レジーナ編「砂塵に散った想い」 第16話

 兵達を門の中に招き入れ、北門にも南門と同様の細工をした後、私達の戦いは始まった。まずは手分けして家の中にいるカスター兵達を襲い、その息の根を止めた。

 安全だと思っていた町中に突如攻め入られたカスター兵達は、最早戦いどころではなかった。武器を取る事すら忘れ逃げ惑うカスター兵達を殺していく流れは、戦いというより虐殺に近いものがあった。


「何で、何でこんな所にルリア兵がいるんだあっ!」

「門だ! 門を開けて逃げるんだ!」

「待て! おい貴様ら、戻ってルリア兵と戦え!」


 隊長クラスは流石に気丈に指揮を取ろうとするが、一度崩れた統率はそう簡単には元には戻らない。上官の命を聞き勇敢に戦おうとする者など、その場にはいなかった。

 カスター兵達を次々と切り捨てながら、彼らが逃げ出した北門の方へと向かう。門の前では、カスター兵達が必死で門を開けようとしている最中だった。


「門が開かない! 何でだっ!」

「早く、早くしないと奴らが来るうっ!」


 カスター兵達がどんなに門を押しても、砂で固められた門はびくともしない。それでも懸命に門を押し続けるカスター兵達に、私達は武器を振りかざし向かっていった。


「き、来たあっ!」

「嫌だ、死にたくない、助けっ……!」


 命乞いを口にするカスター兵の背に、一人一人剣を突き立てていく。哀れさは感じない。寧ろ、自分が有利な時にしか粋がれないのかと思うと反吐が出る。


「くそっ、どうせ死ぬならせめて一人でも多く道連れにしてやる!」


 門の前のカスター兵達を粗方殺し終えた頃、後ろからやってきた武装したカスター兵達が一斉にこちらに向かってくる。それでいい。そうでなくては、こちらも殺し甲斐がない!


「来い。我々の怒り、思い知りながら果てるがいい!」

「うおおおおおおおおっ!!」


 半ば捨て鉢になったように、カスター兵の一人が私に向かって大きく剣を降り下ろす。私はそれを剣で受け止め、逆に力一杯押し返した。


「なっ!?」

「体重の掛け方が甘い!」


 そのまま相手の剣を持つ手を真上に跳ね上げ、無防備になった首を切り裂く。噴き出す生暖かい返り血を浴びながら、私は側にいる筈のサークの姿を探した。

 サークは少し離れたところで、カスター兵達と対峙していた。やはり魔法を使い続けた疲れが溜まっているのか、その動きにいつものような精彩はない。


「退け!」


 サークとの間に立ち塞がるカスター兵を蹴散らし、戦うサークの元へ向かう。と、近付いた私に向けて、サークが勢い良く曲刀を横に振り抜いてきた!


「!!」


 反射的に、両腕で剣を強く握ってその斬撃を受け止める。途端に、先程のカスター兵の攻撃とは比べ物にならない衝撃が掌を襲った。


「くっ……!」


 痺れる掌に更に力を込め、両足をその場に踏ん張らせる。何とかその一撃に耐え切ると、やっとサークの目が私を見た。


「……レジーナ?」

「そうだ! 敵と味方の判別も出来なくなったか、馬鹿者!」


 呆然と私を見つめるサークに怒鳴り返しながら、横から向かってきたカスター兵に蹴りを入れて吹き飛ばす。それからサークと背中合わせになるよう位置取り、周囲に目を光らせた。


「……悪ぃ。いつもはこんな事ないんだが……」

「無理をするからだ。我々の為にも、お前にはまだ倒れられては困る」


 残ったカスター兵達が、私達二人を包囲するようにじりじりと迫ってくる。私は剣を握り直し、不敵に嗤ってみせた。


「忘れるな、サーク。お前は一人じゃない」

「……!」


 背後の空気が、変わったのが解った。女達を見つけてからずっと澱んでいた空気が、澄み渡っていくような感覚。

 いつものサークが戻ってきた。そう、直感的に私は感じた。


「――ああ、そうだな。怒りに我を忘れて、一番大事な事を見失ってたみてえだ」


 小さく笑う、晴れやかな声。それはまるで、この砂漠を吹き抜ける風のような――。


「協力してくれ、レジーナ。正直疲労がちょいとヤバい。こいつらを生かすつもりは毛頭ねえが、それで俺達まで全滅しちまったら元も子もねえからな!」

「それでこそお前だ。いいだろう、後ろは任せろ!」


 サークの頼みにそう返し、カスター兵達の動きを図る。私達が警戒を強める中、誰かが上げた悲鳴を合図にカスター兵達が一斉に襲い掛かってきた!


「来たな、行くぜレジーナ!」

「ああ!」


 私達は互いに背中を預け合ったまま、それぞれ襲い来るカスター兵達を迎え撃った。



 総てのカスター兵を掃討し終わった頃には、空は既に白み始めていた。喧騒が絶え、静まり返った町の中で私は大きく息を吐く。

 体はかなりの疲労を訴えていたが、心は酷く落ち着いていた。自分がまだ生きているという充足感。それが私の心を、深く満たしていた。

 ……充足感? まさか戦いの後に、そんなものを感じる日が来るなんて。いつも戦いの後に襲うのは、強い空虚感だった筈なのに。

 いつもとは違う、誰かの為の戦いだったから? それとも……私の心は、生きたいと願い始めているのだろうか?


「休みたいのは山々だが、まずは門を開けられるようにしなくてはな……サーク、何か少しでも楽になる方法は……サーク?」


 浮かんだ疑問を振り払うように傍らのサークに声をかけるが、サークからの返事はない。それを訝しく思っていると、不意にサークの体がぐらりと傾いだ。


「おい、サーク!?」


 慌てて体を支えると、サークは目を閉じ酷く荒い呼吸を繰り返していた。意識は辛うじてあるようだが自力で立ち続ける力は最早ないようで、ただ力なく私に体を預けている。


「サーク、しっかりしろ、サーク!」

「はは……すまねえレジーナ、限界が来たみてえだ……」


 うっすらと目を開け苦笑を浮かべるサークに、無性に胸が苦しくなる。こちらの異常に気付いたのか、他の生き残りの兵達もこちらに駆け寄ってきた。


「どうした隊長!? 奴らにやられたのか!?」

「大丈夫、疲れが限界にきただけだ……レジーナ、門の砂は水をかければ柔らかくなる……オアシスから水を持ってくれば……」

「解った、それ以上喋るな! 総員、他の兵も探し出し伝えろ! 二つの門に水をかけ、これを開け! それが終わったら私の元へ来い、次の指示を伝える!」

「副隊長、あんたは!?」

「私はそこの宿で隊長を看る。隊長から指示があればそれも伝える!」

「解った! 隊長を頼んだぜ、副隊長!」


 私の号令に、集まった兵達が一気に散っていく。それを見届けると、私はサークをしっかりと支え直した。


「全く……案外放って置けないな、お前は」


 そう苦笑した私の胸に生まれた甘い疼きを知る者は、まだ誰もいなかった。

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