ガライド編「家族」 第3話

「この街の事を、どう思いますか?」


 街外れに向かい歩く途中、不意にエレノアがそんな事を聞いてきた。今エレノアには俺の灰色の外套を貸し、更にフードを目深に被らせている為今のところ騒ぎになる気配はない。

 唐突な質問に、俺は顎に手を遣り少し考える。それから、自分の正直な感想を述べた。


「綺麗な街だと思う。流石にリベラ大陸一美しい街と言われるだけの事はあるなと思った」

「綺麗な街……ですか」


 俺の答えに、エレノアの声のトーンが落ちる。表情は、フードに隠れていてよく解らない。


「どうした、エレノア?」

「……やはりあなたには、見て貰うべきだと思います。この街の真実(・・)を」

「真実……?」


 それきり、エレノアは何も言わなかった。ただ黙って、俺の隣を歩き続けた。

 ――この街の真実、か。エレノアが街外れに行きたがる理由や聖職者らしい連中が躍起になってエレノアを探す理由と、何か関係があるのか?


「あそこです。あの角を曲がれば、街外れに着きます」


 やがてエレノアが、そう言って一点を指差した。その言い回しにどこか違和感を感じながらも、言われた通りの角を曲がる。

 そして広がった光景に俺は――絶句した。


 雑然と並ぶ、土埃に煤けた建物。

 擦り切れたボロボロの服を身に纏った、痩せこけた住民達。

 道端のそこかしこに積まれたゴミの山。


 華やかな街の中心とは全く違う、下手な貧民街よりも凄惨な光景がそこには在った。


「――ここは、美しい街には必要がないと判断された住民達が追いやられる場所」


 エレノアが口を開く。その声は淡々として、感情が読めない。


「何らかの罪を犯した者、重い病気にかかった者、体に欠損のある者。そういった人達は皆この街外れに追いやられ、出れば激しく非難される。美しい街を汚すものとして」


 それを聞いて、やっとさっきの違和感の正体に気付く。普通街には、どこからどこまでが街外れなどという区別などはない。ただ大まかに、この辺りが街外れだろうと憶測で呼ぶだけだ。

 だがエレノアは、街外れをまるで地区名のように呼んでいた。否、地区名なのだ。この街では、街外れは。

 同時に漸く理解する。聖職者達がエレノアを探していた理由を。

 彼らはエレノアを、この街外れに行かせたくないのだ。大事な大事な聖女を、ファレーラ教にとっての禁忌の地に。


「理性を尊ぶ一方で、理性的でないもの、理性によって生まれる秩序を損なうものを徹底的に排除する……それがこの街の……ファレーラ教の真実なんです」


 エレノアが顔を上げ、フードの下の表情を見せる。それは悲しい――どこまでも悲しい笑顔だった。


「……何故俺に、この光景を見せようと思ったんだ?」


 俺は真っ先に、思った疑問を口にした。ただの旅人に過ぎない俺に、何故こうして真実を伝えたのか。


「……私にも、よく解りません」


 エレノアは、その問いに小さくかぶりを振って答えた。伏せられた長い睫毛が、不安げに細かく震える。


「ただ、あなたには知っていて欲しいと思った。私の事を特別扱いしなかったあなたには、本当の事を伝えたかった。……それだけ、なんです」


 それきり、二人の間に沈黙が流れた。エレノアはただじっと、俺の返事を待っているように思える。


「……君は、どう思っている? この場所の、ここに住む住民の事を」


 もう一度、俺は尋ねた。それにエレノアは、真っ直ぐな視線を返しながら答える。


「私は所詮お飾りの聖女です。ファレーラ教全体を変える力もなければ、ここに住む人達を日の当たる場所に出してあげる事も出来ない。それでも私は、ここの人達にこそ……本当に救いを必要としている人達にこそ慈しみを与えたい。ファレーラ様の司る理性とは自分の為のものではなく、他者を救う為のものだと信じているから」


 ――ドクン。


 心臓が大きく跳ね上がる。彼女の真っ直ぐな瞳が、俺を捕らえて離さない。

 こんなに高潔な女性は、今まで見た事がなかった。俺の中に宿っていた疼きが、急速に形を成していくのが解る。


 俺は今――彼女に初めての恋をした。


「……君の事をただの女の子だと思っていたが、どうやら違ったようだ」

「え?」


 自分の中に生まれた想いを自覚しながら、俺は微笑む。エレノアは俺の発言の意図を掴みかねているようで、不思議そうな顔を返す。


「君は自分をお飾りの聖女だと言った。確かにファレーラ教にとってはそうなのだと思う。けれど君の志……自分以外の誰かを深く慈しむその心。それは聖女と呼ぶに相応しいと俺は思う。俺にとって君は――紛れもなく聖女だ」

「……!」


 続けた俺の言葉に、エレノアの頬が一気に赤く染まった。そして落ち着かないように、視線をキョロキョロとさ迷わせ始める。


「エレノア?」

「へ……変です、私。あんなに聖女と呼ばれるのが、扱われるのが嫌だった筈なのに……今あなたにそう言われて、こんなに嬉しく感じるなんて」


 戸惑った様子で、エレノアがそう声を震わせる。その姿に、俺は思わず小さく吹き出した。


「わ、笑わないで下さい!」

「いや、すまない。だが、そう思っている奴はきっと一杯いるさ。あの街外れの中にはな」


 子供のように頬を膨らませるエレノアにまた吹き出しそうになるのを堪えながら、街外れの方を指差す。何人かはこちらに気付いたのか、遠巻きに視線を送ってきている。

 エレノアが、街外れの方を振り返る。そして俺と街外れとを、交互に何度も見た。


「さあ、行こう、エレノア。君が大切に思う人達を、俺に紹介してくれ」

「……はい!」


 大きく頷き、小走りに街外れに向かうエレノアの後に、俺も続いて歩き出した。

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