レジーナ編「砂塵に散った想い」 第7話
門を開き配置に付いて、敵軍を待つ事一時間。陽炎の向こうに、敵の大部隊が姿を現し始めた。
「来たぞ……皆、存在を気取られるな。あちらが門を潜るまで待て」
待機する兵達に呼び掛け、私もまた息を潜める。門の向こうに見える沢山の敵影は、やがてその姿がハッキリと確認出来る距離まで近付いてくる。
「隊長、門が開いています!」
こちらの様子に気付いた敵兵の一人が、声を上げるのが聞こえる。敵の進軍がピタリと止まり、どうすべきかと思案するような間が空いた。
(頼む……そのまま来てくれよ……!)
敵がこの門を潜る事を選択しなければ、この作戦は破綻する。そうなれば、我々に最早打つ手はない。
辺りに流れる、静寂と緊張。我々が手に汗握りながら見守る中、敵は――こちらに向けて進軍を再開した!
「よし! サーク、準備はいいな!」
「ああ、いつでもいける!」
門のすぐ側の壁に潜むサークに声をかけると、サークが砂色の衣を身に纏った老人の姿をした砂の精霊を呼び出し、すぐにでも地面を流砂に出来る用意を整える。そして――先頭の槍を持った敵兵達が門を潜り終えた直後、サークが精霊に命令を下した!
「さあ、砂の精霊よ、あいつらを流砂の中に引きずり込んでやりな!」
「!? 敵が潜んでいたのか!? う、うわっ、何だこれは、砂が……!」
サークの声に敵兵が急いで構えを取るが、その足は見る間に砂の中へ飲まれていく。それを確認した私は、屋根の上に潜む弓兵と魔法兵に号令を発した!
「今だ! 射てえっ!!」
「な、何っ!?」
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
矢が、魔法が、流砂に飲まれ動けない敵兵達に一斉に降り注ぐ。ある者は矢に眉間を射抜かれ、またある者は魔力の炎に焼かれ、そうやって次々と侵入してきた敵兵達は倒れていった。
「くっ……罠か! 怯むな、足場なら死体を使えばいい!」
今しがた倒れた仲間を踏み越え、後ろにいた敵兵達がこちらに迫ってくる。私は今度は、背後と向かいにそれぞれ待機していた歩兵達に号令をかける!
「よし、皆の者! かかれ!」
「うおおおおおっ! 一番槍はこの『剛腕』ウォルター様が貰ったぜええええっ!!」
先頭を切って飛び出すウォルターを中心に、門から出てきた敵兵達を取り囲むようにして歩兵達が次々に敵に襲いかかる。兵一人一人の力量は正式な戦闘訓練を受け続けたあちらに分があるようだが、何せあちらの足場は砂に埋もれ続ける人体の上という不安定なものだ。それ故、十分にその力を発揮する事は叶わないようだった。
「くっ……弓兵! 門の向こうに矢を射かけろ!」
堪りかねた敵は弓兵にそう命じ、こちらに向けて闇雲に矢を飛ばしてくる。しかしそれは、門のすぐ側にいる我々には殆ど届くことがなかった。
「弓兵、やり返してやれ! あちらは大群だ! 出鱈目に射っても誰かには届く!」
私は弓兵に直ぐ様そう命じ、門を越えた向こう側に矢の雨を降らせてやる。手前からだけではなく遠くからも敵の悲鳴が響き、戦場に流れる音楽となった。
「疲弊した者、傷を負った者は下がり、後ろの者と位置を交代せよ! 功を焦って無理はするなよ! 命あっての物種だ!」
「へっ、俺ぁまだやれるぜ、副隊長さんよ!」
「おっ、威勢がいいねえ、ウォルター」
「あんたにゃ負けてられねえからな! そうだ隊長、ここらで一勝負しようじゃねえか。より多くの兵を倒した方が勝ちだ!」
「よし、乗った!」
多くの者が私の号令に従い後ろの者と入れ替わっていく中、サークとウォルターの馬鹿二人だけはそのまま襲い来る敵兵と戦い続ける。ウォルターはともかく、精霊を維持するのは精神を使うと言っていた筈のサークのあの体力はどこから来るのか。
「くそっ、歩兵部隊、一旦下がれ! 魔法部隊、前へ!」
「成る程、門の外から魔法でこちらを吹き飛ばす気か。後ろの僧兵達の中でシールドを扱えるものは!?」
「それなら私が!」
「頼む! 一時的に防ぐだけでいい! 他の者はシールドの後ろに! 魔法がシールドで防がれている間に、魔法兵は下に降りてくるんだ!」
「はい!」
号令をかけると前線で戦っていた者が後ろに下がり、代わりにシールドを使える熟年の僧兵達が前に出る。そして敵魔法兵が魔法を放つより前に、印を結び終わって門の出口にシールドの魔法を展開する!
「うひゃっ……」
間近で激突し合う魔力の奔流に、誰かが小さく悲鳴を上げたのが聞こえる。双方の力は拮抗しているようで、思ったよりシールドは長持ちしてくれている。
「サーク、魔法兵が降りてきたら一度流砂を止めてくれ!」
魔力の弾ける音に負けないような声で、私はサークに叫ぶ。私の声は何とかサークに届いたらしく、少し離れた所にいたサークがこちらを振り返った。
「構わないが、何か考えでもあるのか!?」
「ああ! 先に確認しておくが、お前の魔法は自然であれば砂以外でも操れるんだな!?」
「そうだが……そうか! 解ったぜ、あんたのやりたい事! 任せておけ!」
流石サークは察しが早い。私の狙いを理解してくれたらしく、ニヤリと笑うと一旦砂の精霊の姿を消した。直後に上から降りてきた魔法兵が、シールドを張り続ける僧兵達の後ろに立つ。
「皆の者、よくもたせてくれた! 合図をしたら、シールドを解き後ろに下がってくれ! 魔法兵、詠唱の準備!」
「はい!」
魔法兵がそれぞれ玉を構え、いつでも詠唱出来るよう準備に入る。その背後に、そっとサークが身を忍ばせた。
やはりサークは、私の狙いを正しく把握してくれていたようだ。その事に笑みが浮かぶのを隠せないまま、私は最後の仕上げにかかる事にした。
「よし、詠唱、始め!」
「はい! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて』……」
魔法兵がそこまで唱えたところで、私は合図を送る事にする。このタイミングなら……間に合う!
「今だ、僧兵、下がれ!」
「はい!」
「……『敵を撃て』!」
僧兵達がシールドを解き下がったのと丁度入れ替わりに、魔法兵の魔法が敵の魔法とぶつかり合う。シールドの代わりに今度は魔法兵の玉魔法がこちらに魔法が到達するのを防ぎ、門の中央で火花を散らした。
だがこれは、ただの目眩ましに過ぎない。私の本当の狙いは……別にある!
魔法を放ち続ける魔法兵達が立つその隙間から、背後にいたサークが両手を前に突き出す。その傍らには、碧の髪の女性の姿をした精霊が浮いている――!
「そらよ、サービスだ! 風の精霊よ、向こう側にいる奴らを切り刻め!!」
サークが精霊に命じると同時、猛烈な勢いで門の外へと風が吹き抜けていく。それはなおも衝突し合う魔力の塊をすり抜け、敵陣へと着弾した!
「うわああああああああっ!?」
敵兵の悲鳴と共に、門中央の魔力の衝突がスッと消え失せる。遮るもののなくなったこちらの魔法はそのまま更に敵陣へと襲い掛かり、大勢の敵兵を砂と共に吹き飛ばした!
「ぎゃあああああああああっ!!」
「何故、何故魔法がすり抜けてくるうううううっ!!」
砂煙の中、敵軍の阿鼻叫喚の叫びが門の向こうから聞こえてくる。あちらの受けた被害は、どうやら相当大きいようだ。
しかしどうやら、私の読みは上手く当たってくれたようだ。玉魔法を敵味方両者が同時に放った時、魔力が形を成したものである玉魔法は互いにぶつかり合いすぐにはどちらにも届かないという事は以前、戦で同じ陣営に所属した魔法使いから聞かされていた。
だがサークの霊魔法は、自然そのものに働きかけて効果を生み出すものだ。それならば玉魔法で生まれた魔力に遮られる事はないのではないかと、私は踏んだ。
結果は……今のこの状況だ。そして、なおも混乱の最中にある敵軍を叩くには今を置いて他にない!
「総員、門の外に打って出るぞ! 敵に総攻撃を仕掛ける!」
「そう来なくちゃな! まだ動ける奴は俺に続け!」
私の号令と共に、サークがウォルター達歩兵達を率いて門の外に飛び出していく。私も彼らと共に戦うべく、腰の長剣を抜いてその一団に加わった。
門を飛び出すと、外は既に乱戦状態だった。サークと魔法兵達の魔法ですっかり総崩れになった敵軍は今や統制の取れた戦いなど出来ず、その数をどんどん減らしていった。
「うおおおおおおおおっ!!」
最早破れかぶれなのか、敵兵の一人が長剣を手に私に向かってくる。私は相手の長剣を力任せに上へ弾き飛ばすと、返す手で帷子(かたびら)に覆われていない首筋を真一文字に切り裂いた。
「ごぽっ……」
喉から血を噴き出し、恨みがましい目で私を見ながら敵兵が倒れる。その返り血を正面から浴びながら、私は周囲の敵兵共に高らかに吼えた。
「よく聞け貴様ら! 我が名は傭兵、『不死身のレジーナ』! 私の首が欲しい奴がいたら、纏めてかかってこい!」
「『不死身のレジーナ』……このアシュトル大陸の戦場を渡り歩く、名うての女傭兵……?」
「あの女を倒せば……もしかしたら隊長に出世出来るかも……!」
敵兵共の目の色が、みるみる変わっていくのが解る。そして我先にと、武器を手に私の元へ殺到してきた!
「いい度胸だ、来い!」
「死ねえっ、『不死身のレジーナ』!」
降り下ろされる剣を、突き出される槍を、長剣を盾にして掻い潜っていく。そして肉薄した敵兵共の手を、首を、次々と斬り時には落としていった。
「どうした、この程度か、カスターの正規兵とやらは!」
「くそっ、調子に乗るな!」
不意に、斬り倒した敵兵の陰に隠れるように潜んでいた槍使いが素早い突きを私に繰り出す。死角から放たれたその一撃を私は避け切れず、致命傷は避けたものの槍の先が右腕を深く貫いた。
「やった! これで利き腕は使えなく……」
「――この程度で私の攻撃を封じたとでも?」
「なっ!?」
勝ち誇った笑みを浮かべた槍使いに私は嗤い返し、力ずくで槍を引き抜く。そしてそのまま槍を奪い、すぐに笑みを驚愕の表情に変えた槍使いの口の中に突っ込んで返してやる。
「がふっ……」
「こ、この女、化け物か!?」
「どうした、来ないならこちらから行くぞ!」
引け腰になる敵兵共に構わず、私は近くに落ちていた剣を拾い上げて再び陣中に切り込む。敵兵をこの手にかける度生暖かい血が私の体を濡らし、紅に染めていく。
――ああ、やはり戦場はいい。この空気が、痛みが、今私が生きているのだという事を実感させてくれる――。
そうして私は、残された敵兵達が散り散りになって逃げ出すまで剣を振るい続けた――。
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