エンデュミオン編「国王陛下の悩み事」

「ジノ、大事な話がある。内密の話だ」


 グランドラ国内の立て直しに尽力していたある日、俺――ジノ・クルーレはそうエンデュミオン陛下に呼び止められた。その酷く深刻な表情に、自然と気持ちが引き締まる。

 この国を巡る一連の事件の後、俺は陛下から直々に将軍として自分を支えて欲しいと頼まれた。国を狂わせていた宰相エンプティも姿を消した今、陛下をもう一度側で支えられる事に不満などなかった俺は快くそれを了承した。

 あれから半年、陛下は国内の治安向上に努めると共に外交にも力を注いだ。それは俺がかつて陛下に期待した、民を思いやる良き王そのものだった。

 その陛下が、俺に内密の話があると言う。もしや、何か緊急を要する事態でも起こったのか?


 陛下に先導され、私室へと通される。陛下は王となった今も、王子時代に暮らしていた部屋を私室として利用していた。恐らくより玉座に近い先王の部屋になど、立ち入りたくもないのだろう。

 こちらに向かい合うようにして、陛下が椅子に座る。そして、深刻な表情のままこう言った。


「クラウディオが手紙の返事をくれないのだ」


 ……は? 今、何つった?

 戸惑う俺には気付かないように、陛下が深い溜息を吐く。そこだけ見てると、国の行く末を憂う賢王にしか見えないのだが。


「……あのう、陛下」

「何だ」

「大事な話って……まさかそれ・・じゃないでしょうね?」


 何かの間違いであってくれと願いつつ、そう問い掛ける。すると、陛下は大真面目な顔でこう返した。


「? 他に何があると言うのだ?」


 あ、駄目だ。これあれだ、兄馬鹿って奴だ。

 陛下の十歳年下の腹違いの弟、クラウディオ殿下はおよそ十六年の間、ずっと死んだものとされてきた。それが実は生きておられたと判明したのは半年前、この国が軍事大国としての道を歩んでいた時の事だ。

 クラウディオ殿下はこの国の、そして陛下の暴走を止める為仲間と共に立ち上がった。そして陛下の目を覚まし、総ての元凶エンプティをこの国から追い出したのだ。

 その後クラウディオ殿下は王弟クラウディオとしてではなく育ての親であるアウスバッハ家の嫡子として生きる事を選び、クラウディオという存在が生きている事は限られた者のみが知る秘密として扱われた。これはクラウディオ殿下の望みでもあるが、何より先王の血を引く者が二人になる事により起こる混乱を防ぐ為でもある。

 ――ガライド・アウスバッハはクラウディオ殿下を聡明で、立派な子に育て上げてくれた。陛下から話を聞いた時、俺はそう心から感謝したものだが……。


「……あー、陛下。クラウディオ殿下にはいつ頃手紙をお送りしたんですか?」


 心無しか痛んできたような気がするこめかみを押さえながら、再度問い掛ける。元々母君のシルヴィア様や俺とアルペトラのような心を許した者には執着なさるところはあったが……。

 俺の問いに、陛下の表情にまた暗い影が落ちた。そしてとても、とても沈痛な面持ちでこう告げた。


「半年前からかれこれ十通は送っている」


 多っ! 半年で十通って一ヶ月に一通以上送ってる計算なんだが!?

 そりゃクラウディオ殿下も困惑するわ! 本当の関係を内密にしないといけない兄からその頻度で手紙が届くって!


「やはり私は、あの子に兄として認めて貰えないのだろうか……一度は絶望に押し潰された私などは……」


 俺のドン引きを余所に、遂にはそう言って陛下は俯いてしまう。それを見ていると、少し胸が痛んでくる。

 ――この方は多分、愛情の表現の仕方が下手なだけなのだ。無理もない。まだ幼い頃に、それまで親しかった総てと引き離されたのだから。

 本当は、生きて会う事は叶わないと思っていた弟を堂々と可愛がりたいに違いない。だがご自身やクラウディオ殿下のお立場を考えれば、それは叶わない事。

 それでもせめてたった二人の兄弟として、どこかで繋がっていたいと願う。その想いを誰が責められようか。


「……何か、贈り物でもしてやったらどうですかね」


 気付けば、そう口に出していた。陛下が、それを聞いてゆっくりと顔を上げる。


「贈り物……?」

「そう。返事を返す切欠にゃ、丁度いいでしょう」


 そう笑いかけてやると、陛下は「贈り物……」と何度か俺の言った事を反芻した。そしてその目が、やがてキラキラと輝きだした。


「そう……そうだな! 何故今までそんな簡単な事が浮かばなかったのだろう。よし! あの子が喜びそうな物を、兄としてプレゼントするぞ!」

「そうしてやって下さい。それと、手紙を送りまくって返事を急かすのは禁物ですよ。殿下から返事が返ってくるのを、じっと待つんです」

「解った! ありがとう、ジノ。やはりお前に相談して良かった。流石は私の義兄だ!」


 陛下が、嬉しそうに笑みを零す。その顔が、昔見た幼い陛下の笑顔と重なった。

 ――ああ、そうだ。この笑顔がまた見たくて、俺はこの城に還ってきたんだ――。


「それでは残りの政務をこなしながら、何を贈ればいいかじっくり考える事にしよう。時間を取らせてすまなかったな、ジノ」

「いえいえ。殿下絡みの悩みは相談出来る相手も少ないですしね。構いませんよ」

「年頃の若者が喜びそうな物……皆にも意見を聞いてみよう。ふふ、楽しみだ」


 そう弾んだ笑い声を漏らす陛下を、俺は暖かい気持ちで見つめていた――。



「ジノ、やったぞ! クラウディオから返事が来た!」


 半月後、陛下は再び俺を呼び出すと嬉しそうにそう言った。手には大事そうに、一通の書簡が握られている。


「良かったですね。もう読んだんですか?」

「まだだ。是非お前と共に読みたいと思ってな。……では、開けるぞ」


 唾を飲み込み、陛下が書簡の封を開ける。そして中に書かれていた文章を、声に出して読み上げた。


『エンデュミオン・シルヴィア・グランドラ国王陛下


 この度はわざわざ贈り物をして頂き痛み入ります。

 どうやら陛下とは、一度直に会ってじっくりお話をする必要があるようです。

 近々そちらに伺いますので、席を設けて頂けると助かります。


 クラウス・アウスバッハ』


「ああ……クラウディオが私に会いに来てくれる……!」


 手紙を読み終え、涙を流さんばかりに喜ぶ陛下。いや……いや、ちょっと待てよ?

 これ、クラウディオ殿下、怒ってないか? それも、相当。


「……陛下。殿下に何を贈られたんですか?」


 嫌な予感がした俺は、陛下に恐る恐るそう聞いてみた。すると陛下は非常にいい笑顔で、こう答えて下さった。


「うむ。年頃の若者は異性に興味があるという意見が多かったからな。書店に色っぽい女性が沢山載っている本があったからそれを買って贈った!」


 いやそれ一番やったら駄目な奴! 身内に春画本贈られるとか年頃の若者には一番ダメージでかい奴!

 クラウディオ殿下がキレて当然だわ! 直接会って叱りたくもなるわ!

 ……心からクラウディオ殿下に同情するわ。悪気が全くないだけに、余計にタチ悪ぃ……。


「またクラウディオに直接会えるなんて……ああ、クラウディオが来る日が今から待ち遠しい……!」


 何も知らず、無邪気に弟との再会を心待ちにする陛下に、俺は身内との付き合い方という奴を陛下に一から教え直そうと固く心に誓ったのだった。






fin

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