レジーナ編「砂塵に散った想い」 第8話
――結果、北門を攻めてきた敵部隊はほぼ壊滅状態。南門に向かっていた部隊も、逃げ出してきた兵から北門担当の部隊の惨状を知るとここは一旦引く事にしたようだった。
自分の面子が回復するどころか我々傭兵部隊に更なる手柄を持っていかれた形のニンバス将軍は、戦の前とは打って変わった苦々しげな顔で我々を出迎えた。それとは対照的に他の正規兵達は尊敬と羨望の眼差しで我々を見つめてくる辺り、どうやらニンバス将軍の人望はそう高くないらしい事が窺える。
「……またしてもよくやってくれた、と言いたいところだが、門を開けて戦っていたとはどういう事だ? 補給兵達から聞いたのだが」
成る程そこを攻めてくるか。どう適当に誤魔化そうかと思案していると、代わりにサークが口を開いた。
「俺の独断でやった。そっちの方が早く済むと思ったからな」
「早く済むだと? 一歩間違えれば、何の罪もないフーリの民が危険に晒されてたんだぞ!」
何を言い出すのかとサークに対し言おうとした私だが、即座に怒鳴り返してきたニンバス将軍に完全に口を挟むタイミングを失う。当のサークはと言えばいつも通りの涼しい顔で、ニンバス将軍の怒りを受け流している。
「だが結果、民に被害はなかった。それどころか、戦力差のある敵軍を相手に大勝する事に成功した。結果良ければ総て良しだ」
「そういう問題ではない! 民に危険が及ぶリスクはなるべく避けるべきであり……」
「それに忘れてないかい、将軍様。俺達に『自由に兵を動かしていい』って言ったのは、他ならぬあんただぜ?」
「……!」
そう、それを言われてしまえばニンバス将軍は何も言えなくなる。ニンバス将軍は暫く顔を真っ赤にして震えていたが、やがて吐き捨てるようにこう言った。
「~~~っ、次からは何をするにも私の許可を取るように! でなければ上に進言して、お前の報酬を減らさせて貰うからな!」
「了解、将軍様」
形だけの敬礼をするサークを一瞥すると、ニンバス将軍は肩を怒らせながら正規兵達を連れて去っていった。ニンバス将軍の姿が見えなくなるのを確認すると、サークがこちらを振り返り小さく舌を出した。
「……だとさ。上司の言う事がコロコロ変わると下は苦労するよな」
「だとさ、じゃない! 何故あんな事を言った! 最終的にあの作戦でいくと決めたのは私だろう!」
耐えかねて詰め寄った私に、サークは苦笑しながら小さく肩を竦めた。それから後ろの傭兵達を振り返り、事も無げに言う。
「面倒臭えけど、俺はこいつらを束ねる隊長って奴なんだろ? ならこういう時は、下の奴を守るのが上の務めってもんだ」
「しかし!」
なおも納得がいかない私の肩に、サークがぽん、と手を置く。思ったよりも大きくしっかりしたその手に、不意に私の胸が高鳴る。
「お前やこいつらの行動の責任は、俺が取ってやる。だからお前らは、生きる為の努力に全力を出せ。こうして生き残った奴も残念だけど死んじまった奴も、本当なら誰一人こんなとこで死んでいい奴らじゃない。全員が、自由に世界中を旅する権利を持った奴らなんだ」
そこまで言うと、サークがもう一度傭兵達を振り返る。そして全員に聞こえるよう、大きく声を張り上げた。
「忘れるな! 今は仕方なく傭兵に身をやつしちゃいるが、俺達は『冒険者』だ! 行きたい所に行き、生きたい所で生きる、それが俺達だ! それを奪う権利なんざ、誰にもありゃしねえ!!」
サークの言葉に、周囲が水を打ったように静まり返る。その直後、割れんばかりの大きな歓声が轟いた。
「そうだ! その通りだ!」
「僕だって、こんなところで死ぬ為に冒険者になったんじゃない!」
「よく言ってくれた隊長! 俺は決めた! あんたにどこまでもついてくぜ!」
場の空気が、完全に一つになったのを感じる。こいつは、こんな短期間でこれだけの兵達を完全に纏め上げたというのか――。
こいつは……サークは本当に何者なんだ。魔法や剣の腕だけじゃない。どんな時でも冷静さを保てる精神力とやると決めた時は迷わず動く大胆さ。どちらも一朝一夕で身に付くものとは思えない。
こんな奴が傭兵をしていれば、名が知れない訳がない。けれど現実には、ここにサークの事を前から知っていた奴は誰もいない。
なのにサークは、これまで修羅場を幾つも潜ってきたとしか思えない凄みを持ち合わせている。これはどういう事なのか。
他の大陸から渡ってきた? しかし中央のリベラ大陸も西のラド大陸も、このアシュタル大陸ほど戦乱は激しくないと聞いている。
そういえば、リベラ大陸で五年前にドラゴンが現れそして倒されたなどという法螺話も耳にしたが……まさかな。例えそれが本当の話だったとして、そのドラゴンを倒した当人がこの大陸に渡り今こうして戦っているなど真実味がないにも程がある。もしそんな事があったとしたら、それこそ太古の英雄物語だ。
ならば何故……。収まる事を知らない歓声の中、私はずっとそればかりを考えていた――。
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