レジーナ編「砂塵に散った想い」 第2話

 今回の戦は防衛戦。このフーリの町で、カスター軍を迎え撃つ立場だ。

 フーリの町はルリアの北の要である町で、オアシスの規模も大きい。ここをカスターに落とされれば、王都アンデルスを攻める大きな足掛かりとされてしまうだろう。

 こちらにとって有利な事と言えば、ルリアに存在する町は全て砂嵐対策の為に王都と同じく高い壁に囲まれている事だ。これにより壁に登っての弓の射撃が可能になり、門を閉めればそれを破られるまでの間は時間を稼ぐ事が出来る。

 だがカスター軍も馬鹿ではない。フーリを覆う壁への対策は、当然立てた上でこちらを攻めてくるだろう。

 防衛戦は、大概防衛する側が有利だと言われている。それは防衛側は積極的に相手を攻めなくてよく、相手が全滅するにしろ撤退するにしろ拠点を守りきればそれで勝ちとなるが、攻撃側は絶えず攻撃を続け拠点を落とさなければ勝利とならず、どんな形であれ戦闘が不可能になった時点で敗北となってしまうからだ。

 確かにフーリにはまだ、物資は豊富にある。しかしもし籠城を選ばざるを得なくなれば、町に集結した兵士達や傭兵達によって蓄えなどあっという間になくなってしまうだろう。

 そうなれば、有利不利は一気に逆転する。時間がかかるとは言え、あちらは補給部隊から物資を受け取るなどすれば引き続き戦えるのだから。

 私は今、それを最も恐れている。正規兵ならまだ困窮に瀕しても耐えるだろうが、報酬で釣っただけの傭兵達などは物資不足に陥れば暴動でも起こしかねない。

 いや、暴動ならまだいい。もしこちらを裏切り、その働きを盾にカスター側に自分を売り込もうと考える輩が現れたら――。

 勝てない戦をしている自覚はあるが、それでも最初から負ける気で、死ぬつもりで戦うつもりはない。傭兵として雇われた以上は、雇い主を勝利へと導く為の最大限の努力はするつもりだ。


「ニンバス将軍、少しいいだろうか」


 自らの懸念を伝える為、私は今回の戦の総司令官であるディック・ニンバス将軍に声をかける。彼はこのフーリを含めたルリアの北部地域、ニンバス地方を治める貴族出の将軍だ。


「何だ? ……その出で立ち、正規兵ではないな。傭兵か?」

「ルリア傭兵部隊、第三班所属のレジーナだ。僭越かとは思ったが、今回の戦について忠告を少ししようと思ってな」

「忠告? ……言ってみろ」


 良かった、少しは話が通じる将軍らしい。こういう時、傭兵の存在を軽んじ話を一切聞こうとしない将軍位も珍しくはない。


「今回の戦、ただ守りを固めるだけでは恐らく勝てんぞ。籠城戦を仕掛けられれば終わりだ」

「ではこちらから仕掛けろと? それこそ無謀だ! 防衛戦は敵が疲弊し諦めるのを待つのが定石と兵法書にもある」

「それは過去の話だ。今は物資の輸送手段も進歩している。フーリ周辺に居座ったまま、こちらをじわじわと追い込む事など容易い」

「ならば敵の疲労を待てば良い。物資は調達出来ても蓄積された疲労はどうにもならん」


 ……これは駄目だ。兵法書だけ読んで戦を知った気になっているタイプだ。

 兵法書など所詮、戦の基礎中の基礎を記しているに過ぎない。戦に勝つのはいつだって、その基礎をひっくり返す事の出来る手を考えた方だ。


「忠告は、一応受け取っておこう。だが実際に部隊をどう動かすかは、私が決める」


 最後にそう言って、ニンバス将軍は去っていった。完全に無下にされなかっただけ、マシだと取っておくべきか。


「――あんた、度胸あるなあ」


 その時背後から声がして、私はばっと振り返る。するといつの間にか、あのエルフの青年が私のすぐ後ろに立っていた。

 ――馬鹿な。こんなに近くにいたのに、全く気配を感じなかった――。


「……何の話だ?」

「いや、お偉いさん相手によくあそこまで堂々と意見出来たなってさ。機嫌損ねたら死刑、とかあったかもしれねえのに」


 言いながら、小さく肩を竦めるエルフの青年。内心の動揺を悟られないようにしながら、私はそれに答えた。


「……向こうも人手が欲しいから傭兵を雇ったのだ。余程の愚か者でもなければ、その数を無闇に減らすような真似はすまい」

「へえ、案外冷静に状況を分析してるんだな。こういう事態は慣れてるのか?」

「多少は。私は傭兵専門の冒険者だからな」

「成る程な。そういう手合いがこのアシュトル大陸には幾らかいるとは聞いてたが……あんたがそうだったとは」


 感心したように頷いて、エルフの青年がまるで品定めでもするかのように私を見る。確かに、女で傭兵を専門にしているのは私くらいだとは思うが……。


「……そういう目で見られるのは、あまり好きではない」

「悪ぃ、そんなつもりじゃなかった。傭兵専門って奴には初めて会ったから、どれだけ強いのかとついマジマジと見ちまった。俺は第四班所属のサークだ、あんたは?」

「……レジーナ。第三班所属だ」

「そうか、ならお互いが生き残れるよう祈ろうぜ、レジーナ。こんな事で人生を終わらせちまったんじゃつまらねえからな。とりあえずこの戦いを無事に乗り切れたら、二人で酒でも飲み交わそうや」

「あっ、おい……」


 言いたい事だけ言うと、そいつ――サークは人の返事を待たずにさっさと行ってしまった。私はどうしていいのか解らず、所在なげに立ち尽くす事しか出来なかった。


「一体何なんだ……あいつは……」


 半ば振り回された形になった事に疲労感を感じつつも、何故かその時の私は、それを不快だとは感じなかった――。

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