幕間 ゼクセリアにて

「それで、本当に辞めてしまうの?」


 ソーラはテーブルの対面に座るエルミスに問うた。


 ゼクセリアでは一般的ではない、茶葉を使った紅いお茶を、エルミスはカップに注ぐ。

 ソーラと自分の分で、二杯。


 高級なティーセットを左手だけで、それも慣れた様子でエルミスは扱う。


「ええ。

 この手では満足に仕事ができませんから」

 ポットを置いて言うエルミスの右手は、ミトンに覆われていない。

 腐りかけた指も、すっかり石になって歪な形で固定されている。

 薬指も、あのときから欠けたまま。


 石化は、手首を超え、前腕半ばまで進行していた。


「あなたこそ。

 最近は部屋に引きこもりがちと聞きました」

「私は良いの。

 元々、歩き回るのは好きじゃないもの」

「そう、でしたね」


 エルミスはソーラに茶の入ったカップを差し出す。


「ですが、ソーラ、あなたは言っていましたね」


 エルミスは丁寧だが、気安い口調でソーラに言った。


「私は大丈夫だと、皆に言わないと、って。

 だから、痛むのに歩き回っていたのでしょう」


 王族だからと、強がって。

 エルミスはその言葉を飲み込んだ。


「私は良いの」


 ソーラは短くそう言った。


「そう」


 エルミスも短く返した。


 エルミスには、頑なになったソーラはそう簡単には解れないと知っている。

 よほどの事が無ければ、こうと決めたソーラは曲がらない。


「でも」


 エルミスは、カップを手に取り、口元に持ち上げながら、


「今の理由は、違うでしょう?」


 そう言って熱い茶で唇を湿らせた。


 ソーラはエルミスの言葉に、持ち上げかけていたカップを止める。

 一拍だけ止めて、再び口元に上げ、


「なにを」

「カズマさん」


 エルミスが上げた名に、その手を止めた。


「顔を合わせたくないのは分かります。

 ですが、あまりにも不義理では?」


 言って、エルミスは茶を一口。


「わたしは、私は」


 ソーラは目線を反らしながら、迷いがちに言う。


「そう、私は、ただ」

「そんなに兄さ、いえ、セレン様の時のようになるのが嫌ですか?」


 エルミスが挙げた名に、ソーラはカップを降ろした。


 それはソーラの兄の名だ。

 今はこの国にいない王子で、前回の神機繰手の名だ。


「やはり、そうなのですね。ですが」


 エルミスは続けようとして、ノックの音で遮られた。


「お入りなさい」


 ソーラの言葉に、ノックの主が躊躇いがちにドアを開ける。


「失礼します!

 カズマ殿が、勝利いたしました!」


 従者の報告にソーラとエルミスは顔を見合わせた。


 ソーラは表情を暗くし、目を伏せる。


「ありがとう。下がっても良いですよ」


 従者は頭を下げて退室した。


 扉が閉じるのを音で聞き、ソーラは小さな声でささやく。


「私は、期待しません」


 聞いたのはエルミスだけだ。


「ソーラ、あなたの気持ちは分かります。ですが」

「なら、辞めるなんて言わないで」


 ソーラはエルミスの言葉を遮る。


「ソーラ」


 名を呼ぶだけで、エルミスはカップを置いた。


「分かってます。だけど、あなたまで私を置いていくなんて、嫌」


 エルミスはため息を一つして、


「仕方ないですね。

 あまり、お役に立てるとは思いませんが」

「それでもいいの。

 だから、あなただけは……」


 ソーラもエルミスも、互いに目線を反らして、目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る