レジーナ編「砂塵に散った想い」 第6話

 カスター軍に動きありとの報告が斥候に当たっていた兵からもたらされたのは、最初の戦から五日後の事だった。この知らせを聞くとニンバス将軍はすぐにフーリに駐屯する総ての兵を集め、声高に宣言した。


「諸君! 次なる戦の時が来た! 敵は前の戦以上の兵を組織し、このフーリに向かって進軍してきているという! しかし恐れる事はない! 我らがルリアへの愛国心、そして我がルリアに力を貸す傭兵部隊の強い戦力があれば、何者もこのフーリを落とす事は出来ないだろう! 諸君らの働き、大いに期待しているぞ!」

「……結局俺達任せかよ」


 ニンバス将軍の演説の最中、傭兵部隊の方から僅かに聞こえてきたその声に思わず苦笑する。これより無能な将軍を私は知っているから慣れたものだが、前回が初めての戦というような者は確かにそう感じるだろう。

 実際のところ、最初から前線を任されるのはまだマシな扱いなのだ。以前経験した、自分達の負け戦の後始末ばかりやらされるような扱いに比べたら。


「これより前の戦と同じく、正規兵は南門、傭兵部隊は北門にて待機! 敵が現れた場合、これの迎撃に当たれ! 今回は前回よりも厳しい戦になるだろう! 私も状況に応じ、逐次諸君らに指示を出させて貰う! それでは行動を開始せよ! 我がルリアの勝利の為に!」

「我がルリアの勝利の為に!」


 最後にお決まりの文句を正規兵達が言って、部隊別の移動が開始される。と、ニンバス将軍が傭兵部隊の先頭に立つ私とサークの元へやって来るのが見えた。


「やあ君達。今回もよろしく頼むぞ。君達の働きには特に期待しているからな」


 前の戦が始まる前の態度が嘘のように、にこやかにニンバス将軍が言う。隣でサークが一応の礼を取るのを横目で確認しながら、私もニンバス将軍に礼を返す。


「ご期待頂き、誠に感謝する。今回もルリアに勝利をもたらせるよう、最善を尽くそう」

「うむ。それで傭兵部隊の指揮なのだが、今回から君達二人に一任しようと思う」

「は?」


 思わず間の抜けた返事を返す私に、ニンバス将軍は更に笑みを深める。そしてにこやかにこう言い放った。


「どうやら私よりも君達の方が、戦のやり方には詳しいようだ。傭兵部隊は好きに動かしてくれ。但し君達自身の責任でな」

「おい、ちょっと待て、それは……」

「いやあ、優秀な部下を持つと指揮官は楽だ、はっはっは」


 あまりにも一方的な命令に私が抗議する前に、ニンバス将軍は笑い声を上げながら去っていった。その背中を見ながら、思わず開いた口が塞がらなくなる。

 ――やられた! あの将軍は、ただ調子がいいだけに見せて最初からこれを狙っていたのだ!

 あの将軍はずっと、自分の命令を無視して敵部隊殲滅を行った私達を疎んでいたに違いない。こうして指揮を丸投げしてやればきっとそのうち自分に泣きつき、潰れた自分の面子も回復すると。

 何という器の小さい男だ。前言を撤回する。あの将軍は過去最高レベルの無能だ!


「まあそんなカッカすんなよ、レジーナ」


 苛立ちが顔に出ていたのだろうか、私の顔を見ながら涼しげな顔でサークが言う。こいつは動揺するという事を知らないのか!?


「これが怒らずにいられるか! これは現場放棄に近しい行為だぞ! 仮にも総司令官の立場でありながら、己の感情のみで!」

「まあそうだな。でもよく考えてみろよ。これは何でも好きにしていいってお墨付きだ。ニンバス将軍の指揮能力はあんたもよく解ってるだろ?」


 ……確かに。あの将軍の指揮能力をマトモに当てにしていたのでは、とてもこの戦は生き延びられないだろう。


「私情で動く、大いに結構。怠け者の無能より、働き者の無能の方が厄介だ。お言葉通り、こっちはこっちで好きにやらせて貰うとしようぜ。何より俺達が生き延びる為にな」

「……」


 サークの言う事ももっともだ。今するべきは指揮官の責任の追及ではない。私達が生き延びる為にはどうするか、策を講じる事だ。

 振り返って、部隊の傭兵達を見る。その目は、将軍よりも私とサークを信じると言ってくれている気がした。


「――諸君! 敵が来る前に、北門にて対策を練るぞ! ついてこい!」

「そう来なくちゃだ、副隊長殿」

「……っ」


 笑みを浮かべるサークから何となく視線を逸らしながら、私は兵達を引き連れて北門へと向かった。



「――さて、今回の北門防衛、何かいい手が浮かんだ奴はいるか?」


 門の前に集まった全員を見回しながら、サークが声を張り上げ問い掛ける。私とサークだけで考えを巡らせても良かったが、やはりここは全員の意見を聞いてみる事にした。


「また隊長の魔法で流砂を作ってるうちに、一斉射撃をかけるのは?」

「規模にもよるな。実はどこまででかく作れるか試しもしたが、最大でこの部隊をギリギリ飲み込める程度にしかならなかった。それにそこまででかい流砂を作れば、精神の消耗もそれだけ激しくなる。精々維持出来て十分ってとこだ」

「敵をギリギリまで引き付けてから弓や魔法で総攻撃をかけるのは?」

「馬鹿、敵だって弓や魔法を使ってくるんだぞ? 逆にこっちが的になっちまう」

「うーん……」


 皆予想以上に活発に意見を交わし合ってくれているが、どの案もいまいち極め手に欠ける。やはり戦の素人ばかりでは、名案など生まれないのだろうか……。


「あの……」


 その時おずおずと、一つの手が後ろの方から上がった。私はそれを見て、だんだん収拾が付かなくなってきた話し合いを一旦中断させるべく全員に大声で呼び掛ける。


「全員、静かに! 意見を言いたいものがいるそうだ!」


 ざわついていた周囲が、少しずつ静まり返っていく。そうして完全に皆が静かになったのを確認すると、私は改めて手を上げたままのその人物に声を掛けた。


「待たせたな。そこの手を上げているお前! 意見を言え!」

「はっ……はい! その……門を敢えて開く、というのはどうでしょう?」

「門を……? ちょっと待て。こちらに出てきて詳しく説明をしろ」


 私が促すと、人波を掻き分け一人の青年が顔を出す。それは栗色の癖毛を少し長めに伸ばし、魔法使い風の緑のローブを着た青白い顔の青年だった。


「ど、どうも……」

「お前、所属と名前は?」

「あ、はい、第一班所属のアントニーです……その、詳しい説明をしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、話せ。門を開くとは、普通は防衛の放棄と同義だと思うが?」

「で、ですよね、普通はそう思いますよね……でも僕は、門を開く価値はあると思うんです」


 アントニーは私の問いに、落ち着かなく視線をさ迷わせながら答える。それは緊張からと言うより、彼自身の癖のようなものであるらしかった。


「では答えろ。門を開くメリットとは何だ?」

「は、はい。あの、門を開けば当然、敵はそこから入って来ようとしますよね?」

「そうだな。門とはその為にあるものだ」

「そ、それで、門を通ろうとすれば、僕らだって全員通るのに時間がかかりますよね?」

「それはそうだろう。特にこの町の門は砂嵐対策にあまり大きく作られていないから、一度に通れる人数は限られて……あ……」


 そこまで言って、私はアントニーの言いたい事に気が付いた。サークも同じ事に気付いたらしく、ハッとアントニーの顔を見る。


「敵の軍勢がどれほどいようと、門を通ろうとする以上は少数にならざるを得なくなる……」

「そうです! そこを集中攻撃で一気に叩くんです!」


 私達が正しい結論を導き出したのが嬉しかったのか、若干興奮気味にアントニーが言う。私は腕を組み、今アントニーが出した案を検討する。

 ――守りの要である門を捨てる以上、危険な賭けには違いない。しかし数の上での不利が、少なくなる事は大きい――。


「そ、そうだ! ついでに門の出口に、隊長の流砂を設置すればいい! そうすれば敵の進行は更に鈍くなる筈……!」

「……!」


 次いでアントニーが閃いたアイデアに、私とサークは顔を見合わせる。それならば……この賭けに勝つ確率は、グッと上がる!


「サーク、どうだ!? いけるか!?」

「この門ぐらいの大きさならかなりもつぜ。維持しながら戦うのも問題ねえ!」

「アントニーのこの案に異論のある者はいるか。いるならば手を上げて反論を述べよ!」


 私の問い掛けに辺りは俄かにざわつくが、手を上げる者は誰もいない。それを確認すると、私は全員に向けて指示を発した。


「各班、弓が得意な者、玉を持つ者は屋根の上に登り、流砂に飲まれた敵を迎え撃て! 接近戦を得意とする者は門の少し手前で待機! もし味方を足場に敵が攻めてくる事あらばこれを迎撃せよ! 僧やシスターなど聖魔法の使い手は後方に待機し、怪我をして戻ってくる者がいれば速やかに治療する事! 諸君、ここが正念場だ! 気合を入れて臨め!」

「おう!」

「門を開き次第、行動開始だ! ……また生きて、一緒に酒を飲もう! 私からは以上だ! それでは総員、作業にかかれ!」


 私の号令に合わせ、全員が門を開ける作業に取り掛かる。方針が無事に決まった安心感に一息吐いていると、不意に小さな笑い声が耳に入った。

 怪訝に思いながら振り返ると、サークが私を見ながら忍び笑いを漏らしていた。それを見て、私は思わず顔をしかめる。


「……何が可笑しい」

「いや、あんだけ嫌がってたのに物凄ぇ堂々とした指揮官ぶりだなって思ったらつい……ぷぷっ」

「や、やるしかない状況なんだから仕方ないだろう! 大体お前が隊長なのに、何で副隊長の私が主な指揮を取っているんだ!」

「だって俺よりあんたのが貫禄あるしさ? 俺は先頭で部隊を引っ張るあんたは後方で状況を分析して指示を出す、適材適所だろ」

「言っておくが私も本来は前線で戦う側……っておい! 聞け!」


 眉を吊り上げ強く睨み付けるも、サークの笑いは止む気配がない。それどころか、一層笑い声が大きくなってきている気がする。


「あははっ……まあ頼りにしてるぜ、副隊長殿! くくっ……」

「そうやって面倒な事ばかり人に押し付けるな! あといい加減笑うのを止めろ!」


 そうサークを怒鳴り付けながら、こんなサークとのやり取りが楽しいと、そんな事を思い始めている自分がいた――。

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