳を背中側に振り払っ――衝撃音と共に視界に白い影。


 直後右肩に熱。


「ぐぁ!」

「この程度の距離、ライト・グリフィンには一足だ」


 走り込みながらの斬撃だ。

 それをアテルスペスの右腕が弾く。

 そして直後、ライト・グリフィンはアテルスペスの右腕を切ったのだ。

 一瞬だった。


 アテルスペスとの同化とは、一真が動けばアテルスペスも動く、というだけではない。

 アテルスペスからのフィードバックも、当然に一真に及ぶ。

 アテルスペスの破損は一真の痛みにも繋がるのだ。


「そして私はもう、侮らない」


 全身を駆け巡る悪寒に、一真は咄嗟に魔術を使い、


「ちっ、《ちらすかべ》!!」


 魔術の展開と同時、周辺の空気全てを破裂させたような轟音が鳴った。

 同時、アテルスペスの全身が押されたように後ろにたたらを踏む。


 ライト・グリフィンはすでに近くにはいない。

 斬撃ののち、離脱したのだ。

 それも、音を超える速さで、だ。

 発生した衝撃波が防御魔術を貫き神機の巨体を押すほどに。


 地面に目を向ければ、衝撃波が土を広く剥き出しにしていた。

 神機が体を広げてもなおすっぽりと入ってしまうほどの規模だ。


 あの神機は、二本の脚で地を蹴るだけで、音を超える。

 そうして発生した衝撃波にも完全に耐えるほどの頑丈さを持っているのだ。


「は、速い」


 声が口から出たのは意図ではない。

 怯えの発露だった。

 その怯えは直ぐに消える。

 一真は歯を食いしばり、左腕だけで構えた。

 右腕はまだ動くが、垂らしておく。

 なぜそうしたのかは、一真にも定かではない。


「私としては、降参して欲しい。が、そのつもりはないんだろう?」

「ッ!」


 挑発にも近い質問いや、確認に一真は息を呑んで反応する。

 直ぐにゆっくりと息を吐き、心を落ち着かせた。


「当然ッ!」


 力強く答えた直後、一真は閃く。


 衝撃波が伴う轟音を、まだ一度しか聞いていない。

 つまりライト・グリフィンが超音速で動いたのは一度きり。

 アテルスペスを攻撃して離脱した時の一回だけだ。


 超音速で移動することが出来るなら、アテルスペスの横を通り過ぎるだけで良い。

 そのはずだ。

 だが、しない。

 だから、武器を持っている。


 一真は息を深く吐いて、ゆっくりと吸い、


「《はばむかべ》《はじくかべ》《はばむかべ》《はじくかべ》《はばむかべ》」


 五重の魔法障壁で右肩から背にかけてを覆った。

 当たった物を跳ね返す魔術障壁を硬い魔術障壁で挟む。

 そうすることで障壁の強度と跳ね返す威力を上げる組み合わせだ。

 三層で可能になる組み合わせを、五層で為したのは、ライト・グリフィンの速さ故。


 既に一真は気付いている。フィードバックは、痛みだけではない。


「可哀想だが、いたぶるようにするしかない。恨んでくれるなよ」


 アジャンはアテルスペスを侮らない。

 侮らず、一撃で決めず、対応出来ない距離から対応出来ない速度で攻撃し続ける。

 そういう宣言だと、一真は感じた。

 同時に、チャンスだとも。


 ――昔の話だ。昔、私はこの世界に来る前に、とある目的のために作られた。

 ――その世界は危機に陥っていた。異界より侵略されていたのだ。


 一真は自分が感じた怖気や直感を、アテルスペスが引き起こすものと気付いている。

 一真は元々あまり勘が良い方ではない。

 殺気のようなものも感じられるほど達人ではない。

 だから、全てはアテルスペス、相棒が教えてくれるのだと気付いていた。


 ――敵は恐ろしく、狡猾で、素早く、姿を現さない。

 ――敵によって世界は蹂躙され、幾千の都市が破壊された。

 ――幾万、幾億もの人命が失われた。


 呼吸一つ。魔力が消耗していく。


 呼吸二つ。耐えられる。


 呼吸三つ。ライト・グリフィンが動くまで、一真は耐える。


 それから十以上を超え、大きく口を開いて吐き出した時、背に冷たい何かが走った。


 ――だが何故か、武器を持たぬ者に対してのみ。

 ――自らも武器を持たず、姿を現し、分かる速度で挑んでくる。

 ――小さな物も巨大な物も、だ。


 一真は振り返らず、右に向け倒れ込むように踏み込み、右肩を突き出すようにする。

 敵の突進する進路に、攻撃を“置く”つもりで。


 ――その性質を利用し、武器を持たない武器として作られた。

 ――世界を救うために、作られた。


 ライト・グリフィンがビームソードを振り下ろそうとする瞬間だった。


「ごはぁっ!」


 アテルスペスの右肩がライト・グリフィンの胸に突き刺さったのだ。

 五層の魔術障壁により、アテルスペスはそのままだ。

 だがライト・グリフィンは衝突の衝撃を何倍にも増幅される。

 その胸部が砕けばらけながら後ろ向きに吹っ飛んだ。


 ――幾多の搭乗者が載り、操り、その経験を蓄積し、継いでいく。

 ――そうして、私はどんどん強くなっていった。


「アテルスペス、ありがとう。勝ちに行こう」


 吹っ飛んで背中から倒れるライト・グリフィンに向け、一真は駆けた。

 走りながら魔法障壁の球体を左の拳先に作り出す。


 ――そして、何機もの仲間達と何人もの搭乗者たちと共に、私は世界を救ったのだ。

 ――故に。


「《はばむかべ》《はぜるひのや》」


 倒れたライト・グリフィンに向けジャンプしながら拳先の球体に赤い光を満たした。


 アテルスペスはそのまま体毎ぶつけるようにように、落ちながら左拳を振り下ろす。


「爆炎拳!!」


 赤い光球はライト・グリフィンの胸に押し込まれた。

 遅れてアテルスペスの拳が突き刺さる。


 一拍おいて、アテルスペスが地面に落ちた。

 と同時、爆発が巻き起こる。


 爆風に押され、アテルスペスが地面をごろごろと転がった。


 何度も転がってようやく回転が止まり、ゆっくりと一真/アテルスペスが立ち上がる。


 勝敗は、決していた。


 ――故に、私の名は――



 継承する技と業。絶望を塗りつぶす色。希望の黒アテルスペス


 神前戦儀、序戦予儀の一組第一戦、勝利。

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