第3話
ありがとうございましたぁあと気だるげな挨拶と共にコンビニを出る。
駐車場で今買ったばかりのホットスナックのチキンを頬張る。少し時間が経ってるのか油でぐっちょりしており、この照りつく太陽の下では少し胃もたれがしそうだと感じた。
食べ終わり一緒に買ったジャスミン茶で口の中の油を洗い落とそうとする。そして腹も満たされ食後の一服ということでコレも一緒に買ったマルボロの包装をペリペリ剥がす。
煙草に着火をしようすると同時に喫煙所が置いてない事に気づき若干苛立ちを覚える。
さてこれからどうしようと僕は空を見上げる。
何も無い。何かをしなければならない事が何も無い。伶のアパートに住みだして早一週間になるが、こうやってコンビニに出かけるとか少し外を散歩すること以外はエアコンも無いアパートで不快なじとつく暑さに耐えながら眠り続けると怠惰な生活の繰り返しだった。
何も無いのは何もしたくないからだと心で呟く。そして伶のメッセージを思い出す。
キックベースをしよう。
その言葉で帰ってきたものの。やはりそんなことはしたくないな改めて思う。そもそも何で伶はそんな事を言ったのか。キックベースなんてなんで今更やりたいと思ったのかと奇妙さに何とも言えなくなる。
部屋に戻っても暑苦しい。なら近くのレンタルビデオ屋で涼みがてら何か映画をレンタルしようかと思い立ち。歩き始める。カチャンと口に咥えたままだった煙草を着火させる。
紫煙を口から垂らしながら空を見上げた。青い空に雲が流れている。雲の色は白色なんかじゃなくて灰色がかってるもんだなと思いつつ煙を空へと飛ばす。
僕は思い出そうとしていた。古い記憶を。もう何処となく掠れているように少し曖昧で。けれどもそれは確かにあったと断言できるような鮮明さもあって。まるでビデオテープのような記憶を。
小学校の一、二年生の時。僕は伶達とキックベースをしていた。僕が住んでいた今も家族が住む八階建てのマンション。その隣に小さな公園があった。
僕と同学年の友達であるギッチョンとヤーマン、コスギ君と六年生だったトモキ君……そして伶とキックベースをしていた。毎日。放課後の赤く染まる夕焼けの中、その公園でキックベースをしていたんだ。
マンホールをホームベース、公園灯を一塁、滑り台を二塁、砂場の淵を三塁。六人でやってたから打者とその前の打席でセーフだった人のみが攻めでそれ以外は守備。打者にボールを当てたらアウト。3アウトになったらピッチャーを交代してチームが変わる。という勝ちも負けも曖昧なルールで延々とやっていた。空が暗く沈むまで飽きもせずに。毎日キックベースをやっていた。
楽しかった。楽しかったんだ。ギッチョンに思いっきり頭にサッカーボールをぶつけられて転んで擦りむいても。六年生だったトモキ君が蹴った玉は小さな公園のフェンスを軽く飛び越しマンションの住人の車のボンネットを凹ませ親に叱られても。楽しかった。トモキ君がほぼ毎回やるホームランに小さいながらも憧れがあった。
『タイチ。俺のサッカーで鍛えたキック力。すっげえだろ』
伶はひとり女の子だったという事もありみんなから煙たがられていた。
『いっぢゃぁあん!!ギッヂョオォン!!!みんな-!!おいでがないでぇぇえ』
学校が終わるとみんなで伶を置いて駆け出していた。それに必死で追いつこうと足が遅いのに必死に走る伶。目に涙を溜め。必死に息を切らせながら駆ける伶。
『なんでぇええ!!なんでぇえええ!!!置いてくの……いっちゃん……酷いよ」
と拗ねた伶。そしてその後ごめんと謝るとニカッと笑う。乳歯が抜けて前歯が数本無い。そんな無垢な笑顔が眩しかった。
その笑顔が今の伶の蠱惑的な笑顔とスライドショーみたいにぐるぐると僕の脳内を巡る。
分からねえな、マジでと。煙草を携帯灰皿の中でもみ消す。何で伶はキックベースをしようとしてるのか。そうこう考えてるうちにレンタルビデオ屋に着く。
子供の頃とレンタルビデオ屋のチェーン系列は変わっており、どこにでもあるメジャーなところになっていた。何も変わらない街だと帰ってきてから思っていたが、こういった些細な変化に心の中で嫌な跳ねつきを覚える。
けれども店内の雰囲気は自分が中学、高校の時とほぼ変わってない。そのハリボテ感に変な気持ちになる。
映画なんて久しく観て無い。映画館に行ったのなんて数年前に社会人になって行ってから行ってないと気づく。カップルのデートムービー。最後は好きな人が死ぬ感動させる事を目的とした分かりやすい恋愛映画。それが最後に観た映画だと思い出すが……忘れたい事も思い出したので直ぐに頭の隅に記憶を追い出す。
最近の映画も分からない。流行も知らない。そもそも映画も観たい訳じゃないなと気づくが、折角来たのだからと一枚のDVDを手に取る。子供の頃観ていて既にその時から過去の傑作だったタイムマシンの車で過去を改変するハリウッド映画。
レジに向かう。「いらっしゃいませぇ」と店員が応対する。
「会員カードのご提示お願いします」「あっはい」と財布から暫く使ってなくどこら辺に差してるのか分からず、カードを探すのにモタつく。どこにでもあるメジャーなショップだから確か入れてたと探す。
「あーあった。すいません」とカードを店員に渡そうとしたとき。時間が止まった。
中年の男性。無精髭を生やし。髪の毛も薄いのか、おでこが広くて後退してるの分かる禿げ方。目の生気がまるで無い。
トモキ君だった。僕の子供の頃、憧れていた人トモキ君。
疎遠になった僕が中学、高校の頃に彼がここでバイトをしていたのを知っていた。そしてそれを理由にこのビデオ屋にあまり行かなくなった事も思い出した。
トモキ君の事は耳に入ってこなくなったし僕もその存在も忘れていた。
トモキ君は大人になった今でも変わらずに地元のビデオ屋で働いていた。あの頃と変わってしまった姿で。
「お客様、カードは?」と俯きがちの死んだ魚のような目を僕に向ける。
ゾワリと気持ち悪い感覚が脳から腹に入りそれが両の手足へと伝わるのを感じる。
「す、すいません。どうやら忘れたみたいです。それキャンセルでお願いします」と目線が合わないよう気づかれないよう顔を逸らす。そして半ば小走りで自動ドアを開けて店の外へと出る。
嫌な感覚は不快な汗に変化し寒気に近いようなのものを感じる。ソレを振り払うかのように店を出た瞬間、気づいたら僕は駆け出していた。
何かから逃げるように。
「ハァ……ハァア!!ゼイッ………カハッ」と運動不足な身体ですぐに呼吸が乱れるも足を止める事は出来なくなった。
追いつかれそうで。何に?と自問をする。
先程のトモキ君が否応なく脳内を支配する。変わり果てた姿で変わらずにバイトをしている昔の憧れていた存在に。
そして僕の心の暗闇の中で僕を追いかけてくるこの一週間何故か思い出さなかった記憶。会社でボロボロになりながらも上手く行かない業務。言うことを聞かないどころか何もしないくせに上手くいかないことを全て僕のせいにしてくる部下。失望する上司。地獄とはまるでここの事だろうと感じる誰かをなじり誰かと諍い。現状を改善しようと一人動き回るもソレが虚しく空回りしている自分。それでもどうにかしようとすればするほど底なし沼に落ちたかのようにずぶずぶと暗闇にはまり落ちていく。
自分は何でもできると過信し何も変えられなく。勝手に自分で自分を追い込み。そんな自分に失望していくあの悲しく心が薄くそれでもはっきりと摩耗していく日々。
そんな少し前の逃げたい過去が鎌鼬のように再び僕の心を切り刻む。やりたい放題だ。
「ぅう〜〜もう嫌なんだ」と情けなく子供みたいにぽろぽろと涙を溢しながらSOSの言葉を呟く。歩みを止めてうずくまる。
「もう嫌なんだよ。助けて……助けてくれよ」座りながら頭を抱える。息を切らしている。
少し顔を上げる。無我夢中で走り続けたのでココは何処だと辺りを見回す。それは自分の子供の頃の記憶と変わらなかった。
もう久しく帰ってなかった実家のマンション……の隣の公園。
僕が……僕たちが。そして伶と毎日ここでやっていたキックベースを。先程まで頭の中にあった公園は何も変わらずに存在していた。
『いっちゃん』
ニカッと笑う伶。歯が抜けて間抜けな笑顔。だけども優しさや嬉しさが溢れる笑顔の伶。
先程までの息苦しさを感じさせていた不安がスーッと抜けた。暗闇が抜けて空へと飛んでいった。
空を見上げた。先程と変わらずに青い空に灰色の雲が悠然と泳いでいた。
自分の凪いだ心。胸に手を当てる。
キックベースをしよう。
そう言った今の伶の少しミステリアスな笑顔を思い出す。
分かった……気がした。僕は光を感じた。
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