第4話
ハイヒールをこつりこつりと鳴らしながらエスカレーターを上がる駅の改札口は都心から離れたこの街ではまだまばらであり、朝らしい静けさがある。
今日はいつもより飲んだなと酒で酔った時の怠さがまだ残っておりコンビニでヘパリーゼを買おうと駅を降りたらすぐの所へ入る。
いっらしゃいませぇと夜勤の疲れがソレを聞いただけで伝わる出迎えで自動ドアをくぐる。
入ってすぐのところに目当てのヘパリーゼを見つけ、自分の怠さと相談し少しグレードが高いモノを取ろうとする。
彼のご飯もついでに買おっか。と同居人の事を考え右隣のフツーのヤツを手に取る。お金は無限で無いのだ。
少し誰かのために自分が何かをしてる。それもケッコー自然にと。自分の行動に少し口元が緩むがズキズキと頭に痛みが走ったのでとっとと済ませようと少し物色しレジへと向かう。
ありがとござぁましたぁとこれまた入ったときの同じ水準の挨拶を後ろに店を出る。レジ袋にはバームクーヘン。彼が子供の頃からの大好物だ。
店前でヘパリーゼを早く体へ入れたいと素早い手つきで開けグビと喉へと通す。グビグビリと全部飲む。そしたら少し効いてきたような錯覚なのか、胃のムカつきは少し和らいだ。
眠気覚ましのために一服しようと喫煙所へ向かうが見当たらない。代わりに赤いカラーコーンが置いてあり底に紙が貼られていた。
『皆様の健康のために喫煙所は今週から撤去します』
余計なお世話だ。少なくともこんな間抜けなカラーコーンに私は心配されたくない。正直に言え喫煙者を締め付けると、厚かましい。とまだ酔いが残ってる事もあり露骨に顔をしかめたなと自分に想う。自分の事なのにどこか他人事みたいだ。
「なーにが皆様の健康のためだぁ、冗談じゃねえ!!!」
自分の心を読まれた!?と振り返ると老人がタバコを咥えて怒っていた。
ボロボロのキャップ。まだ全然夏真っ盛りなのに着ているボロボロの黒いパーカー。煙草を咥えてる歯はカスカスに抜けており、残っている数本の酷く黄色い歯。匂いは明らかに風呂に入ってないと分かる突き刺す刺激臭。汗を汗で重ねたキツさ。
その老人がばこんとカラーコーンを思いっきり蹴っ飛ばすし宙を舞う。
幾層にも重なる雲から覗かせる少し薄暗い青空と太陽の光をバックに赤いカラーコーンがくるくると一回転二回転三回転……半とトリプルアクセル。
ぺきょんと間抜けな音を立ててロータリーの車道に落下する。
綺麗と思わず呟きそうになる自分と老人の視線を感じて、その場を離れようとまるで自分が蹴った本人みたいな気まずさでそそくさと歩き始める。
駅から車の多い道を少し外れ歩くこと15分程度で住宅街。そこに一際目立つ古さとボロさの二階建ての建物。私のアパート。
あまり音を立てないように気をつけながら外付けの階段を上る。
まだ彼は寝ているなと。けどそれもそれでいいかな。
起きている時の彼をみていると心が痛む。けど寝ているときの彼は……やっぱり可愛い。あの頃と変わらないとは言うにはもう昔の記憶だ。けど少なくともあの頃を感じさせる寝顔。
今日もいびきもたてず、タオルケットにくるまるハムスターみたいな彼の寝顔を見て、化粧を落としてシャワーを浴びて。とっとと寝よう。
鍵を通そうとすると換気扇を伝って美味しそうな匂いが私の鼻先を通る。
まだ起きてるのかな?と鍵を開ける。と同時に
「おうっおかえり」とキッチンで料理をしている彼がいた。
似合わないというか汚い髭は剃って、つるりとした肌。青いアディダスのジャージを上下に着ている。
駅前でみたカラーコーンと老人の時とは全然方向性の違う笑みが溢れそうになりイケないイケないと顔を作る。何がイケないんだ?と自分の心のツッコミですぐにまた崩れそうになるも持ちこたえる。平常心。ヘイジョーシン。
「どうしたの急に」
「んあ?いやそらなぁメシくらい作るわ、ヒモだし」
一口のコンロの火を止め。炊飯器のふたを開けがしがし白米を詰め始める。
水蒸気が目元をくすぐる。
「おかえりも言ってくれたね」
「そらぁヒモだもん」
「よくできたヒモに育った……ただいま」
「まあな」とどんぶりにフライパンのモノをかける。
「腹減ってるっしょ。ヒモが朝食を作ったからご賞味くださいご主人様」
と両手のどんぶりを私の前に出し見せてリビングのちゃぶ台へと彼向かう。
親子丼だ。
「朝から重すぎるよ……」「……卵が安かったので」と三つ葉をのせる。
よい匂いに反応してお腹が返事しそうになるが私は乙女だ鳴り止めいと。腹の辺りをつねる。
「ほら冷めないうちに」
「じゃあいただこうかな」と私も靴を脱ぎリビングへと向かい着席する。部屋も片付いてる。選択も干してある……私のパンツも。
「私の下着干してあるんだけど」
ギクリと何かを察したのか気まずそうに固まる。その子供っぽさが可愛い。
「……まぁ俺のもやってくれてたし。その議題は後ほどで」
「ちゃんとやろうね」と釘をさしとく。
「いただきます」と箸で卵と鶏肉とご飯をすくい、口へ運ばせる。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「どう?」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐゴクンと喉を通す。
「美味しい。お店のヤツ。お店のヤツだ」
「だろぉおお!!!」と笑顔が弾ける。
「ワタシイチかもしれない」「だろぉおお!!卵のとろとろ感良いかんじだろ」「うん……美味しい」
私の美味しいという言葉に喜ぶ無邪気さ。昔の彼だ。けど今の彼は美味しい親子丼を作れるようになっていた。
結局全部食べてしまった。胃が膨れると気持ち悪さも抜けていった。
私の食事が終わると食後の一服を彼はし始めて私も煙草を吸いたくなりカバンから煙草を取るがライターが見当たらない。
ライターが見当たらないので彼から借りようとするがその時にいたずら心が芽生える。
「いっちゃん。火つけて」んーとあごを少し上げ彼に顔を寄せる。
「あぁ」とライターを近づけようとする彼に「ちがーう」とんーの姿勢を続ける。彼も察したのか「……何なんだよ」と煙草を咥えて私の煙草へと近づける。
オレンジの火を彼から私の方へと火種を繋げる。彼の顔は少し赤い。
……やっぱりいっちゃんてどーていなのかな??と火が移ったので煙を吸う。心地よい刺激が脳へと伝う。
「あのさぁ……伶」と気まずそうな形で喋りかけられる。
「何さ」
「キックベースやらないかマジで」
「何で?」と私から誘った事なのに彼に問いかける。彼の真意が知りたくて。
「あの俺んちの近くのレンタルビデオ屋あるじゃん」「はい?」ん?
「そこでトモキ君が働いてんだよ。バイトで」「はい??」
ドユコト?と思ってたら彼が説明を始める。くたびれて生気もない姿でバイトをしているトモキ君を見たこと。それで自分が会社から逃げ出した事が脳内支配され苦しんだ。不安が襲いかかってきたこと。ちなみに彼から会社を逃げ出した事を簡単には説明を受けてた。
彼の会社で失った自信とレールから外れてしまったとの恐怖。全てが怖くて自分すら怖くて。辛くて苦しくて。何よりも痛い。
私は聞いた。聞いてる私ですらいたくなりそうなくらい彼の顔は弱々しい。それに締めつけられそうになる。
「そんで辛くなって走り出したら公園にいたんだよ」
「……………」
「そしたら急に思い出、それもぼけぼけの。それが急に戻ったんだよ急に俺の前をぐわっと」
「キックベースの思い出が。ぎっちょんやヤーマン、コスギ君………トモキ君。そして……お前とやったキックベースが」
私は上げ彼の顔を見る。目に暗闇が残りつつもどことなく光っている。輝いてる。
そしてソレは私も。彼の次の言葉に期待をしてしまう。早く聞きたい。
そうであって欲しい。そうであってくれないか。と私の心の中には祈りに近い感情があった。
「それで気づいたんだというか分かったんだ」
お願い。お願い。お願いだからそうであって。
「俺は今よりあの頃が欲しい」
電撃が間違いなく私に走った。
心が震えた。けど
けど気づかれたくない。気付かれたら変わってしまいそうだから。
彼は続ける。
「あの頃を取り戻せるかもしれない。だから俺はキックベースがやりたい」
やっぱり。やっぱりだ。彼だったらもしかしたら。そう思って震えて。けどそれを気付かれないように素っ気なく。LINEをした。やっぱり彼ならはやっぱり正しかった。
駄目だ。と必死にハリボテの表情をどうにか取り繕う。
「そして」
けど彼はまだ続いた。
「それは……伶。お前も同じなんじゃないか?と思った。だから俺にLINEをしたんじゃ?と」
私の頬を伝ってくるものを感じた。止められなかった。
口元もブレーキがきかない。馬鹿になってる。止められない。
「ううん違うよ」
必死に取り繕おうと素っ気ない返しをしたので私の涙はあくびだと思って欲しい。私の崩れる笑顔は仕事の疲れと眠気によるモノと思って欲しい。彼にはそう思って欲しい。弱々しい私の抵抗が上手くいくことを心から祈った。
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