06 事が動く日


 一真のゼクセリアでの日々は、彼が毎夜思い返す度に驚くほど、穏やかな日々だった。


 驚いたイベントといえば、魔術の勉強を始めた直後にソーラがこの国の王女だということを知ったことくらいだ。


 寝るところも着るものも、全て用意してくれた。

 ズボンがないからローブやロングスカートのような腰布のどちらかだったが。

 それに下着がヒモで両脇を結ぶタイプを渡されたのには困った。

 守られてない感があるのはどうしても慣れない。


 朝はソーラ姫や侍女のエルミスと供に出会った森の決まったルートを歩き、それが終わればソーラを先生にして魔術やこの世界の歴史や知識を習った。

 神様が実際にいるらしく、いろんな奇跡が実際にあってこの世界が成り立っている、なんて常識などは習っておいてよかったとも一真は思う。


 昼食を挟んで衛兵たちの訓練に2時間ほど参加し、夕食までは許されている範囲内で宮殿内を見て回る。


 夕食は時にはソーラ達と、時には侍従たちと、時には一人で。いろんな場所で取った。


 その後、一人になったら一日を思い返し、体をお湯で拭いて一日を終える。




 突然現れた男に対して、破格の扱いだ。一真も不思議に思う。

 

 時間は一日一日と過ぎていった。

 食事も慣れてきて美味しいと思えるようになった。

 魔術も簡単なものを使えるようになった。

 灯りの魔術で夜に文字を復習出来る程度には使い慣れた。


 ただ、ソーラの歩きは少しだけ、ぎこちなくなった。

 エルミスの姿を見ることも、少なくなった。

 そして、宮殿の中が日を追う毎に慌ただしくなった。


 顔見知りの侍女に聞いても「そろそろ時期ですから」とか、「すぐに分かります」などとしか言われない。

 衛兵に聞いても、誰に聞いても、教えてはくれないのだ。



 時折、父のことを思い出す。

 そんな時にソーラの顔を脳裏に浮かべると、スッと楽になった。


 父とソーラは違う。なのに心の拠り所にしてしまっているのだ。

 これはなんだろうかと、一真は自問自答する。

 答えは出ない。

 想えば女性と関わったのは中学校まで。

 高校に進学してからはずっと勉強かバイトだった。

 奨学金で大学を出て、就職して、これからだったのに。


 ソーラ、天使のような、優しく美しい女性。

 いずれ別れ、彼女とは離れて生活するようになるだろう。



 そんな状況に一真はどうしても焦燥感を強めてしまう。

 

 確かに今はお客様扱いなのだろう。

 独力で暮らせるようになるまでは被護者なのだ。


 だから、だからこそ、恩を返したい。


 何か、何か。


 だからといって、何も手伝えることはない。


 ソーラの脚がどう悪いのか知らないし、訊くこともできない。

 エルミスのミトンも、何かあるに決まっている。

 それらをすぐに訊く事が出来るほど、一真に度胸はなかった。

 

「どうしました、カズマさん」


 ソーラの講義中、そういった余計なことを考えてしまう。


 ソーラは眉をひそめ、カズマの顔を覗き込んだ。

 きめ細かい肌に朱が差している。

 柔らかそうな頬と、透き通って美しい瞳に見とれそうになるのを一真は抑えた。

 悟られないように、一真は声量を抑えて言う。


「いえ、なんでもありません」


 この世界に来てから14日が過ぎ、ここ数日毎日このやりとりを繰り返してきた。

 だからか、ソーラはため息を吐いて、うつむいて言う。


「私の脚、気になりますか?」

「あっ、いや、違」


 悟られてしまった。一真は否定をしようとして、しきれない。

 

「いいえ、違いません。ここ数日、私の脚を見て考え込んで」

 ソーラはスカートを指で摘まんだ。


「いずれ、知ることになることです。ならいっそ今ここで」


 ソーラはスカートを上にゆっくりと引く。靴のつま先が――


「見てくだ――」


 ドアが開け放たれた。

 ソーラは摘まんでいたスカートを離し手を膝の上で揃える。


「姫様!」


 同時に侍女が入り大声で言った。


「神託が下りました。神機授与の儀が行われます!」

「まことですか」


 侍女のほうに顔を向けソーラは聞く。


「はい」

 侍女は頷き、ドアを開けたまま背を向けて部屋を出ていった。


「何が……」

「こうしては居られません」


 戸惑う一真をよそに、ソーラは杖をとり立ち上がる。


「一真さん、早くいきましょう」

「え、行くって、どちらに」


 立ち上がりながらも、状況に取り残されたような一真はソーラに聞いた。


 ソーラは立ち止まり、一真の顔を見て言う。


「神域です」

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