ガライド編「家族」 第4話

「おお、エレノア様!」

「わーい、エレノア様だー!」


 フードを取ったエレノアが街外れに足を踏み入れると、途端に辺りに人だかりが出来る。老若男女、様々な住民達がエレノアの元に集い、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ごめんなさい、皆さん。なかなか来られなくて」

「いいんじゃよ、エレノア様。大神殿から人目を忍んでここまで来るのも大変じゃろうからな」


 それに応えるエレノアの笑顔も、大神殿で見せたものとは比べ物にならないほど自然で、明るい。過剰に担がれる聖女ではない、一人の心優しきシスターとしての彼女がそこにいた。


「エレノア様、あのおじちゃん誰?」

「おじ……」


 その光景を微笑ましく眺めていると、一人の子供が俺を指差し声を上げた。……二十も過ぎれば、確かに子供にとってはおじさんなのかもしれないが……。


「こら、ハンス。若い人に向かってあんまりおじちゃんだなんて言ったら駄目よ? あの人はね、私の大切なお友達」


 そんな子供の頭を優しく撫でながら、子供を嗜める言葉を口にするエレノア。それを聞いた子供は俺とエレノアを交互に見、それからパッと笑みを浮かべて言った。


「解った! エレノア様のカレシだ!」

「ふえっ!?」


 エレノアの横顔が、一気に赤く染まる。俺も、自分の頬が熱くなるのを抑えられなかった。


「カレシ!? じゃあもうチューしたの!?」

「エレノア様ー、カレシー、チューして見せてー!」


 その声に反応するように、他の子供達も一斉にやいのやいのと騒ぎ立て始める。更には周りの大人達までもが、興味津々といった様子で俺に目を向けてきた。


「エレノア様の恋人……あの男が……」

「そうかあ……エレノア様にも遂に……」

「も、もう! 違いますから! そういうのではありませんから!」


 この状況に耐え切れなくなったのだろう、真っ赤になったエレノアがそう大声を上げる。しかし子供達は、それを見てますます面白がるばかりだ。


「わーい、エレノア様真っ赤ー!」

「チューウ! チューウ!」

「あなた達、いい加減にしなさい! どこでそんな事覚えたの!」


 そう子供達を叱りつけるエレノアに、思わず笑みが漏れる。年相応の初々しい反応が、堪らなくいとおしいと思った。


「君達、あんまり大人をからかうもんじゃない。俺とエレノアは、本当に彼氏とか彼女とかそういう関係じゃないんだ」


 とはいえそろそろ助け船も必要だと思い、俺は子供達に近付きそう諭す。俺の言葉に、子供達は明らかにつまらなそうな顔をした。


「なーんだ、違うのかー」

「す、すみませんガライドさん。子供達が失礼を……」


 未だ顔の赤みが抜けない様子で、平謝りしてくるエレノア。俺はそれに、小さく苦笑を返した。


「いや、麗しの聖女様の恋人と思って貰えるなんて光栄だよ」

「もう、ガライドさんまで……」

「あんた、その格好からすると旅人かのう? なら、ここを見て驚きなすった事じゃろう」


 すると人だかりの中から一人の老人が歩み出て、俺に声をかけてくる。一目で満足に食事を摂っていないと解る、痩せこけた老人だ。


「確かに、驚いた。この街にこんな隔離されたような場所があるなんて」

「ここは掃き溜めじゃからな。儂も貧しさに耐えかね盗みを働き、ここで暮らすしかなくなった口じゃ。時々巡回しに来る僧兵以外、だあれもここには近寄ろうとせん」


 俺が頷くと、遠くを見るような目で老人が語り出す。顔中に刻まれた深い皺が、老人のこれまでの苦労を物語っていた。


「エレノア様、そろそろ行こうぜ! ばあちゃん達もエレノア様の事待ってるからさ!」

「ふふ、そうね。あ、こら、引っ張らないの!」


 その声に振り返ると、エレノアが子供達に手を引かれ奥の方へと歩いていくところだった。それを見て、老人の表情がフッと和らぐ。


「――じゃが、エレノア様は違った」


 慈しみに満ちた目で、老人がエレノアを見つめる。まるで本当の孫にでも向けるような、優しい眼差し。


「あの方は儂らを蔑みもせず、哀れみもせず。普通の人間のように接して下さる。たったそれだけが、どんなに嬉しかった事か。あの方は名前ばかりではない、本物の聖女じゃよ」

「……そうだな。俺も、そう思う」


 心から、俺は頷いた。同時にエレノアの優しさがちゃんと伝わっている事を、自分の事のように嬉しく思った。


「ガライドさんも来て下さい! ここに住む皆を紹介します!」

「ああ、すまない。今行く」


 遠くにいるエレノアが、大声で俺を呼ぶ。その声に歩き出そうとした時、背後から老人の声が聞こえた。


「――エレノア様をどうかよろしく頼む。あの方の初めてのご友人殿よ」


 もう一度、後ろを振り返る。すると老人を初めとした集まった住民達が、一斉に俺に頭を下げていた。

 これだけの人々が、心からエレノアの身を案じている――。俺はその事に心打たれながら、大きく頷き答えた。


「ああ。必ず彼女を守ると誓う」


 俺の答えに安心した笑みを浮かべた人々に別れを告げ、俺は駆け足気味に歩き出した。

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