04 生きることにした
名を知りたいというソーラに、あっ、と一真は声を出して口元を手で覆う。
ソーラに名前を言われた後、泣き出してしまい、ソーラの胸を借りてしまったのだ。
自己紹介を全くしていない。
「こ、これは失礼なことを」
一真は顔を赤くして頭を下げる。
「いえ、良いのです」
頭を上げると、ソーラは変わらない柔和な笑顔で一真を見つめていた。
「私は金城、一真です」
一真は胸に手を当てて名乗る。
「キンジョウ、カズマ、……どちらが家名ですか?」
「金城が苗字で、一真が名前です」
慌てて一真は言った。
同じ地球内でも逆のことがあるのに、この世界で順が同じということはない。
それに彼女の名前はソーラ・ゼクセリア、当然のように名前が先だ。
「そうでしたか。
稀人は私たちと名前と家名の順が違うことがあるとは本当だったのですね」
口元を覆って、ソーラはくすくすと笑った。
美しい人だ、一真は再び思う。
日本ではここまで他人に対して興味を持つことはなかった。
自分はどうしてしまったのかと、一真は考える。
ソーラは息を整えて、テーブルの上の杖を手に取った。
「父や侍従長には私から話しておきます」
ソーラは杖を床について、立ち上がる。
「ここですこし、待っていて下さいね」
「あ、待って下さい」
一真はベッドから降りようと靴を探した。
「やめてください」
ソーラは一真に背を向ける。
「私は一人で歩けます」
強い口調でソーラは言い放った。
「人の助けなど」
「わ、わかりました」
一真はソーラの語気に気圧され、頷く。
頷いてすぐ、一真は後悔した。
ソーラはあんなにも自分に優しくしてくれたのに、自分はなにも力になれない。
そんな無力感が一真を襲った。
「すこしぐらい、自分で歩けないと、私は人に頼り切って動かなくなります」
一真の無力感を背中で感じたのか、ソーラは振り向いて微笑みかける。
「ですから、待っていてください」
「あ、はい。待ってます」
ソーラはにこりと笑うと、杖をついてゆっくりと部屋を出て行った。
一人残されたベッドの上を動いて縁に腰掛ける。
「父さん……」
窓の外、青い空を見て呟いた。
空の色は地球と同じだ。
なのに、この空はあの空と繋がっていない。
幼き日、父と歩いた街の空とは。
泣きそうになるのを一真はこらえたが、涙だけは一筋流れた。
袖で涙を拭って目元を抑える。
ソーラには生きるとは言ったが、日本以外での生き方など知るわけもない。
不安がわだかまる。
服の布は柔らかくも織が粗く、拭った場所が少しだけひりついた。
その痕に指を添わせ、一真はつぶやく。
「俺は、大丈夫だ」
父の口癖だった。
怪我で戦えなくなって、経験もなく体力だけはある男だったから、土木作業員になった。
それなりの貯蓄もあって、土木の稼ぎもあった。
また怪我で働けなくなっても貯蓄と一真のバイトで家計を支えていた。
全部、何とかなった。
「俺は、大丈夫だ」
その一言で、なんとかなっていたのに。
父は。
「俺は、大丈夫だ」
俺はまだ若いし、五体満足な体がある。
地球での知識が活かせるかどうかはわからないが、健康な体があれば大丈夫。
「俺は、大丈夫だ」
一言言う度に、気分が楽になる。
楽観と希望はとても良く似て、時に同一だ。
一真は少しだけ前向きに生きていこうかと、思えた。
ベッド脇にあった靴を履く。
布と木を使ったらしい簡素な靴で、サイズこそはあっているが履き心地は良くない。
そういえばと、一真は思い出す。
靴は家に置きっぱなしだった。
「スーツも着ることないだろう」
口に出して自分を納得させる。
この世界で生きるなら、この世界の服を着るべきだ。
地球の衣服などないのだから。
と、一真は自分の下半身に気付く。
履かせられているのはズボンではない。
スカートのような、ひざ丈で布を末広がりの筒状に繕ったものだ。
「これは」
慌てて確認すると、パンツは日本で買った安物のままだった。
女性と間違えられた、とは思えない。
一真の声は低いほうだし、顔立ちも父譲りでそれなりに男らしい。
立ちあがって2,3歩歩く。
動きやすいが、なんとなく落ち着かない。
足元も妙に音が鳴る。
底が硬いのか。
シャツも肌触りはいいものの、肩口の縫い目や襟元の縁が気になってくる。
部屋やソーラの様子からして、安物ではないと一真は思い、不安を少しだけ強くした。
ゴムがないのか、スカートのような腰布は腰のあたりで細い縄で結ばれている。
食い込まないよう緩く結ばれているのが、頼りない。
かといって強く結ぶと体に強く食い込んで痛みそうだ。
そんな風に自分に着せられた服を見ていると、何か堅い木材同士がぶつかる音が立て続けに二度響いた。
「戻りました」
返事を言う前に扉が開けられる。
「カズマさん、お食事にしましょう」
侍女が開けた扉の前に立ち、ソーラはとても可憐で楽しげな笑顔で言った。
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