宝石店にて 4−3

「うわぁ!!」


 工房を出たジュディと店長は、店内にいるロイを見て驚いた。玄関の扉にもたれて座っている。「どうやって入ってきたんですか!!」


「鍵変えた方がいいぜ、コレ。今まで強盗が入らなかった事の方が不思議なくらいだ」


(や、やっぱり強盗だったんだこの人……) 


 ジュディは念の為あたりを見回してしまう。


「……何も盗ってねぇっつの。偉いだろ」

「えらい……」ジュディはうんうんと頷いて素直に尊敬した。


 ロイは立ち上がって正面のショーケースに向かう。


「ロイ君。世話になったね。約束の指輪だよ。気に入ってくれるといいんだが……」


 店長はそう言うと、ジュディを見た。

 ジュディは黒い手袋をはめて指輪のケースをロイに向け、それを開いた。


「へへ、店長渾身のペアリングですよ。アナタのはこっち。しっかりとした厚みと太さのフラットバンドのリングです。ミルグレインのみのシンプルでクールなデザインですね。あ、ミルグレインってゆうのは、このリングの上下にぐるっと連なってる、細かーい粒のことです。『永遠』ってゆう意味もあるんですよ。それから、彼女さんのは」


 ジュディは女性用のリングを取り出してロイに見せる。


「ティアラの形をしたリングです。とってもステキでしょう? アタシ、思わずため息出ちゃいましたもん! 同じくミルグレインを土台にして、その上に細い一本のラインでティアラの形を作ってあるんですけど、これがまた全然チャラチャラしてなくて、シンプルで、上品。他に余分な飾りは一切なし。真ん中の一粒のダイヤモンドが、全てを物語っています」


 ロイは何も言わずに指輪を眺める。

 でも彼の雰囲気はいつもと違ってとても穏やかで、それはユエル救出の前に屋上で話をしてくれた時と似ていた。

 きっと恋人のことを想う時、彼は穏やかで優しい気持ちでいられるのだろう。


「話はジュディから聞かせてもらったよ。君の恋人の指輪は、どうする? ネックレスにすることもできるよ」

「あぁ、そうしてくれ。俺のも、それと一緒でいい」


 店長の申し出を受けて、ジュディはネックレスのチェーンに二つの指輪を通しながら言った。

「知ってますか? ダイヤモンドの意味」


 少し背伸びをしてロイにネックレスを着ける。ロイは、さぁ、と言うように首を傾げた。


「永久不変。ずっと変わらないもの。そういう意味があるから、変わらない気持ちを捧げる大切な人に贈られるんです」

「……変わらないもの、か」


 ロイは何かを懐かしむように、少し目を細めて、自分の胸の前の指輪を眺めた。


「意味なくなんて、ないです」


 その様子を見つめながら、ジュディは言った。ロイがジュディに目線を移すと、ジュディもその目をまっすぐに見る。


「アナタが、指輪を作ったこと。コレは、アナタが彼女さんを想う何よりもの証。この指輪はきっとアナタの力になる。私は、そう思います」


 ロイの口元が緩んだ。「……あぁ。ありがとよ」


「この店を選んでくれて、ありがとう。まぁ、君にとってはたまたま入った店だったかもしれないがね。君のような人に指輪を作ることができて、とても光栄だったよ。あぁ、そうそう。私だけじゃない、君の恋人の指輪に文字を入れるというのは、ジュディの提案なんだ」


 その指輪は、正面の半円を波打つような形でティアラの形を模してあり、もう半円は通常のストレートの形になっている。そのストレートの部分の裏側に、ジュディは言葉を贈りたいのだと言って、つい先ほど店長に文字を入れるよう頼んだのだ。


 えへへ、と笑って、ジュディは照れ臭そうに両手を体の後ろで組んだ。

「文字入れたてホヤホヤなんです」


「そうか……。まぁ、俺には指輪だのアクセサリーだのの良し悪しはよく分かんねぇけど……気に入ったぜ、この指輪」


 ロイは指輪を自らの目の前に持ってきて、指輪の裏に書かれた文字を見つけた。「で……」


「コレ、なんて読むんだ?」


 ジュディはずっこけた。


「な……な……なんということでしょう……」


 四つ足で床に這い、ショックに体を震わせる。店長は店長で、笑いを堪えるように体を震わせている。


「学ねぇんだよ、俺は。なんて書いてあるんだ?」

「んもうっ!! 知りません!」

ジュディは顔を真っ赤にして、立ち上がってからぷいっとロイに背を向けた。

「は?」

「教えてあげない!! ヒミツです!」

「何でだよ、意味ねぇだろうが! つうか、お前は字読めるのかよ」

「読めますぅ! 頑張って独学で勉強しましたからぁ!! ていうかこんなに短い言葉くらい勉強しなくても分かってくださいよっ!!」


 数字しか読めねぇんだよなー、と、特に反省することもなく呑気に呟きながらロイは店長を見る。店長は眼鏡を外して、笑いで滲んだ涙を拭いながら言った。


「はっはっは。本当に愉快だね、君は。私も内緒にしておこう、ジュディが怒るからね。君の仲間にでも聞いてみるといいさ」


「ちっ。んだよお前ら……」

 ロイは不貞腐れながらも、諦めたように二つの指輪を襟ぐりの中に大事に入れた。


「さぁ、もうすぐ開店の時間だ」

 店長が言う。


 それは、ジュディとユエルの新しい人生の始まりの合図。

 そして同時に、お別れの合図だった。


 息を吸い込む。

 たっぷりの気持ちを込めて。ジュディは、今までにない、そしてこれからもずっと忘れない、自分の人生を変えたお客様へ向けて、心からのとびっきりの笑顔を作る。


「いつまでも、お幸せに!!」

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