クラウス編「歩み続けた先に」 第2話
シレーナの大通りを、ギルドの建物を探しながら歩く。道行く人々の顔には笑顔が溢れ、父上に連れられ何度か行ったグランドラの王都サルトルートの街並みとは大違いだった。
「どうだ? 初めて他所の国の王都に来た感想は」
新鮮な景色に思わず目を奪われていたところにサークに声をかけられ、ハッとなる。な、何をやってるんだ、僕は。見知らぬ土地に浮かれるなんて、子供みたいな真似……。
僕は、立派な冒険者になるべくここまで来たのだ。気を引き締め、常に堂々と振る舞わなければ。
「……俺は、ワクワクするけどな。新しい国の王都に着く度、ここからまた新しい生活が始まるんだって」
横でどれだけ無視をしても懲りないサークがまた何かを言っているが、相手にせず聞き流しておく。こんな物見遊山気分で旅をしている奴が父上と母上と同じ竜退治を果たした英雄だなんて、絶対に何かの間違いだ。きっとそうだ!
無言で歩いていると、やがて道の先に頑丈そうな大きな建物が見えてくる。恐らく、あれがこの国の冒険者ギルドなのだろう。
建物に辿り着き、入口の大扉を潜る。中は人が少なく閑散としていたが、内装そのものは整然として綺麗だった。
受付らしきカウンターでは栗色の癖毛をセミロングにしたまだ若い感じの受付嬢が、うとうとと船を漕いでいる。……おい、大丈夫なのかこのギルド。
「おい。……冒険者登録をしたいのだが」
「むにゃむにゃ……もう食べれませんよお……ぐう……」
一応受付嬢に声をかけてみるが、だらしなく涎を垂らしながら寝言を返すばかりで一向に起きる気配がない。その様子に僕が苛立っていると、カウンター右の掲示板の前にいた男女二人連れの冒険者達がこちらに気付きやって来た。
「どうした? この辺りじゃ見ない顔だが、新顔か?」
「ああ、こいつの冒険者登録をしたいんだがこの通りでな」
「彼女、寝起き悪いから直接揺さぶるなりしないと駄目よ。ほら、仕事よ、起きなさい!」
女の冒険者がカウンター越しに受付嬢に手を伸ばし肩を強く揺さぶると、漸く受付嬢の目がゆっくりと開いた。それでもまだ寝ぼけているようで、ぼんやりとした顔で緩慢に辺りを見回し始める。
「ふあ……あれ……? ここ、どこれすかあ……?」
「もう、しっかりしなさい! 新しい冒険者さんが来てるのよ!」
「あたらしいー……? え、ええっ!? 新顔さんが来てるんですかっ!?」
続けられた言葉でやっと目が覚めたようで、受付嬢がガバッと跳ね起き急いで口元の涎を拭う。……正直このまま別の国へいってそこで登録したくなったが、それだとその分旅費が多くかかってしまうのですんでのところで堪える事にした。
「す、す、す、すみません! あああ、今度新顔さんが来たらその時は情けない姿を見られないようにしようと思ってたのに……! そ、それで、何のご用でしょうか!? 依頼の受諾の承認でしょうか!?」
「ははっ、そんなに慌てなくても大丈夫。ギルドが暇なのは平和な証拠、いい事だ。ええと……」
「……冒険者登録をしたい。早急に。速やかにだ」
人の良さそうな笑顔を作って話し始めたサークを途中で遮り、こちらの要件を伝える。何が平和な証拠だ。仕事中に居眠りなんて、意識が低いにも程がある!
僕の苛立ちが伝わったのだろう、ひっと顔をひきつらせると受付嬢は急いで登録に使うのだろう書類一式をこちらに差し出した。その様子を見たサークが、何故か溜息を吐いて僕を振り返る。
「お前さあ、もうちょっと柔らかい対応出来ねえの? 可哀想に、すっかりビビっちゃってんじゃねえか」
「……為すべき仕事をしていない者には当然の対応だろう」
「お、やっと返事したな。余裕のねえ男は女に嫌われるぜ?」
仕方なく返事を返すと、サークはにやりと笑みを浮かべてそう言った。……っ、ここには僕を苛立たせる奴しかいないのか!
僕は無言で羽根ペンをひっ掴み、手早く書類に必要事項を記入していく。……耐えろ、耐えるんだ僕。一ヶ月経てば、この男ともこんな国ともおさらばだ!
「……書けたぞ」
書類の記入が終わり、羽根ペンを返す。受付嬢は引ったくるようにして書類を取り内容を確認すると、四桁の数字と紋章の刻まれた銀のメダリオンを差し出した。
「お待たせしました、これで冒険者登録は完了です! こちらは、冒険者としてのあなたの身分を証明するものなのでなくさないようお気を付け下さい! どうかより良い冒険者生活が送れますように!」
「……ふん。言われずとも」
「何かして貰ったらありがとうございます、だろ? 一流の冒険者になりたいなら礼儀もちゃんと……って聞けって!」
いちいちごちゃごちゃとうるさいサークを無視し、僕はメダリオンを受け取るとさっきの二人組がいた掲示板の前にいく。恐らくここに、今このギルドに寄せられている依頼が表示されているのだろう。
上に貼られている紙から順に、ざっと目を通す。しかしどれも小間使いのような依頼ばかりで、僕の求めているような大きな依頼はどこにも見当たらなかった。
「おい、ここの掲示板はいつ更新される」
受付のカウンターに戻り、受付嬢に問い掛ける。受付嬢はびくりと肩を震わせ僕に向き直ると、おどおどとした様子で答えた。
「あっ、あ、はい! 緊急性の高い依頼以外は、朝ギルドを開ける時に……」
「そうか」
知りたかった要件だけ聞くと、僕はギルドを出るべく入口の扉に向かった。背中越しに、サークの咎めるような声が聞こえる。
「おい、依頼はどうすんだよ!?」
「今日は受けない。ここには僕の受けるべき依頼はない」
そうだ。これから一流の冒険者となる僕の初仕事が、こんな小さな依頼であってはならない。
もっと大事、せめて盗賊退治くらいの依頼でなければ。まだ宿代は十分にある。それが危うくなるまでは、妥協する気は僕にはない。
――そう結論付けた僕の背を、サークが苦い顔で見つめていた事などこの時の僕は知る由もなかった。
漸くギルドに盗賊退治の依頼が貼り出されたのは、僕達がシレーナを訪れて三日目の朝の事だった。
「やっとこの日が来たか! 誰かに先を越される前に僕達の手でこれを受ける、文句は言わせんぞ!」
依頼書を手に取り、気合いを入れる僕にサークが冷ややかな視線を送る。初めてここのギルドを訪れた日から、サークは僕をこんな目で見る事が多くなっていた。
どうせ僕の実力を侮っているのだろう。だからこの依頼で僕の実力を見せつけ、僕が如何に優秀であるか知らしめてやるのだ!
「言っておくが、貴様はただ後ろで見ているだけで良いぞ。この僕の働きぶりを、とくとその目に焼き付けるのだな!」
「……へいへい。精々お手並みを拝見させて貰うぜ」
宣言してみせるも、返ってくるのは気のない返事。見ていろ……そんな風に悠長に構えていられるのも今のうちだ!
こうして僕達はシレーナの西、隣国との国境近くにある山村を目指す事になったのだった。
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