レジーナ編「砂塵に散った想い」 第15話

 女達を町の外へ出し、裸のままでは酷だと私達の着ていた外套をその痩せた体に掛けてやった後、護衛二人を残して私達はもう一度町中へ戻った。中にいる間にオアシスの位置はサークがしっかり把握しておいた為、オアシスに穴を空けるような事もなく無事に往復を果たす事が出来た。


「門を開ける前にやる事が出来た。まずは南門に向かうぞ」


 サークの言葉に従い、私達は町を南下し南門を目指す。道中には表を歩いている兵達も何人かいたが、敵が攻めてきていないなら安心だとタカを括っているのか警戒の様子はまるで見られなかった。


「何をする気だ、サーク?」


 道すがら、私はサークにそう問い掛ける。サークは私の問いに、振り返らずに答えた。


「南門を塞ぐ。砂で固めてな」

「お前が離れてももつのか?」

「流砂と違って一回圧縮しちまえばそう簡単に崩れやしないさ。後でまた開ける時が手間だが仕方ねえ」


 成る程、フーリでそれをやらなかったのはだからか。敵だけではなくこちらまで門を自由に開けられなくなっては、フーリを出るのに苦労してしまう。


「それなら問題はないな。着いたらすぐに取り掛かろう」

「……」


 納得し頷いた私に、しかしサークはすぐに返事を返さない。それを訝しく思っていると、不意にサークがぽつりと呟いた。


「……別に、付き合わなくてもいいんだぜ。元より一人でやるつもりだったしよ」


 一瞬何の事を言っているか解らず、軽く首を傾げる。しかしすぐにサークの言いたい事に思い当たり、思わず苦笑が漏れた。


「珍しく殊勝だな。気にするな。私達の隊長はお前だ。下の者は上の者に従うのが道理だろう」

「でもこれは、俺の個人的な感情だ。どうしてもカスター兵共を許せねえっていうただの私怨だ。隊長相手だから従うってんなら命令だ。こっからは自分の好きにやれ。俺についてくる必要はねえ」


 その言葉に、私はサークに追い付くよう走る速度を上げて、肩を掴んで無理矢理サークを振り向かせた。そして何か言う間を与えず、即座に胸ぐらを力任せに引っ掴む。


「――あの惨状に怒りを覚えたのが、お前だけだと思うか?」

「……っ」


 私の――いや、私達の表情を見たサークの言葉が止まった。一目見て、サークにもすぐに伝わった事だろう。


 今ここにいる全員、自分と同じ思いである事が。


「奴らに報いを受けさせたいのは、私達とて同じだ。今更自分一人でいいなどという綺麗事に逃げるな。本当に憤りを感じているのなら、私達全員を利用するつもりでやれ!」


 サークの目が、静かに私達を見つめる。やがてその目に、覚悟の光が宿った。


「……俺は好きにしろって言ったからな。死んでもそれは、お前ら自身の責任だぜ?」

「望むところだ。こちらとて、奴らを殺し尽くすまでは止まりはしない」


 そこから先は、言葉はいらなかった。私達は誰からともなく頷き合うと、南門へと向かう足を早めた。



 辿り着いた南門は、思ったより人気が少なかった。恐らく壁の上で外を見張る事のみに注視していて、内部への警戒は殆どしていないのだろう。

 だが脱走の防止も兼ねているのか、門の前にはやはり二人の見張りが立っていた。見たところ、その二人さえ何とかすれば門への細工は問題なく行えそうだ。


「どうする? さっきと同じ手でいくか?」

「それもいいが……そうだな。あれ・・を試してみるか」


 そう言うと、サークが子供の砂の精霊を二体呼び出す。砂の精霊……しかも子供という事は下位の精霊に、何をさせる気だ……?


「砂の精霊よ。……あそこにいる二人の鼻と口を塞げ」


 サークの命令に、精霊達が勢い良く砂の中に飛び込む。次の瞬間、見張りの二人の足元の砂が盛り上がりその顔に塊となって張り付いた!


「むがっ!?」

「むぐっ……むぐーっ!!」


 見張り達は慌てて顔から砂を払おうとするが、張り付いた砂はまるで熱した鉄のように剥がれようとはしない。更に砂の厚みで声を殺し、少し離れたこちらには微かな呻き声が聞こえてくる程度だった。これならば、ここよりも更に距離がある壁の上までは届かないだろう。

 もがき苦しむ見張り達は、やがて膝を着き砂の上に倒れた。そして抵抗も次第に弱々しくなり、最後は股から垂れ流せる総てを垂れ流し動かなくなった。


「……はあ……万が一息を吹き返したら面倒だ。確実にトドメを刺すぞ」


 深く息を吐き、サークが足音をあまり立てないように歩き出す。……そういえば、ここまで精霊を使い通しできているがサークは大丈夫なのか?


「おい、サーク……お前……精神力はもつのか? 玉魔法や聖魔法と形は違っても魔法は魔法、あまり使い続けると……」


 不安を覚えた私がそう口に出すと、サークはじろりとこちらを睨んできた。その目は先程と同じく、底冷えがするほど冷たい。


「……問題ねえ。全部終わるまで意地でももたせる。俺がお前達を利用するように、お前達も俺を利用しろ。いいな?」


 ……そう言われては、私達にはもう何も言えなかった。サークは恐らく止まらないだろう。コレアロのカスター兵達を、一人残らず血祭りに上げるまでは。

 いいだろう。ならば私は、意地でもお前を死なせはしない。奴らを滅する事とお前を生かす事、双方を両立させてみせる!

 そう決意してから、少し可笑しくなる。……死に場所を探していた筈の私が、誰かを生かす為に戦うなど。

 私は、変わり始めているのかもしれない。この男に、サークに出会った事で。

 それがいい変化なのか悪い変化なのかは、今はまだ解らないが――。


「今の私を見たら、あの子はどう思うだろうか……」


 私のそんな小さな小さな呟きは、夜風に吹かれて消えた。



 南門への仕掛けが滞りなく終わり、カスター兵の目を掻い潜って私達はやっと北門へとやって来た。北門にも南門と同様、二人の見張りが立てられている。


「ここまで来たら、多少騒がれても問題はないな。上の見張りと下の見張り、手分けして同時に片付けるか」

「なら俺は上に行く。レジーナ、あんたは下を頼む」

「解った。魔法兵、サークについていってやってくれ。歩兵は私と一緒だ。僧兵はここで待機」

「はい!」


 私の命に従い、魔法兵達がサークの元へつく。サークが魔法兵達と壁の梯子に向かったのを確認すると、私は歩兵達を無言で促し、下の見張りの気を引く意味も兼ねて物陰を一気に飛び出した!


「な、何だ、お前らは!?」

「貴様らに名乗る名はない」


 慌てて槍を構える見張り達に、剣を抜いて接近する。そして狙いも甘く突き出された槍を身を捻ってかわすと下から剣を振り上げ、一人の槍を上空に弾き飛ばした!


「ひっ!」


 悲鳴を上げながら、助けを求めるように隣の相棒を見る見張り。しかしその相棒は三人を相手取るのに手一杯で、助けなど期待出来そうになかった。


「た、助け、助けて……」


 恐怖に顔をひきつらせ、後退りしながら丸腰の見張りが必死に助けを乞う。それを見ても、私の心には何の感情も沸かなかった。寧ろいつも以上に、冷たく冷えきるばかりだった。


「……そうやって命乞いをした戦う力を持たない民達を、貴様らは一体何人嗤って殺してきたんだろうな」

「ま、待って、たす……!」


 自然と浮かんだ冷笑を顔に張り付けながら、私は全力でその首を撥ね飛ばした。極限まで目を見開いた兜を被った頭が、くるんくるんと重く回転しながら砂に埋まる。

 横を見ると、もう一人の見張りが三本の剣に串刺しにされ息絶えたところだった。帷子の鎖が弾ける程の勢いで突き刺された剣に、彼らの怒りと覚悟が見て取れる。

 上を見上げると丁度そちらでも掃討が始まったようで、悲鳴と共に上から次々とカスター兵が落ちてくる。乾いた砂のクッションも彼らの助けにはならず、ある者は全身を切り刻まれ、またある者は丸焼けになってそのまま死んでいった。


「こっちは終わった! 門を開けてくれ!」


 やがて上からサークの声が降り、私達はかんぬきを外し僧兵とも協力して門を開ける。人数が少なかったので手間はかかったが、サーク達が降りてくる頃には門を全開にする事が出来た。

 サークが門の外に出、待機していた兵達に合図を送る。すると間も無く、ウォルターを始めとした兵達が急ぎこちらへやってきた。


「遅かったじゃねえか、隊長! 何かあったのか!?」


 心配げに、真っ先に私達に駆け寄ってくるウォルター。そんなウォルターに、サークは氷のような目付きで言った。


「いいか、予定変更だ。ここにいるカスター兵を皆殺しにしろ。一人も残さずだ」

「え……? 隊長、あんた一体……」


 ウォルター達が驚き、私達先発隊全員を見回す。その一人一人が浮かべる表情に、彼らが戸惑いの色を浮かべるのが見えた。

 そんな彼らにも、サークは冷徹な表情を崩さない。そして静かに、ありのままの事実を告げた。


「ここにいたのは数人の痩せ細った女達だけ。老人や子供は皆死んだ。男達の行方は解らない。……理由はこれで伝わるか?」

「……!」


 今度こそ、その場にいた全員にありありと動揺が走ったのが解った。中には想像だけで吐き気をもよおしたのか、えづき始める者までいた。


「……解ったぜ、隊長」


 そんな中、真剣な表情になってウォルターが言った。その拳は、震えるほど固く握り締められている。


「俺も傭兵は何度かやったが、常に民間人にゃ手を出さねえよう徹底してきた口だ。戦って名を上げてえだけで、別に殺しそのものが好きな訳じゃねえからな。その俺から見て、奴らがやりやがった事は最低の行為だ。あんたらが怒るのも無理はねえ」


 ウォルターの言葉に、その場にいた全員が頷く。彼らの目には、確かな怒りが宿っていた。


「思い知らせてやろうぜ、奴らに! 奪われる側の痛みって奴をよ!」

「おおーっ!!」


 砂漠の静寂に響き渡ったその怒号は、私達の心が完全に一つになった事を表していた。

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