屋上にて 1−1
「タフだねぇ。けど、あんたは私には勝てない。永久にね。殺す順番が変わっちまっただけさ、やることは変わらない。まずはあんたの死体を、おねーちゃんの元へ届けてやるよ」
ジュディよりも傷が少ないナスカは屋上の真ん中に立って言った。視界を遮るものが何もない、ただのだだっ広い屋上だった。満月はもう低い位置まで落ちている。
辺りは静かで、闇に包まれていた。ジュディの位置からは、ナスカの表情までは確認できない。
傷だらけで丸腰のジュディに対し、ナスカにはまだサーベルという武器まである。こんな絶望的な状況で、こういう時だけは魔法が使える人は羨ましいなぁとぼんやり思った。不思議と、怖くはなかった。
「時々、考えるよ。アナタはどうしたら良かったのかって」
「……何?」
ナスカの顔が、歪んだように見えた。
「確かにアタシたちは戦争を知らない。だから、根こそぎ自分たちの生活を奪われたアナタたちの苦悩は、アタシには知りようもない。奪うことでしか、自分たちを、心を守れなかった。そうなってしまったのは、アナタが悪いわけじゃない」
ナスカはサーベルを抜いた。
「でも、そうして勝ち取って築いたものがあったのに、たくさん色んなもの手に入れたはずなのに、アナタの欲求は止まれなかった」
「黙れ……」
「だってアナタは知らないから。何が手に入れば、自分が満たされるのか。それは決してアナタが誇らしげに言う自由なんかじゃない。自由は、奪うものでも与えられるものでもない」
「黙れって言ってんだよ!! お前みたいな小娘に何がわかる!」
ナスカはまっすぐジュディに向かって走り出していた。ジュディもそれをまっすぐ睨んだ。逃げることもなく、ふらふらの両足をしっかりと地面につけて。だが、ナスカの体当たりを受け止められる訳もなく、それをまともに食らって倒れこむ。
「分かるよ……っ、羨ましかったんでしょ? 何も持ってなくても、幸せそうなアタシたち家族がっ……」
自分の喉に向かって垂直に突き立てられているサーベルを、ジュディは必死で上に押し上げる。
「ふっざけたこと言ってんじゃないよ! お前らみたいになりたくなくて! 私は!! あらゆるものを手に入れたんだ!!!」
あと数センチで、刃の切っ先はジュディの胸に届いてしまう。
(まだ、まだだ……負けちゃ、ダメだ……お姉ちゃんに、会うんだ!)
底力を見せたジュディは、サーベルをぐっと持ち上げると、素早く寝返りを打つようにしてその切っ先を逃れた。
そのまま屋上に突き立ったナスカのサーベルは、先端が欠けてしまっていた。甲高い音を立てて、破片が近くに落ちる。
それで一瞬動きが固まったナスカに対して、ジュディの動きは素早かった。
今度はジュディがナスカに体当たりを仕掛けて彼女を押し倒す。折れたサーベルを持った方の腕をヒールで踏んづけて動きを封じると同時に、その衝撃で一瞬緩んだ彼女の手から、折れたサーベルを奪った。
折れていても、刃は残っている。まさに、形勢逆転といったところだ。先ほどと同じ状態で、今度はジュディがナスカの喉へ刃を突き立てる。片手のナスカに対して、ジュディは両手だ。
「く、そがぁ……っ! お前なんかに、お前なんかにっ、私が……っ」
「アナタがアタシたちから奪えるものなんて、初めから! 何もないんだっ!! これからも、ずっと!!」
折れた刃は、見る見るうちにナスカの喉元へ近づいていく。ジュディの呼吸がより一層荒くなった。脈打つ心臓が全身に鳴り響く。
ユエルのためなら、母のためなら、この出来事を一生背負って生きていく事がきっと出来る。
このままあと少し力を込めれば、ナスカの喉は貫かれるだろう。自分は間違ってなんかいない。怖くなんかない。
ナスカの喉元に、刃が当たる。裂けた肌から、赤い血が僅かに漏れ出した。
(これで、終わりだ……っ!!)
目をぎゅっと瞑り、最後の力を両腕に込める。
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