クラウス編「歩み続けた先に」 第1話

 そいつを見た第一印象は「何だ、この軽薄そうな胡散臭いエルフは」だった。


 産まれて十四の歳を数えた頃、僕は両親に冒険者になりたいと願い出た。このままただ家で勉学に励むだけでは、尊敬する父上のように立派な為政者には到底なれないと判断した上での結論だった。

 両親は意外にもあっさりと僕の願いを聞き入れてくれ。そして自らも名の知れた冒険者であった両親は遠方より、今も冒険者として活動するかつての仲間を呼んだ。


 ――それが、今僕の目の前で阿呆面を晒すこの男、サークだった。



 早足で自室に飛び込み、鍵をかける。腹の底から、沸々と怒りが沸いてきて止まらなかった。

 見くびられている。あのような男に頼らなければ僕には冒険者など無理だと、父上にそう思われている!

 その程度の人間だとしか思われない、自分自身に酷く腹が立つ。今まで僕のしてきた努力は、父上に認められるにはまだ遠く及ばなかったという事だ。

 僕はあの男と旅をする事になるだろう。今から旅に出発するまでの短い間に父上の認識を改めさせる事がどんなに無謀かは、いくら僕でもよく解っている。

 ならば、あの男に僕を認めさせるしか手はない。僕に助けは必要ない、一人でも十分やっていける実力がある。あの男の口から、そう言わせるしかない。

 相手があの『竜斬り』ならばなおの事。あの阿呆面を、すぐに驚愕の表情に変えてみせる。

 やってやる。僕はもう一人前なんだと、必ず皆に解らせてやる!



 サークが家に来て三日。僕の旅の支度も整い、遂に旅立ちの朝が来た。

 母上がこの日の為に仕立ててくれた黒のローブは僕には少し大きく。理由を聞くと、今よりもっと僕の背が伸びてもそのまま着られるようにしたという事だった。

 それはつまり、僕が一年後も二年後も変わらず冒険者として身を立てていけると信じてくれているという事だ。母上のそんな信頼が、僕は嬉しかった。

 父上は別れ際に、自分が若い頃に使っていたという雷のぎょくが嵌まった杖を僕にくれた。「お前ならきっと私を超える冒険者になれる」と、そう言葉を寄せて。

 こうして父上と母上、執事達使用人にも見送られ、僕とサークの旅は幕を開けたのだった。



「……始めにこれだけは言っておくが」


 暫く歩き、屋敷ももうすっかり見えなくなった辺りで僕は立ち止まり、サークに向けて切り出した。サークは初めて会った時と変わらぬ阿呆面で、キョトンと僕を振り返る。


「ん? どした?」

「僕は貴様に教えを請う気は勿論、仲間として認める気も一切ない。ただ父上に言われたから、今は仕方なく一緒にいるだけだ。貴様もすぐに解るだろう。僕に教えるべき事など何もない、とな」


 そう言って睨み付けると、サークはますますぽかんとした顔で僕を見た。……この締まりのない顔、これで本当にあの英雄『竜斬り』なのか、こいつは。


「……なら、一ヶ月だ」


 暫くそうして僕の顔を見ていたかと思うと、突然サークが僕の目の前で人差し指を一本立て、にやりと笑った。そのどこか挑発的な笑みに、僕の自尊心が殊更に煽られる。


「一ヶ月?」

「そうだ。一ヶ月経って、それでもお前が俺は必要ないって言うんなら、その時は潔くお前から手を引いてやるよ」

「……その言葉、二言はないな?」


 サークの目を、真っ直ぐに見返す。……上等だ。絶対にこんな奴に頼らず、一ヶ月を乗り切ってみせる!


「ならば、今から一ヶ月後に父上に報告する内容でも考えておくがいい。お前の息子はもう立派に一人前だ、とな!」

「はいはい。どこまでやれるか、お手並み拝見といかせて貰うぜ」


 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるサークをもう一度強く睨み、僕は再び町へ向けて歩き出した。今に見ていろ、『竜斬り』め!



 僕達はグランドラを南下し、南のサホ国に向かうルートを取った。今の国王が即位してすぐにグランドラは冒険者ギルド加盟国を脱退する事を表明しており、グランドラ国内では冒険者登録が出来なかったからだ。

 サホは自然豊かな農業国で、東の大国レムリアほどではないが治安はいい方だ。初めての冒険の舞台が平和な国である事が僕には不満だったが、このリベラ大陸は十六年前に大陸最南のエヴァスター国でドラゴンが現れた以外には長らくどこも似たような平和な状態を保っているので、贅沢は言えないと我慢する事にした。

 道中、僕とサークは必要な事以外全く会話を交わさなかった。サークの方は幾度か僕との会話を試みようとしたのだが、僕がそれに取り合う事をしなかったのだ。

 故郷を出発して十日余り。僕達は漸く、サホの王都であるシレーナへと辿り着いた――。

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