クラウス編「歩み続けた先に」 第3話

 目的地、ラガッツ村までは徒歩で三日の距離だった。僕達は途中にある宿場町で休息を取りつつ、一路ラガッツ村へと向かった。

 辿り着いたラガッツ村は、一帯が重苦しい雰囲気に包まれていた。目に映る畑は荒れ果て、表には誰も人が歩いていない。


「聞いていた以上の惨状だな。ふふ、腕が鳴る」


 これから始まる大仕事に胸を躍らせる僕とは対照的に、サークは眉を潜めながら辺りを眺めていた。ここまで来てまだ僕の腕を不安視しているのか、心配性な奴だ。


「まずは依頼主の元へ赴き、詳しい話を聞く。こちらから打って出るかあちらの襲撃を待つかは、その話の内容で決める」

「へえ、それくらいは流石に頭が回るか」

「……貴様、僕を舐めるのも大概にしろ。まあいい、じきにそんな口も聞けなくなる」


 皮肉を口にするサークを睨み付け、ひとまず村で一番大きな家を目指す事にする。恐らくそこが、依頼主である村長の家だろう。

 緩やかな坂を上り、正面にある他の家より一回り大きい家の前に立つ。そして入口の戸をノックすると、やや間を置いてから少しだけ戸が開かれ、気弱そうな青年が顔を覗かせた。


「はい。……どちら様ですか?」

「冒険者ギルドから依頼の件で来た。これがその証だ」


 荷物袋からギルドで預かった書状を取り出し、青年に見せる。すると青年の目が見開かれ、直ぐ様戸を大きく開け放った。


「ど、どうぞお入り下さい! あ、僕はこの村の村長の息子でトロンと言います! 父は家の中におりますので、詳しい話は父から!」

「解った。邪魔をするぞ」


 村長の息子とやらに促され中に入ると、奥にロッキングチェアに腰掛けた壮年の男がいた。男は僕達を見ると、胡乱げな表情を浮かべ口を開く。


「何だ? お前達は……」

「冒険者ギルドより派遣されてきた者だ。村を襲う盗賊についての詳しい話を聞かせて貰おう」

「冒険者ギルドから……? お前のような若造が?」


 明らかにこちらを信用していない物言いに腹が立ったが、それはこれからの働きで見返せばいいだけの話だ。男に掴みかかりたい気持ちを、僕はグッと堪えた。


「……この通り、ギルドからの認可は受けている。ここは僕を信じ、話を聞かせてくれ」


 手に持ったままの書状を男にも見せると、男は上から下まで書状の内容をじっくりと確認した。そして書状から目を離し再び僕に向き直ると、一つ大きな溜息を吐いて話し始めた。


「どうやら書類も本物のようだな。こんな若造が二人きりとは不安も残るが……いいだろう。盗賊達の話だったな。奴らが現れたのは十日ほど前の事だ。以来三日に一度村にやって来ては、村の食料を奪っていく。村の若い娘も皆連れていかれた」

「規模は何人くらいだ?」

「全部で十人ほどか。この村には戦える者も武器もない。このままでは飢えて死ぬのを待つだけだ」

「盗賊共はどちらの方角から来る?」

「いつも西の山頂から下りてくる。山頂には旅人の休憩小屋があるんだが、どうやらそこを根城にしているらしい。盗賊達が現れ始めてから、山を越えてくる旅人をぱったりと見なくなった」

「最後に盗賊共が村に来たのは?」

「一昨日の昼だ。次に来るのは恐らく明日だろう」


 ……成る程。必要な情報はこれで大体出揃った。ならば僕の取るべき行動は……。


「……山頂にあるという小屋への案内が一人欲しい。頼めるか」

「構わないが……どうする気だ?」

「今夜、小屋に夜襲をかける。安心しろ、一人足りとも逃がしはしない」


 そう言って嗤った僕を、男は戸惑ったような目で見つめ返した。



 日が落ち、夜のとばりが降りた頃、僕達は村長の息子の案内で山頂の小屋が見える位置までやって来ていた。灯りの灯った入口の側には二人の見張りが立ち、周囲の様子を伺っている。


「そ、それで、ここまで来ましたけど、これからどうするつもりなんですか?」


 今は僕達の後ろに隠れている村長の息子が、すがるような目で問い掛ける。サークも黙って、僕がどうするか様子を窺っているようだ。


「ふん、黙って僕に任せておけ。あの小屋に他に出入口はあるか?」

「え、ええと……確か、あそこだけだったと思います」

「そうか、解った」


 それだけ確認すると、僕は素早く見張りの二人を直線上に捉える位置に移動し杖を構える。父上から授かったこの雷の玉の有効範囲は確か正面、直線上のみ。ならばこれで同時に始末出来る筈!


「あの馬鹿! 何をっ……!」

「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」

「な、何だ!? ……うわあああああっ!!」


 背後でサークの驚愕の声が聞こえたが、無視して記憶にある雷の玉の発動の言葉を唱える。すると事前の予測よりも大きな雷が杖から迸り、瞬く間に見張りの二人を飲み込んだ。

 これは……この威力は予想を遥かに超えている。僕ならやれる。例え一人であろうと、十人を片付けるなど容易い!


「何だ、今の悲鳴と光は!?」

「まさか、冒険者共が攻めて来やがったのか!?」


 見張り共の断末魔を皮切りとするように、盗賊らしき男達が五人ほど、わらわらと出入口の戸を開けて飛び出してくる。そちらから出てきてくれるとは都合がいい。まだこちらに気付いていないうちに、僕の雷で一網打尽にしてやる!


「おい、あそこに妙な餓鬼がいるぞ!」

「気付いてももう遅い! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」

「なっ、魔法使い……ぎゃああああああああっ!!」


 先程よりも精神を集中させ、もう一度発動の言葉を口にする。杖からは更に大きく激しい雷が飛び出し、先の二人と同じように外に出た盗賊共の命を根こそぎ刈り取っていった。


「後は小屋の中にいる残りを片付けるだけか……一気に掃討してくれる!」


 黒煙を上げ倒れる盗賊共の死体を踏み越え、開いたままの戸から小屋の中に飛び込む。中では二、三人ばかりの残りの盗賊共が、向かいの小さな窓を無理矢理潜って逃げようとしている最中だった。


「げっ! も、もう来やがった!」

「僕から逃げられると思うなよ! 終わりだ! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」


 三度発動の言葉を唱え、窓や壁ごと逃げようとした盗賊共の臓腑を雷で焼き尽くしてやる。呆気なく吹き飛んだ壁の向こうでは、最早物言う事のなくなった盗賊共の死体が転がっていた。


「さて、後はさらわれたという娘達の確保か」


 それらしい人物はいないか、改めて小屋の内部を探る。すると隣の炊事場の隅で、足元を鎖で柱に繋がれた若い女が三人、身を寄せ合いこちらを見て震えていた。


「おい」

「ひっ! な、何でもするから殺さないで下さい!」


 声をかけると、女達は更に怯えて壁に貼り付くほど後ずさった。僕はそれに苛立ちながらも、相手を安心させるべくなるべく優しい声でもう一度呼び掛ける。


「……大丈夫だ。僕はラガッツ村からの依頼で、貴様達を助けに来た。盗賊共は全員この手で始末した。もう怯える事はない」

「ほ、本当……? 私達、家に帰れるの……?」

「ローラ! ああ……ローラ!」


 その時背後から声がして、僕を押し退けるようにして誰かが女達の一人に駆け寄った。見ればそれは、外で待機していた筈の村長の息子だった。


「トロン! また生きて会えるなんて……!」

「僕も夢みたいだよ、ローラ! 冒険者さん、本当にありがとうございます! ローラを助けてくれて……!」


 どうやらこいつらは深い仲だったようだ。二人喜んで手を取り合い、目を輝かせて僕を見つめてくる。


「トロンだったな、さらわれた村の娘はこれで全員か?」


 更に背後からサークがやってきて、村長の息子にそう問い掛ける。村長の息子は大きく何度も頷き、眩しい笑顔を見せた。


「はい! 確かに三人全員います!」

「売られる前に救助が間に合ったのが幸いか……とりあえず足枷の鍵を探して彼女達を解放しよう」

「貴様が仕切るな! これは僕の依頼だ!」

「……へいへい」


 ふん、大方僕の働きに圧倒され慌てて先輩風を吹かそうとしているといったところだろうがそうはいくか。僕はあくまでも独力で、最後までこの依頼をやり遂げるのだ!


「おい、貴様達、歩けそうか?」

「私達、連れ去られてからずっとここに繋がれて、ろくに食事も与えられないままあいつらに……だから……」


 僕の質問に、女の一人が暗い顔で答える。……痩せこけた青白い顔にボロボロの衣服。確かに山道を単独で歩かせるのは無理か。


「ならば村長の息子、貴様が先に村へ戻り応援を呼べ。僕はここに残り、万が一別動隊がいた場合に備えておく」

「じゃあ俺もそれについていく。一人で夜の山道を下りるのは危険だからな」


 それならと村長の息子に指示を下すと、サークが今度は横からそう言ってきた。……ふん、それくらいならさせてやってもいいだろう。


「……ならさっさと行ってこい。この僕がいる限り娘達は安全だ。安心して行くがいい」

「は、はい、行ってきます!」


 村長の息子は深々と頭を下げると小屋を飛び出していき。サークもすぐに、その後を追っていった。

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