レジーナ編「砂塵に散った想い」 第4話
結局我々の手で北門を攻めに来た敵部隊は壊滅。南門に回り込んでいた部隊も、正規兵達に加勢した我々の勢いに押されて退却せざるを得なくなった。
――恐ろしい事だ。あいつはたった一人で、この戦の流れをひっくり返してしまった――。
「傭兵部隊の諸君! いや、実に見事な働きだった! まさか敵部隊を、これほどの短時間で壊滅にまで追いやるとは!」
自分の指示を無視された事など忘れたように、見るからに上機嫌な顔でニンバス将軍が我々に声をかける。結果良ければ総て良しという事か、単純な事だ。
「特にエルフの君と、確か……そう、レジーナと言ったな。君達の働きは群を抜いて素晴らしかったと、補給部隊の者から聞いている! 此度の戦い、君達のお陰で敵を退けられたようなものだ!」
「……私は何もしていない」
「何を言う! 自ら率先して戦い、兵達を鼓舞する! その姿はまるで、神話に謳われた人の為に戦った女神のようであったと言うではないか!」
私は否定するのだが、ニンバス将軍は若干興奮したような様子で変わらず捲し立てる。どうやら余程、今回の勝利が嬉しかったらしい。
「そこで君達二名を、今いる仮の隊長に代わって正式に傭兵部隊の隊長と副隊長に任命する! 今後もよく働き、我がルリアを勝利に導いてくれよ!」
「何!? おい、ちょっと待……」
突然告げられたとんでもない辞令に反対する間もなく、ニンバス将軍は笑いながらさっさと行ってしまった。私は本気で困りながら、隣にいるサークを見る。
「――どうやら面倒な事になっちまったな、お互い」
サークもまたこちらを振り返り、肩を竦めて苦笑する。あまり動揺していないように見えるその態度が、私には不思議でならなかった。
「……私は場数だけなら多いが、本気で部隊を率いるなどやった事がないぞ」
「同じく。大体他人の人生を預かる立場なんて、面倒臭くて仕方ねえ」
「なら、何故そのように平静でいられる!? この先上手くやっていける自信でもあるのか!?」
抑えきれない苛立ちをぶつけるように、私は声を荒げる。するとサークは、少しだけ悲しげな顔になって答えた。
「――初めてじゃねえからな。自分の為にした事を過度に持ち上げられんのも、こういう扱いも」
「え……?」
「いたいた! 凄いじゃねえかエルフの兄ちゃん!」
私がその言葉の意味を問い質そうとしたその時、サークの背後に別の傭兵がやってきてその首に腕を回した。サークはそちらに顔を向け、私は問いを口にするタイミングを失う。
「見てたぜあんたの戦いぶり! あんたのお陰で俺達死なずに済んだんだ!」
「今夜はあんたを主役に祝勝会といこうぜ! おっと忘れちゃいけねえ、果敢に俺達を指揮してくれたそっちの姉ちゃんもだ!」
「わ、私もか!?」
サークだけでなく私にまで話を振られ、思わず面食らう。今まで戦場で前に出ても手柄泥棒と煙たがられこそすれ、感謝をされた事など一度もなかったと言うのに……。
「いいじゃねえか。今夜ばかりは、ご好意に甘えて思いっきり騒ごうぜ」
戸惑う私に、サークがそう言って小さく笑う。――その目が、浮かれていられるのは今だけなのだから、と物語っている気がした。
「……そうだな。お言葉に甘えよう」
「決まりだな! よし! 下にいた奴らにも声をかけるか!」
そう言うと共に、周囲の傭兵達が私とサークを中央に押し出していく。私達二人はそれに流されるようにして、その場にいる傭兵達にすっかり囲まれる形になっていった。
身に慣れないその光景に、私は何だか不思議なくすぐったさを感じた――。
戦死者の後処理、そして魔法で怪我が治りきらなかった者の病院への収容を済ませると、戦の勝利を祝した盛大な宴が始まった。正規兵も、傭兵も、そしてフーリの元々の住民達も、誰もが予想外のこの大勝に酔いしれた。
宴は夜遅くまで続き、殆どの者が酔い潰れたところでやっとお開きとなった。そうして酔い潰れなかった者が、各自割り当てられた宿へと戻った頃――。
「サーク、起きているか?」
私はサークの泊まっている宿を訪ね、サークがいるという部屋の扉をノックした。お互いがどの宿のどの部屋にいるかは、今後の為にと宴の最中にお互いに伝え合っておいた。
暫し待つとゆっくり部屋の扉が開いて、サークが顔を出した。サークは私を見ると、意地悪くニヤリと笑う。
「早速夜這い? 積極的な女は嫌いじゃないぜ」
「……帰っていいか?」
「悪かった、ほんの軽い冗談だ。実は俺も、そっちに行こうか悩んでたところだ」
サークが扉を大きく開け放ち、中に入るよう促す。私が部屋の中に入ると、扉を閉め鍵をかけてからサークもこちらへやって来た。
「感謝する。他の者に聞かれないに越した事はないからな」
「ああ。……あんたが今、わざわざ部屋に来た用件は解ってる。傭兵達の間に溝が出来てる、そうだろ?」
私はそれに頷き、サークが用意してくれた椅子に座る。……やはり、サークも同じ事を感じていたか。
気付いたのは、宴も中盤に差し掛かった頃だ。ふと周囲を見回した私の目に、宴の中心から離れた所でこちらをじっと睨み付けている集団が映った。
私と目が合うと彼らは慌てて目を逸らしたが、その後もずっと、どこか恨めしげにこちらを見つめていた。間違いない。あれはきっと――。
「第四班から第六班の、下で門を攻められた時の為に待機していた者達。一部か、或いは全員か……とにかく彼らが、今回の戦の内容に不満を持っているのは間違いない」
「そうだろうな。あいつらにしてみりゃ、自分達の関わりのないところで全部終わった形だ」
「元から第三班所属だった私はまだいいが、お前が元々は第四班所属だったというのが余計反感の的になっているんだろう。命令違反で勝手に戦場に出ていった挙句、それが元で隊長格にまで出世すれば普通は恨みを買う」
「だがああしなきゃ門は簡単に破られてた。命令に従わなかった事は悪いと思ってるが、後悔はしてないぜ」
「それに異論を挟むつもりはない。だが彼らをどうやって納得させる? このまま不満を放置しておけば、最悪、敵に寝返る可能性すらある」
「そうだな……」
私の問いに、自分はベッドに腰掛けたサークは腕組みし、天井を見るように大きく上体を反らした。暫くその姿勢のまま微動だにしなかったが、やがて勢い良く姿勢を戻すと悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「ここはやっぱアレしかないだろ。拳で解り合う」
「……は?」
その提案に、私は思わず口をポカンと開けるしか出来なかった。
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