レジーナ編「砂塵に散った想い」 第10話

「やあ二人とも、よく来てくれた」


 宿にいた夜勤の兵に部屋に通された私達を、ニンバス将軍は椅子に座りながら笑顔で出迎えた。この将軍がにこやかにしている時は、大概ろくでもない事を考えている時だと流石に私も学習している。


「参上が遅くなって申し訳ない。ちいと飲み足りなかったもんで」

「いやいや、構わんよ。それで話というのはだな……」


 楽にしていい、とのお決まりの台詞もなしに、食い気味にニンバス将軍が話し始める。……そんなにも早く、私達を困らせたいか。


「二度に渡る戦の影響でな。フーリの物資もそろそろ底が見え始めている」

「だろうな。この町は大きいが、流石にこれだけの兵をこの町だけで養い続ける事は出来ない」

「うむ。そこで傭兵部隊には、南のゾルダの町まで戻り物資を調達してきて貰いたい」

「……は?」


 ……流石に耳を疑った。一部隊丸ごと、物資の調達に使うだと?

 その間に敵に攻められたら、一体どうするつもりだ。この将軍は私達憎しで、そんな基本的な事すら見えなくなっている――。


「どうだ、やってくれるだろう? まさか戦う以外はやりませんとは言うまい?」


 断れるものなら断ってみろ、と言わんばかりの挑発的な目で、ニンバス将軍が私達を見る。承諾すれば上手く傭兵部隊を追い出し今度こそ自分の力を見せつけられる、断ればそれを口実に私達に懲罰でも何でも突き付けられる……大方あちらの考えはこんなところだろう。

 ちらりと横目でサークを見ると、何か考えがあるようでニヤリと口の端を吊り上げていた。……ここは一つ、その考えとやらに乗ってみるとしようか。


「解った、引き受ける。但し物資調達に回すのは全体の半分だけだ」

「……ほう?」


 サークの返答に、ニンバス将軍の眉が片方ピクリと動く。それに怯まず、サークは堂々と話を続ける。


「将軍様、あんたはずっとこのフーリで防衛戦を繰り広げるつもりかい?」

「無論だ。ここを破られれば、ルリアの北は完全にカスターの手に落ちる。ここだけは何としても防衛せねばならん」

「それじゃあ駄目だ。今のままじゃいずれフーリは落ちる」

「何だと!?」


 その言葉を聞いて、ニンバス将軍が声を荒げ勢い良く立ち上がった。……しかしそれは、私自身も感じていた事でもあった。

 ただ守りを固めるだけでは、戦に勝つなど出来はしない。どこかで攻めに転じなければ……。


「そこまで言うなら聞かせて貰おうではないか! このフーリを守る為の、さぞかし素晴らしい作戦があるのだろうな!」

「まあ落ち着いてくれ。要は発想の転換だ。フーリを守り続けるんじゃなくて、フーリを守る必要をなくせばいい」

「……! ちょっと待てサーク、まさか……!」


 サークの言わんとしている事に気付き、私は思わず目を見開く。解ってしまった。サークが残り半分の兵を使って、何をしようとしているかを!


「そう、そのまさかだ。残りの傭兵部隊と共に、奴らがフーリ攻めの拠点にしている北のコレアロの町に電撃戦を仕掛ける!」

「何!?」


 これには流石のニンバス将軍も、驚愕せざるを得なかった。当たり前だ。傭兵部隊だけ、しかもたった半分の数で敵の拠点を落とそうと言うのだから――!


「有り得ん! いくら何でも不可能だ! それだけの数でコレアロを落とすなど……!」

「やってみなきゃ解らないだろ? 戦いってのはな、『有り得ない』なんて思う方が負けるのさ」

「サーク、今回ばかりは私も将軍に同意見だ! それは流石に無茶がすぎる!」


 あまりにも分が悪すぎる作戦に反対の意を述べる私に、サークは振り向き嗤ってみせた。それは覚悟を決めている者だけが浮かべる、凄絶な笑みだった。


「いいか、レジーナ。大事なのは出来るかどうかじゃねえ。やるかどうかだ。それにカスター軍は二度の負け戦で大打撃を負ってる。補充の兵が来るには、まだ時間がかかるだろう。叩くなら今しかねえんだ」

「しかし……!」

「将軍様もこう考えちゃどうだい? 例え失敗しても正規兵は減る事がない。そしてもし成功したなら、手柄は自分のものにしちまえばいいのさ」

「……!」


 ニンバス将軍が、大きく唾を飲み込んだのが解る。そこに畳み掛けるように、サークが悪魔の囁きを口にする。


「その手腕で不利な状況を逆転し、自らの領民を侵略から救った稀代の名将ディック・ニンバス。そう呼ばれたくはないかい? ……将軍様」


 その言葉が、ニンバス将軍の心を強く動かしたらしい。ニンバス将軍はやけに忙しなく視線をさ迷わせた後、わざとらしく腕組みしながらこう言った。


「い……いいだろう。やれるものならやってみろ。但し後で要請されても正規兵は絶対に出さんからな」

「作戦実行の許可を頂き誠にありがとうございます、将軍様」


 大仰に恭しく礼をしてみせながら、サークが小さくほくそ笑む。それを見ていると、この男は詐欺師の才能もあるのではないかと思えてくる。

 だが、取り付けた内容自体は寧ろこちらを追い込むものだ。傭兵部隊だけ、それも半分の兵で敵の拠点を落とすなんてどうやって……。


「それじゃ俺達はこれで。今夜はよく寝て、明日は朝からチーム分けだ」

「う、うむ。良い成果を期待しているぞ」

「行くぜ、レジーナ」

「あ、おい!」


 自分の言いたい事だけ言ってさっさと踵(きびす)を返すサークに、私は慌ててついていく。そうして部屋を出たところで、そのまま歩いていこうとするサークの肩を思い切り掴んで振り向かせた。


「おい! 一体どうするつもりなんだお前は! 将軍にあんな事を言うなんて……!」


 私の剣幕に、サークは小さく肩を竦める。そして私の頭を、まるで赤子をあやすようにポンポンと撫でた。


「まあ落ち着けよ。勝算はちゃんとある。でなきゃ俺だって、こんな危険な賭けに出やしねえよ」

「頭を撫でるな! それにしたって全体の半分は……」

「それに俺も、なるべく早く後方に冒険者達をやらなきゃと思ってたんだ。将軍に言われるまでもなくな」

「? どういう事だ……?」


 言葉の意味を掴みかねていると、サークがまた私の頭を軽く撫でる。私がそれに軽い睨みを返すと、サークは軽く舌を出してから急に真剣な顔になった。


「レジーナ、このルリアに一番足りないものは何だと思う?」

「兵力だろう。ルリアとカスターの軍の規模は、正直比較にもならん」

「不正解。確かにそれも足りないが一番じゃねえ。ルリアに一番足りないもの……それは生産力だ」

「あ……」


 言われて私も納得する。確かにルリアは、他国の貿易の中継点となる事で財を成してきた国だ。だからこそカスターは、ルリアが他の国の援助を受けられないよう周辺の国に国境を封鎖させた。


「今はまだルリアにも余裕がある。だが戦が長期化すれば、物資は枯渇し戦どころじゃなくなってくるだろう」

「それはその通りだ。だがそれと、兵を後方にやるのに何の繋がりが……」

「そこがあんたの頭の固いところだ、レジーナ。あいつらは兵士じゃねえ。冒険者・・・だ。そして冒険者には、旅で培ってきた様々な知識がある」


 そこで私も気が付いた。サークが半分の兵達を将軍の命令に従わせた、その本当の理由に。


「サーク、お前は……兵達の持つ知識でルリアに自給自足を身に付けさせるつもりか!」

「ご名答! 種は今市場にある作物の種を捨てずに蒔けばいい。この辺りで売られてるのは暑さや干ばつに強いものばかりだ。ルリアの乾いた大地でも無事に育つだろ。武器や防具は壊れたものをもう一度溶かして作り直す。矢なら飛距離には劣るが威力は増す鉄を使ってもいい」


 確かにルリアが自給自足出来るようになれば、国境封鎖は半分が意味がなくなる。この男は……そこまで考えていたというのか……!


「ま、これも言うほど簡単じゃねえがな。だが成功すれば、例え戦が長引いてもルリアは何とかやっていけるようになる」

「……敵わないな。お前には」


 心からの負けを認め、私は小さく苦笑する。私が目の前の戦いの事しか見えていなかった間、こいつは更にその先までを見据えていたのだ。

 ――完敗だ。認めるしかない。こいつの見つめているものは、私よりも遥かに広く、大きい――。


「コレアロ攻めの方はとりあえずあんたとウォルター、アントニー辺りには来て貰う予定だがそこはまた明日話し合わねえとな。今夜はゆっくり休んでくれよ? 明日は一日中話し合いで潰す覚悟でよろしく」

「……ああ。どこまでもついていこう。お前に」


 最後に優しくぽん、ともう一度私の頭を一撫でし、サークはそっと頭から手を引いた。そして私に背を向け、先に立って歩き出す。

 気が付くと私は、今までサークが触れていた場所に無意識に手を伸ばしていた。まるでそこだけが熱を持ったように、じんじんと熱く感じる。

 ゆっくりと芽生え始めていくサークに対するこの感情の名前が何なのか、この時の私はまだ知らずにいた――。

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