レジーナ編「砂塵に散った想い」 第9話

 その日の夜、勝利の宴も終わり部屋で一息吐いていると、唐突に部屋の扉をノックする音がした。私は腰掛けていたベッドから立ち上がると、扉は開けずに外に声をかける。


「誰だ?」

「よっ。俺だ、サークだ。今いいか?」

「お前か。入れ」


 扉を押し開け、サークを中に招き入れる。サークは手にウイスキーのボトルと、グラスを二人分抱えていた。


「邪魔するぜ。しかし随分あっさり部屋に入れてくれたな。これって今夜は期待していいって事か?」

「やれるものならやってみろ。その前にお前のモノを握り潰してやる」

「おお怖。ま、今夜は純粋に飲み足りないからあんたと飲みたいだけさ、安心しな」


 グラスを一つ差し出しながら、サークが悪戯っぽい笑みを浮かべる。私は差し出されたグラスを無言で受け取ると、テーブルの二つの椅子のうち一つに座った。

 サークもまた、ボトルをテーブルの中央に置いて無言で私の向かい側に座る。そのまま慣れた手付きで未開封のボトルを開け、二人分のグラスの半分程度にウイスキーを注ぐと自分の分のグラスを手に取り乾杯を促してきた。


「まずは、今日の勝利に」

「ああ。乾杯」


 サークのグラスに自分のグラスを合わせると、カチン、と軽い音が鳴る。私はグラスを口に付けて傾けると、中の飴色の液体を喉の奥へと注ぎ込んだ。


「ふう……染みるな。やはりエールではあまり酒を飲んだ気がしない」

「お、あんたも強い方が好きな口か。気が合うな。楽しく飲むならエールもいいんだが、静かに飲む時はやっぱりこんぐらい強いのをいきたいよな」


 自分は一気にグラスの中身を飲み干しながら、楽しげにサークが笑う。こんな風に子供っぽく笑う姿を見ていると、昼間のあの戦いぶりが嘘のようだ。


「あんたは傭兵やって長いのか? 傭兵専門の冒険者だとは前に聞いたが」

「そうだな、二十歳の頃から始めてもう八年になる」

「うへえ、俺が冒険者やってる期間より長いじゃねえか。よくそんなに戦ってばっかいられたな」


 私の返答に、サークが露骨に顔を歪める。昼の演説からしても本来は戦をしたい訳じゃないサークにしてみれば、進んで戦場に身を置く私の生き方は理解しがたいものであるのかもしれない。


「……最初から傭兵専門だった訳ではないさ。一番稼げる依頼が傭兵の口だった、ただそれだけの事だ」


 更にそう答え、私はまたグラスを傾ける。宴の時の酒と違い、今飲む酒は強さのせいかやけに辛く感じた。

 新しくウイスキーをグラスに注いでから、サークの目がじっと私の目を見た。その何でも見透かすかのような綺麗な紫の瞳が、何故だか妙に居心地が悪い。


「……何で、金が必要だったんだ?」

「え?」


 不意に口に出された言葉に、ドキリとする。心の奥の、触れてはいけない場所を外から掴まれたような感覚。


「あんた、どう考えても金に執着するってタイプじゃねえだろ。そこまでして金を稼ぎたい……いや、稼ぎたかった・・・・・・理由は何だ?」


 何だ、この男は。本当に私の心を見透かしているとでもいうのか。

 思い出される、忌まわしい記憶。平穏に生きるという選択肢を、私の中から奪い去ったあの日の悔恨。


「……何故、そう思う? 私が金を必要としていたのが過去形だと?」

「あんたの戦いぶりさ。生き残って金や名誉が欲しい奴は、あんな自分を追い込むような戦い方はしない。あれは、いつ死んでもいいと本気で考えてる奴の戦い方だ」


 ああ、お願いだ。どうかこれ以上、私を暴かないでくれ――。


「良かったら、教えてくれないか。あんたの過去に一体何が――」

「レジーナ傭兵部隊副隊長殿、まだ起きていらっしゃいますか?」


 その時部屋にノックの音が響き渡り、サークの言葉は途中で遮られる。話が中断した事に安堵しながら、私は部屋の外へ返事を返す。


「起きている。どうした?」

「将軍が今後の事について話があると。今から将軍が宿泊されているルアンヌの宿まで来て欲しいとの事です」


 外から告げられたその言葉に、私とサークは思わず顔を見合わせる。……このタイミングで呼び出しか、嫌な予感しかしないな。


「その呼び出しはサーク……隊長もか?」

「はい。しかしお部屋に不在でしたので、これから探しに行こうと……」

「いい。私が探しておく。隊長と合流出来次第伺うと将軍に伝えておいてくれ」

「解りました。それと……正規兵の中にもあなた方にこそ指揮されたいと望む者が多く現れています。どうか将軍の圧力に負けないで下さい」

「……そうか。感謝する」

「はい! それでは失礼します!」


 元気の良い返事をすると、部屋の外の気配は遠ざかっていった。私は椅子の背もたれに体重を預けながら、目の前のサークに問い掛ける。


「――どう思う?」

「俺達を困らせる、何かいい手を思い付いたってとこだろうな。あの将軍だしまともな話し合いにはなんめえよ」

「だろうな。全く気の重い事だ」


 一つ溜息を吐き、窓の外を見遣る。夜空には、総てを見下ろす天の瞳のような白い月が煌々と輝いていた。


「それじゃ行こうか、副隊長殿。酒の続きはまた今度だ」

「ああ。ボトルはこっちでキープしておいてやる」


 グラスに残った酒を互いに飲み干すと私達は立ち上がり、共に指定されたニンバス将軍のいる宿へと向かった。

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