宝石店にて 4−2

「あぁ、帰ってきた……」

 

 ジュディは玄関の前に立ち、開店前のスパークルを眺めている。

 カザの人間は無事逮捕されたようだ。だがジゼルが言うには、サーペントという組織についてはまだ全ての実態が把握できていないため、完全にジュディたちの安全が保障された訳ではないという。だがこれから優先的にサーペントの捜査を行い、しばらくは定期的に警察官をスパークルへ立ち寄らせると言ってくれた。


 ロイについても何やらぼやいてはいたが、「今は一番関わりたくない」と言って彼はジュディの前から去っていった。何故だかは分からなかったが、エレナが急いで帰った理由と関係しているのかもしれない。


 ジュディは玄関の扉に手をかける。鍵は開いていた。そして大きく息を吸うと、勢いよくスパークルへ入った。


「ただいま!!」


 ダークブランの店内に、窓から差し込む白い光。その日差しの下には、相変わらず汚れた服を着た、いつもの優しい笑顔の店長が待っていた。


(アタシが手に入れた、人生が。ここにある、全部、ある……)


「おかえり、ジュディ」

「店長ぉ~~!!」

 ジュディは店長に飛びついた。弾力のあるお腹に、しっかりとしがみつく。

「よく帰ってきたね、ジュディ。はっは、泣くのはまだ早い。お姉さんが君の部屋で待ってるよ。さぁ行こう」


 店長がジュディの背中をぽんぽんと叩くと、ジュディは涙をゴシゴシと拭いながら頷いて、店長と一緒に2階の自室へ向かう。


 恐る恐る、ゆっくりとジュディは部屋の扉を押して入った。

 ベッドの上で、上半身を起こしたユエルの顔が、パッと輝く。


「ジュディ!」「お姉ちゃん……」


 本当の再会を果たした2人は、しっかりと抱き合った。そしてジュディはユエルの胸から顔を離すと、顔をぐしゃぐしゃにしながら怒った。


「ばか! お姉ちゃん本っ当ばか!! どれだけっ、どれだけ心配したか!!」

「い、痛い、痛いよジュディ……。ごめんね、本当に……私ももう、会えないかと思った」

「はぁ!? 何ソレ! ジュディはお姉ちゃんに何がなんでも会うためにナスカをめちゃくちゃにして逮捕してやったんだからね! 会えないなんて思ったことないから!!」


 メンタル鍛え直してやる!! と言いつつ、多少話を盛っているのはユエルには内緒である。

 そしてジュディはもう一度ユエルの胸に顔を埋めた。


「もう、悲しい思いはたくさんだよ……。一人なんて耐えられない」

「うん、一人にしないよ。これからはずっと一緒よ。………ふふっ、あのね? ジュディ」


「うん?」と言ってジュディが顔を上げると、ユエルと店長が目を合わせてニコニコしている。


「私ね、店長さんに、弟子にしてもらうことになったのよ!」

「え……本当、に?」


「私ももう若くはないからね。一人でやっていくにはいつか限界がある。それに、新しい作り手の作品も、きっといい刺激になると思うんだ。この店にとっても、僕にとってもね」


 部屋は一つしかなくて悪いんだけど。と店長は付け加える。

「お姉さんがアクセサリーを作って、妹の君がそれを売る。なかなかステキな店じゃないか」


「て、てんちょ」

「あとジュディ。一つ確認があるんだけど」

「ぶえぇ?」

 鼻水まで垂らしながら店長にこの上ないお礼を伝えようとしたのだが、店長は片手を上げてそれを制した。


「今回の事件で盗まれた商品は全部で14個だ。君が取り返してくれた宝石をあの後数えてみたんだけど、13個しか入ってなかったんだよ」


 ジュディの涙が止まった。その代わりに、体がどうかなってしまったかのように、一拍おいてから大量の汗が噴き出し始める。


「え、えぇっと、そそそうなんですかぁ? く、くっそぉ、ナスカのやつ! 一番高いやつだけ先に売っちゃうなんて、み、見る目あるぅ」


「一番高いやつだ、って君は知ってるんだねぇ」

「う……ぐ」


 店長は笑顔を崩さない。そんな店長にジュディは一歩後ずさった。こんなに怖い店長は初めてだ。


「ジュディ?」ユエルがニヤニヤしながらジュディを肘で小突く。

「ポケットの中のものを見せなさい」

 

店長はついに笑顔を消した。


(ヒぃぃぃぃぃっ!!)


「すいませんでしたあぁぁぁ!!!」

 ジュディは店長へ差し出した両腕よりも低く頭を下げて謝罪する。その掌の上には、あの時ジュディを救った、ルビーの指輪がしっかりと乗っていた。


「い、いやその、コレっ、アタシすっごく気に入っててし、しばらく眺めてからちゃあんと返すつもりだったんですよ? そしたら案外すぐにおまわりさんが捜査に来ちゃうし、返すに返せなくなっちゃった、みたいな?」


「え、もしかして最初っから盗んでたの、ジュディ……」

 ユエルにまで指摘されて、次々にボロが出ていくジュディはもはや何も言えなくなっていた。


 つまりゾイドがあの時奪っていった宝石はもともと13個なのだ。そしてゾイドに腹を殴られ気を失ったのち、店長が帰宅する前に目を覚ました彼女は火事場泥棒のごとくもう一つ、しかも一番高価な宝石をちょろまかした。バレたらどうなるか社会的にも倫理的にも分かったものではなかった。だが体が言うことを聞かなかったのだ。そしてそれをどうするつもりだったのかなど、自分でも呆れるが本当に分からない。嫌悪しつつも染み付いてしまった自分の生き様を呪った。

 しかしそこに彗星のごとくロイが現れた。コレはチャンス! と思ったジュディは、ロイが取り返してくれるであろう宝石に混ぜて返すか、あるいは一緒に売られてしまったことにするか。そう考えていた。


 警察にバレずには済んだものの、この指輪をジュディがとても気に入っていることを知っていた店長には、全てお見通しだったと言うわけだ。

 結局のところ、この指輪は手放す羽目になってしまったようだ。


ところが――


「……え」

 ジュディはまだ目を瞑って頭を下げている。が、何かが手に置かれた感覚があった。


「お姉さんとお揃いだよ」


 目を開けて顔をあげると、そこにはジュディが盗んでいたルビーの指輪と、それと同じデザインで作られた、サファイアの指輪が並んで置かれていた。


 店長に柔らかな笑顔が戻っていた。

「店長さん……」

「これからもよろしく頼んだよ、二人とも」

「う、う」

 ジュディは何度も何度も頷きながらも、泣けて泣けて仕方がなかった。


 二人はそれぞれの指に指輪をつける。


 情熱的に燃える炎のようなルビーをジュディが。穏やかに包み込む深い海のようなサファイアをユエルが。

 ジュディには宝石だけでなく、目に見える全てが色とりどりに輝いているように見えて、二人が手に入れたこの世界ごと抱きしめたくなった。


 この上ない幸福。ジュディは自分の生きる道を手に入れたのだ。


「キラキラのいっぱいあるお家だよ、ジュディ」

「あはは! ほんとだね!! 夢が、叶ったんだ……」

 ジュディはルビーの指輪を撫でる。


「もう盗っちゃダメだよ」

 ユエルがいたずらっぽく笑うと、ジュディは頰を膨らませる。が、ジュディはあることを思い出した。

「お姉ちゃんだって! …………あ、そうだ。お姉ちゃん、なんで食べ物を盗んだりなんかしたの?」


 ナスカが言っていたことだ。ユエルはカザに捕まった日、袋いっぱいに食べ物を抱えていたのに、さらに食べ物を盗んだと彼女は言っていた。


「実は……お屋敷から逃げてきたっていうのは嘘。あのお屋敷の新しい主人のお使いの途中だったの。まぁ、これで逃げたも同然になっちゃったけど。でね、新しい主人はすっごくケチで細かくて厳しくて。お使いで買う食材ピッタリのお金しか私に渡してくれないのよ。それでお使いを終えて、帰ろうとした時……あれも確かにあのスラムの近くだったな……。お腹空かせて、弱ってて、動けなくなってた小さい女の子がいたから、つい……」


 あぁ、やっぱり姉は馬鹿だ。と思って、ジュディはまた泣きそうになる。馬鹿な姉は、どこまでもどこまでも優しくて、間違いなく、ジュディの世界で一番大切なものだ。


 それでね? と言ってユエルはジュディを見て、懐かしむように微笑んだ。


「その子が、小さい頃のジュディに似てたんだよね」


 ジュディの黒目が大きく開いた。そしてそれはすぐに、涙に溺れていく。


「お、お……」嗚咽をこらえながら、ジュディは息を吸う。

「お姉ちゃんの、ばかぁ~~~~~~~」


 喜びのコンボに、一生分の嬉し涙を使い果たしたのではないかというほど、この時間の間ジュディはほとんど泣いていた。どれだけ泣かせれば気が済むのよぉ、とユエルをぽかぽか殴り始める。 


 そして、しばらくそんな二人の様子を目を細めながら眺めていた店長が、手を一つ叩いた。


「さぁ、今日は忙しいな。もう一人指輪を渡さなくちゃならない人がいる」


 その店長の言葉に、ジュディはハッとした。もう一つ、自分にはやるべきことが残っている。


「店長!お願いが……」

 そう言って、まだ歩けないユエルを残し、ジュディと店長は工房へ向かった。

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