05 共に食事を

「カズマさん、お食事にしましょう」

「え、なん、いや、何故ですかいきなり」


 言われるなり、一真は気安い口調で返しそうになって慌てて訂正した。


「実はあなたを見つけたのが朝方で、もうお昼なのですよ」


 ソーラは部屋の中に入り、入り口の横に立って手を叩いて鳴らす。


「お食事も、元気の一助になればとおもいまして」


 開け放たれた扉から、侍女が入ってきてテーブルを隅にどけた。

 続けて大きめのテーブルが侍女達によって搬入される。


「あの、ちょっと」


 急な展開に一真はついて行けない。

 片手を侍女達に向けて止めような仕草をする。

 が、侍女達は気にせずテーブルに真っ白い布を広げた。


 テーブルを運んだ侍女が部屋をでると入れ替わりに、

 布製の何かを持った侍女や、蓋付きの鍋をもった侍女、

 布で覆われた何かを持った侍女、

 ボウルのような器や皿を盆に載せて持った侍女などが次々に入り、

 テーブルに並べては出て行く。


「お口に合えばよいのですけれど」


 メインは中央に置かれた鍋のようだ。

 鍋の周囲には木製のお椀やスプーンが置かれた。

 布を被った丸い何かも二つ、一真の近くと反対側に置かれる。その他にも次々と。


 一真が急な状況に圧倒された。


 そうして準備が終わったらしく侍女の一団は扉を出て行く。

 残ったのはお付きらしき一人だけだ。


 右手に大きなミトンをした侍女が、

 ミトンをしていない方の手で蓋を取ってテーブルの空いたスペースに置く。


「量はお好みですが、最初は少なめにしておきますね」


 侍女が器をミトンをした手にとって言った。

 左利きなのか、左手に持ったお玉、のような道具で、鍋から米のような粒を救って器に入れる。

 すくい入れたのは一度だけで、一真の前に置いた。

 二度すくい入れた器はソーラの前だ。


「我が国のスクスは他の国の方々には独特だと言われます。

 一口、試していただきたいですね」


 侍女が先ほど搬入した椅子に座りながら、ソーラが言う。

 背もたれの横にフックが付いている椅子だ。

 ソーラは杖を背もたれのフックに引っかけた。

 ソーラ用の、特別な椅子なのかと一真は思いいたる。


「さ、掛けて下さいな。何事も熱い内が良いものです。

 食事も、心も」


 ふわり、と料理の香りが一真の鼻をくすぐった。

 コンソメだろうか?

 何か幾種類の材料が混ざったような複雑な匂いだ。

 香辛料もあるのだろう。


「カズマさん?

 早くお掛けになって」


 香りに心を囚われたカズマに焦れたのか、ソーラが急かした。


「あ、あぁ。分かりました」


 一真はふと空腹に気付く。

 夕食前に走り回って、ここに来て半日過ぎていた。


「あまりにも良い香りなので楽しんでしまいました」

「ふふ、お世辞がお上手ですね。

 味も楽しんでくださいな」


 口元を隠して微笑むソーラに見とれそうになって、一真は目を閉じてこらえる。

 そしてスクス、と呼ばれた料理が入った器の当たりに顔を向けて目を開けた。


「これは」


 オレンジ色のどろりとしたスープを沢山の白い粒々が纏っている、そんな見た目だ。

 白い粒も、丸くて米とは似ても似つかない。

 穀物のようなものではなく、うどんを粒状にしたように見えた。


「私たちはこれを日々食べています。

 私は大好きなんですよ」


 ソーラはそう言うと、木のスプーンですくって口に運ぶ。

 口に入れると、左手で口元を隠した。


「いただきます」


 一真はソーラに習い、木のスプーンを手にとって白いつぶつぶをすくう。

 リゾットのようなものだろうか、と思いながら一真は口に含んだ。


「ん」


 酸味と甘みのバランスが良いトマト強めのコンソメ味、

 一真は頭の中でそんな例えを浮かべた。


 日本で食べたものに近いところで言えば、この表現になるのだろう。


 だが、違う。

 舌にじわりと染みる甘さや、弾ける刺激、今までの人生ではなかったものだ。


 白いつぶつぶ自体には味が少ないが、うどんに近い噛み心地で、拒否感はでない。


 柔らかく、また水分も多いのですぐに飲み込めてしまった。


「う、ううん?」


 器の中の赤いスープと白い粒々を見つめて、一真は首を傾げる。

 思った以上に、素直に食べることが出来たからだ。


「どうですか?

 お口に合いましたか?」


 覗き込むように背を縮めてソーラが揺れる声で聞いてきた。


「ちょっと、馴染みのない味で戸惑いますけど、美味しい、と思います」


 一真は思った通りの感想を言う。

 元になる材料も、この料理も、食べたことがないはずだ。

 だと言うのに、一真の知る味と、全く、まるっきり違うと言うことがない。

 人間、住む世界が違っても食べるという行動は変わらないからだろうかと、一真は思う。

 思い、暮らしていた世界との共通点が見つかった気がして、口元が緩んだ。


「それは何よりですね」


 ソーラの声は弾み、喜びを滲ませていた。


「合わせるスープは他にもいろんな種類がありますので、試していただきたいです」


 そう言ってソーラは、スクスの器を置いて別の皿を取る。


 この世界、というよりこの国の食事は一度の食事に複数の器に盛られた料理を各自で食べる、という日本に近い形態のようだ。


 一真も真似して、スプーンをスクスの器に入れたまま別の料理に手を伸ばした。


 緊張がほぐれ、食事は進む。


 時折、ソーラから一真に質問が飛んだ。

 好きな食べ物や日本のこと、

 友人のこと、

 仕事は何をしてたのか等、簡単な話を少しだけ。


 ただ家族の事は、一真の表情の変化を察してソーラはすぐに別の質問に切り替えた。

 ソーラの心遣いに感謝して、一真は食事を続けたのだった。


 用意された量は多く、二人では食べきれる量ではない。

 残した分は家畜の餌になるというので、一真は勿体ないとは思いつつ食事を終えた。


「ごちそうさまでした」


 一真が手を合わせて言った言葉に、ソーラは不思議そうに首を傾げる。


「食後の挨拶、ですか」

「はい。

 用意してくれた人への感謝、だと思います。

 子供の頃からの習慣なので、詳しい意味は知りませんが」


 ソーラの疑問に一真は手を下ろして答えた。


「へぇ、それはよいですね」


 ソーラも手を合わせ、目を閉じながら一真の真似をする。


「ごちそうさまでした……こうですか」


 上目づかいに一真をみて、ソーラは聞いた。


「それであっている、と思います」


 一真の返答に微笑むと、ソーラは手を組み、目を閉じて額を組んだ手につける。


「神よ、日々の恵みに感謝いたします」


 一真も真似をして、手を組んで額に付け、目を閉じて言った。


「神よ、日々の恵みに感謝いたします」

「ええ、それで合っていますよ」


 ソーラが笑顔で頷く。


 それを見たミトンの侍女が部屋の扉を開けた。

 すると、二人の侍女が部屋に入り大きなお盆に食事のが終わった食器を載せていく。


 カズマは手伝おうとして立ち上がると、ソーラが「カズマさん」と声を掛けて制した。


「座って下さい」


 ソーラは表情を真剣なものに変える。カズマは首だけで頷いて座った。


 片付けを続ける侍女たちをそのままに、ソーラは話を切り出す。


「カズマさん。魔術を学びませんか?」

「魔術、ですか?」


 オウムのように、カズマは聞き返した。


「はい、きちんと学べば誰にでも使えますが、使いこなせば引く手数多ですよ」


 ソーラの言葉に、カズマは口元に手を当て考え込む。

 日本にはお話の中でしかなかった魔術だ。

 正直、興味はある、カズマはそう考える。


「もちろん、善意ではありません」


 ソーラの言葉に、カズマは顔を上げる。


「カズマさん、あなたはこの国のことを全く知らないと言っていいでしょう。

 ですので、ここで暮らして、知って下さい。

 常識と、そしてこの先この国で生きていくための術を。

 魔術もその一つです」


 それは、善意ではないのだろうかと、カズマは思った。

 カズマの目をじっと見つめて語るソーラに、カズマは見とれながらも答える。


「その優しさは、嬉しいです」

「食事を供にした人を放り出して死なれては、困りますからね」


 ソーラは笑顔になって言った。脅しのつもりなのか、だがカズマには天使の施しに思えてのだ。


「分かりました。ソーラさん、魔術を教えて下さい」


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