01 VSニーネ:ライト・グリフィン①


 アテルスペスを包んだ光が収まると、彼と神機は神域とは別の場所にいた。

 

 一真はアテルスペスの内側越しに空を見上げる。

 

「外、か」


 青空が広がっていた。

 次いで周囲を見ると、疎らに木が生えた平原のようだ。


 ここが神前の戦場か、と一真は思いながら見渡す。


 ただの平原ではなく、所々でこぼこしていたり、折れた木々が苔むして転がっていた。

 過去の神前戦儀の名残だろう。


 神前戦儀の前半、序戦予儀は四カ国の神機四体による総当たり戦だ。

 戦う国も既に聞いている。

 ゼクセリアが所属する組は他にティルド、ニーネ、ウェルプトがいた。


 ただ一真は、ルールや流れの他は何も聞いていない。

 恐らく神託にはないのだろう。


 他の国の情報も何も知らない。

 自らの戦力を高めるばかりで、気が行かなかったのだ。


 とはいえ、最初に神域から光の渦に飲まれた後のことは聞いている。


 即ち、控えの屋敷か戦場かだ。


 ここは、戦場だ。


 自然、一真の身に緊張が走る。

 それを、深呼吸することで一真は抑えた。


 相手がいつ来るのかは、相手次第。

 力みすぎても、体力を消耗するだけだ。


 一真はその場で待ち続ける。


 暫くして、アテルスペスの前方に光の渦が立ちあがった。

 一真/アテルスペスは思わず腕を上げて構え、力む。


 光の渦はアテルスペスより少しだけ大きくなると、途端に立ち消えた。

 代わりに、角張った印象の白い神機がそこにある。

 両手に、それぞれ形が違う銃を持っていた。


『おいおい、もう構えてんのか。

 そのまま攻撃してくれるなよ』


 落ち着いた男の声だ。

 一真はその声に構えを解きながら、


「すまない」


 と答えた。

 他の神機繰手とはあまり弱気に接するなと、王様から言われている。

 一真はそのように口調をこわばらせたのだ。

 だからか、あまり言葉がでない。


 ため息のような音に続いて、


「始まりの合図はまだだろうに」


 白い神機が言う。


「合図?」


 そういえば戦い初めるタイミングはどう分かるのかと、オウム返しに一真は言った。


「んん?」


 白い神機が微動だにせず声を出す。


「ひょっとしてお前、稀人か?」

「え? あ、ああ。そうです」

「やっぱりそうか。

 稀人じゃないなら神前戦儀は見ているはずだものな」


 戦儀の模様は空に映し出されるそうだ。

 雨の日も天井に映し出されるという。

 だから、合図を知らないのは稀人だ、という推測か。


 どう答えたものか迷った一真は押し黙ったまま何も言わない。

 何かを言う前に、白い神機の繰手が声を出す。


「俺はアジャン。アジャン・ヴェルート。

 ニーネの風狼騎士団の団長を務めている。

 短い間だが、よろしくな。

 さ、名乗りな」

「金城 一真」


 名乗られ、一真は反射的に短く名乗った。

 だが立場はどう言えばいいのか、一真は少し悩み、


「……ゼクセリアの宮殿で居候をしている」

「ゼクセリアだって?

 稀人でか?」


 困ったような叫びが白い神機から響く。

 

「そりゃあ、災難だったな」


 心底同情するような、優しげな声だった。

 一真は刺々しく聞き返す。


「災難?」

「ゼクセリアの石化病のことは聞いている。

 だというに、そんな無手の素神機でだなんてな」


 白い神機は少しも動かないが、アジャンが出す声の抑揚は一真の心情を案ずるものだ。

 少なくとも一真はそう感じた。


「だがこちらにも事情はある。

 そっちと同じようにな」


 声のトーンを低くして、白い神機の繰手は神機の目を光らせる。

 白い神機の頭部は、赤い単眼が顔の殆どを占めていた。


 一真は息を深く吐いて、白い神機を、その中に居るであろうアジャンを見据える。


「こちらも負ける気は無い」

「ハッ、吠えるね」


 言い合って、二人は話を止めた。


 一真が白い神機をにらみ、あいても恐らくにらみ返している。

 一真はそう感じた数秒後に緑色の光球が2機の中間に発生した。


「これが」


 緑色の光の中央には「3」と読める文字が書かれている。


「そうだ」


 一真の短い言葉に、相手の繰手も短く答えた。

 緑色の光球は消えてまた現れる。

 次の文字は「2」だ。


「合図だ」


 一真はアテルスペスと共に構え/白い神機が体勢を低く落とし/光球が点滅し/た。


 光球が赤くなり、「1」を示し、一真は両手を開き、白は銃をあげる。


 「0」/「《はばむかべ》」/「いくぞ!」


 光球が赤い文字を残し消滅し、一真は魔術を起動し、白い神機が垂直に飛び立った。


「しまった!」


 一真は思わず口に出す。


 彼が使ったのは防御魔術だ。

 空中に対する攻撃手段はあるが、効くかどうかは現時点では不明な方法。

 まず殴りかかるべきだったと少しだけ後悔した。


 一真は切り替えて上空に飛んだ白い神機を見上げる。


「悪いがこちらも負けられない。

 可哀想だが、そのまま負けてくれッ!」


 後ろに光の尾を引いて加速した白い神機を目で追いかけた。

 展開した魔術の壁に何かが当たって弾ける。

 白い神機の攻撃だ。

 地面に落ちたのは銃弾がいくつか。

 白い神機が持っていた銃、恐らくマシンガンだ。


「それは、バリアか?

 だが、ライト・グリフィンに取っては木の板同然っ!」


 その声に一真は追加の防御魔術を展開する。


 アテルスペスに乗った当初、予想外の事があった。

 それが魔術との相性だ。


 アテルスペスにはチャクラやら気やら、そういった物の増幅機能が付いている。

 それが魔術にも何故か適応されるのだ。

 故に、神機の大きさに拡大された規模の魔術を扱える。


 だからこそ、一真は最初に防御魔術を使ったのだ。

 負けないために。

 そしてわずかなチャンスを掴むために。


 ライト・グリフィンは上空から急降下して左手の銃から鉛玉を立て続けに発射する。

 放たれた銃弾の群れは一真の防御魔術に辺り、阻まれた。


「その程度じゃあ、効かない!」


 飛び回るライト・グリフィンには追いつけないし、対応も出来ない。

 一真に出来ることは少ないのだ。だから、声を上げて行動を引き出す。


 上昇に転じたライト・グリフィンは太陽を背にした。

 もう一度急降下しながらの銃撃かと一真は思ったが、直ぐに考えを振り払った。

 効かない手段を続けるわけがない。

 敵をあなどるんじゃない。

 一真はそう自分に言い聞かせ、更に追加の防御魔術を使う。

 最初に使ったのとは別の防御魔術だ。


「《ちらすかべ》」

「無手のハズレが! しぶとい!」


 見上げるシルエットが、先ほどと違う。

 それを認識した瞬間、連続する銃弾。

 それともう一つ、光のが防御魔術によってアテルスペスの眼前で散る。

 光の粒子がバラバラになって消えていったのだ。

 ビームの銃弾、威力も高いライフルか。


 防御には有効、この仮説が正しかったことに、一真は安心する。

 神機戦で魔術がほとんど使われないことを、一真は聞いていた。

 どう強化しても、攻撃としては効かないらしい。

 だから、これからやることも、全てぶっつけ本番で、効果があることを祈るしかない。


 続けて防御魔術に光条が突き刺さり散っていく。

 魔術による障壁が薄くなっていくのを体感し、一真は再度追加で展開せざるを得ない。


 無限に魔術が使えるわけではない。

 防御だけに使うわけにもいかない。

 一真の心に焦りが募る。


 アテルスペスに突っ込んできたライト・グリフィンが直前で急上昇した。

 殴れる距離に来るつもりはないのだろう。

 当然か。

 無手に対して安全に攻撃できるならそれに越したことはないか、と一真は自嘲した。


 自分もそう出来るなら、当然のようにやるだろう事は確実だった。


 今の現状は、そんなハッピーな状況とは真逆だ。

 抵抗も出来ず撃たれ続けていた。


 ライト・グリフィンがアテルスペスの上空を旋回するように飛び続け、撃ち続ける。


「チッ」


 舌打ちが大きく聞こえた。

 マシンガンとビームライフルを撃ち続けながらも、効果が無いのだ。

 焦れているのだろう。


 それが、一真の狙いだ。


 ライト・グリフィンは他にも攻撃手段があるのだろうが、決定的な手段は使わない。

 温存しているのか、バリアが割れるのを待っているのか。


 このまま続くとは一真には思えないし、続けるわけにはいかない。

 状況を打開するために、一真は可能性に賭けることにした。


 ライト・グリフィンを見上げて目で追いかけ、一つの魔術を期待を込めて準備する。


「《つぶてのかぜ》」


 アテルスペスの足元から石の塊がいくつも上空に向けて発射された。

 足元には土煙と、抉れた地面。


 手堅い威力と扱いやすさに優れる、ゼクセリアでは広く普及する簡単な魔術だ。


 数十の石礫群がライト・グリフィンの白い影に襲いかかった。

 脚やウィングに当たり、砕け散る。

 続けてライト・グリフィンがよろけて飛行速度が落ちる。


「なっ」


 装甲には傷一つない。

 石がぶつかった程度でどうこうなる装甲ではないのだ。

 だが、全体ではどうか。


 高速飛行とは不安定な状態だ。

 足場はなく、推力だけで体勢を意地している。

 銃を撃つときの反動や機動にも制御負荷は高い。

 そこに、制御外の衝撃が加わったらどうなるか。

 少しなら問題は無いだろう。


 だが、十や二十なら。

 百や二百なら。

 千なら。

 膨大な回数の制御外の衝撃が加わったらどうか。


 事実、結果としてライト・グリフィンは高度を落とした。


「石ころごとき!」

「《つぶてのかぜ》」


 一真は魔術を行使する。


「《つぶてのかぜ》!」


 続けて二射。


「ぐっ!」


 失速して速度を落としたライト・グリフィンは避けられない。

 嵐の中の如く、立て続けに衝撃を与える石雨に、速度と高度を落とさざるを得ない。


 ライト・グリフィンは多少の土や砂汚れが付いただけの綺麗な装甲のままに、落下した。


 木々が固まって生えている森の、その半ばに、隠れるように落ちたのだ。


 これで終わる訳がないと、一真は防御魔術を展開。

 続けて展開された障壁に当たったビームが散り、弾丸が地面に落ちる。


「魔法など!」


 ライトグリフォンが森から周囲の木々を薙ぎ払い、脚の周りをクリアにした。

 両足側面の箱の正面にある蓋が開き、中に入っていた筒が飛び出す。

 無数に煙の尾を引いてめいめいの軌道を描きながら向かう先はアテルスペスだ。


 迫り来るミサイルの群れに向け、一真は両手を広げ魔術を使う。


「《はばむかべ》」


 作り出された半球状の光の壁にミサイルが着弾した。

 大量のミサイルが爆発してアテルスペスの周囲を黒煙が覆う。

 爆炎の残響が一真の耳で木霊していた。


 ただの勘だ。

 奴は来る、と。

 その勘を信じ、一真は魔術を唱える。


「《ちらすかべ》、《つらぬくいかづち》」


 一真の呟きの後、アテルスペスの左掌に金色に光る球体が現れた。

 見据えるのは正面。

 一真の耳から木霊が消え、音が聞こえる。

 ライト・グリフィンが垂直上昇したときと同じ音が、聞こえた。


「――でも、こいつなら!」


 ブースト音、それが大きくなり、爆煙からライト・グリフィンの腕が現れる。

 その手首に向け一真は大きく踏み込み、左掌の光球を叩きつけた。


 ライト・グリフィンが持っていたビームソードが魔術衝撃に触れ、切り入った瞬間のことだった。

 ビームソードがそのままアテルスペスを切り裂くより寸前だ。

 それより先に、一真はライト・グリフィンの腕を取ったのだ。


「がっ!」


 光球内に封入された雷がライト・グリフィンの全身を襲う。

 電撃が暴れ回り、ライト・グリフィンはビームソードを取り落とした。


 アテルスペスは一歩下がり、右手の拳を目の前に掲る。


「《はばむかべ》、《はぜるひのや》」


 アテルスペスの右拳先に光の球体が作られ、球体が赤い光に満たされた。

 これが一真の、アテルスペスの最大威力。

 切り札にして出来るかぎりの全力。

 魔法拳。


 アテルスペスは大きく右手を引いて、拳先の光球をライト・グリフィンに向ける。

 一真にシンクロして、アテルスペスの脚/腰/肩/腕が同時に動き、拳が音速を超えた。


 赤い光球が、ライト・グリフィンの胸に当たる。

 

「名付けて、爆炎拳」


 瞬間、爆発した。

 

 熱風が周囲を薙ぎ払い、煙が立ちこめる。

 アテルスペスは後ろに短く飛んで離れた。


「な、なんだ?」


 一真は焦りの声を漏らす。

 奥歯を噛み締め、爆煙の向こうを見据えた。


「侮っていた」


 アジャンの声。

 爆炎の向こうに小さいが確かにビームの光。


「これで、ダメなのか!?」


 爆発は、光球だけからではない。

 ライト・グリフィンの胸からも、爆発したのを一真はしかと見た。


「謝罪しよう。私は君と、君の神機を侮っていた」


 煙が晴れる。

 そこに、全身の装甲を脱ぎ、一回り小さくなったライト・グリフィンが立っていた。

 足元には一真にも見覚えがある白いパーツが転がっている。

 特徴的な胸の一部や、ミサイルランチャーの付いた脚の装甲。

 背中にあったウィングが大きなスラスター。

 円錐を幾つも束ねたようなスラスターが付いた肩アーマー。


「だが」


 それらを外し、スリムになり、手には短いビームソードを持っている。


「ここからは一切、加減も蔑みもしない。

 侮らず、全力で君を倒す!!」


 アジャンはビームソードの切っ先をアテルスペスに向け言った。

 そして、そこから消える。脚の動きだけでの超高速機動。

 これが、彼の神機の切り札。


 高速機動、空と陸の覇者、白き光の正しき鷲獅子ライト・グリフィン。


 一真/アテルスペスは構え、覚悟を決めた。


「アジャン・ヴェルート、参る!!」

「負けない!」

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