レジーナ編「砂塵に散った想い」 第5話
翌朝、ニンバス将軍に傭兵達の訓練の為フーリの中央広場を使いたいと申し出ると、将軍は快く広場の使用を許可してくれた。今広場は人払いがなされ、私とサーク、そして各班の傭兵達だけがいる状態だ。
「何なんだ、一体……」
「まだゆうべの酒が残ってるってのによ……」
朝早くから叩き起こされた傭兵達が、口々に不満を溢す。どうやら全員揃ったらしい事を確認すると、私は息を吸い込み大きく声を張り上げた。
「諸君! よく集まってくれた!」
「うおっ……頭が……」
私の大声に、何人かが頭を押さえ軽く踞るのが見える。それに構わず、私は声のボリュームを落とさずに続けた。
「既に存じている者もいると思うが、改めて、総司令官であるディック・ニンバス将軍よりこの度当部隊の副隊長に任ぜられたレジーナだ。そしてこちらが……」
そこまで言うと、私は後ろにいるサークを振り返る。サークはいつも通りの、あまり威厳の感じられない様子で口を開いた。
「同じくニンバス将軍に隊長に任命されたサークだ。本当は面倒で仕方ねえんだけどな、ったく……」
やる気のないサークの言葉に、今度は何人かの目が明らかに険しくなった。そんな視線などどこ吹く風で大欠伸をするサークを、私も少し睨みたくなったが我慢した。
「あー……こほん。しかし突然の辞令に、不満がある者も多いと思う。そこでだ、ここは傭兵らしく、実力で上に立つ者を決めたいと思う」
私がそう言うと、辺りが俄かにざわつき出した。そこに畳み掛けるように、サークが不敵な笑みを浮かべてこう口にする。
「ようはこの場で俺達を倒せば、そいつを隊長と副隊長に替えるよう俺達から将軍に進言するって訳だ。勿論証拠として、勝った当人にも付き合って貰うぜ」
「――その言葉に、嘘はねえんだろうな」
すると傭兵達の中から、禿頭の巨漢が人波を掻き分け歩み出てきた。その体躯は背の高いサークよりも更に大きい。
「早速挑戦者か?」
「あんたに用はねえ、『不死身のレジーナ』。傭兵として名のあるあんたが上に立つ事には、俺も異論はねえからな。俺が用があるのは……」
そう言って、巨漢はサークをじろりと見る。サークはそれに対し、小さく肩を竦めただけだった。
「俺も戦場は初めてじゃねえ口だ。折角このちっぽけな国を救って名声を得ようと思ってたのに、前線からは外されるわテメエのようなひょろいエルフに抜け駆けされるわと納得のいかねえ事が多くてな。だがテメエの方からそう言ってくれるんなら都合がいい」
「そんならやるかい? ああ、先に言っとくがこっちは魔法は使わないぜ、不公平だからな」
「魔法なしで俺に勝つ気か? ……上等だ」
事も無げなサークの態度が、巨漢のプライドを傷付けたらしい。巨漢はますますその太い眉を吊り上げ、周囲の傭兵達に怒鳴り付ける。
「おい! 中央に俺達が戦えるスペースを作れ! この『豪腕』ウォルター様の名を今ここで知らしめてやる!」
その声に反応するように、他の傭兵達が慌てて動き出し私達を中心とした円形のスペースを作る。辺りに緊張感が漂う中、ウォルターと名乗った巨漢は改めて周囲の一同をぐるりと見回す。
「ここにいる全員が証人だ! 勝ったら俺がこいつの代わりに隊長になる。文句のある奴ぁ前に出ろ!」
ウォルターの怒号に反応する者は、誰一人としていない。それを確認すると、ウォルターはまず私に向き直った。
「あんたも下がってくれ、『不死身のレジーナ』。万が一あんたがこいつに肩入れして、味方されたんじゃ堪らねえ」
その言葉に、私は黙って円を作る他の傭兵達の方へ下がる。私が離れたのを確認すると、ウォルターは背中に背負っていた大きな両刃の斧を手に取った。
「言っておくが、手加減なんてする気はねえからもし腕が一本なくなったとしても恨むなよ。恨むなら、一人で抜け駆けしてでしゃばったテメエを恨みな」
「はいはい。前置きはいいからとっととやろうぜ。何せあと何人と戦う事になるか解んねえからな」
「――っ! 野郎、命だけは助けてやろうと思ったが気が変わった! この場でぶっ殺してやる!!」
遂に怒りが頂点に達したらしいウォルターが、まだ武器も構えていないサークに向かっていきなり斧を降り下ろす。斧は一撃で地面まで届き、大きな砂煙を上げた。
「ひっ……!」
目の前の惨劇を予想してか、ひきつった悲鳴が幾つか上がったのが聞こえる。しかし、事態は彼らの思うようにはならなかった。
「っ!? いねえ!?」
そう、斧が降り下ろされた地点から、サークは忽然と姿を消していた。いや、ウォルター側からこの戦いを見ていた者には、そうとしか映らなかっただろう。
実際には、サークはウォルターのすぐ後ろにいた。今の一撃の隙を突いて、一瞬で背後に回り込んだのだ。
「体格の割にスピードは悪くねえ。だがご自慢の力に頼り過ぎだ」
「なっ!?」
ウォルターがその声に振り向く前に、サークが曲刀の背による一撃をウォルターの後ろ首へと叩き込む。その一撃に、ウォルターは悲鳴を上げる間もなくその場に昏倒した。
辺りが、一気にシン、と静まり返る。耳に痛いほどの沈黙、それを破ったのは一気に沸き出した歓声だった。
「す……凄い! あの巨漢をたった一撃で……!」
「あれが、カスター兵を相手に大暴れしたっていう実力か!」
それまでサークに懐疑的な目を向けていた者達の顔付きが、明らかに変わったのが解る。ある者は羨望、ある者は興奮。様々な色が混ざった視線が、一身にサークへと注がれた。
「どうだー? まだ挑戦したい奴はいるかー?」
「俺だ! 勝敗なんて関係ねえ、是非あんたと手合わせがしてえ!」
「僕も是非手合わせを!」
「俺はそっちの姉ちゃんとだ! さっきの奴が言ってたが、あんた名の知れた傭兵なんだろう!?」
てっきりこれでサークに挑む者はいなくなるだろうと思っていたが、今のサークの鮮やかな戦いぶりに逆に火が点いたのだろうか、周囲を囲む大勢が我先にと手を上げ始める。それどころか、私にまで余波が及ぶ始末だ。
「わーったわーった、とりあえず順番な! あとこの気絶してる奴、誰か円の外に連れてって介抱してやってくれ!」
「ではそれは私達が!」
サークの声に人混みの中から弓や玉を持った者達が現れ、手分けして倒れたままのウォルターを運んでいく。ウォルターが人混みの向こうに消えていくと、改めて私とサークに挑戦を望む者達が列を成した。
「さてと、面倒臭えが今後の為だ、やるとするか。あんたも手を抜くなよ、レジーナ!」
「無論だ。本物の戦場の剣を見せてやろう」
「よし、まずは俺からだ! とりゃあああああっ!!」
先頭の若い傭兵の掛け声と共に、私とサークによる手合わせが始まりを告げる。皆がこれだけやる気ならば、次の戦ではそう簡単に場の空気に飲まれるような事はなくなるだろう。
……それにしても。他の者は、サークの技術にただ圧倒されて気付いていないようだが。
今の戦い、始まる前から既に決着は着いていた。サークは敢えてウォルターを絶えず挑発し、その冷静さを失わせていたのだ。
この程度の挑発で簡単に冷静さを失う者に、上に立つ資格はない。サークは、それすらも見極めようとしていたのかもしれない。
日増しに明らかになるサークの底の知れなさを感じながら、私は目の前の相手に剣を振るい続けた――。
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