スラムにて 2−7

「なっ!? 馬鹿、テメェ何戻ってきてやがる!!」


 すでに5人を片付けたロイは、建物の中に戻ってきたジュディを見るなり叫んだ。だがその隙に敵の剣は容赦無くロイへ振るわれ、その相手をせざるを得ない。どうやらカザの中でも腕のいい2人が残っているようだ。


 ジュディの呼吸は落ち着きを取り戻し始めていた。静かに、全身に打つ脈を聴いている。

 ジュディは、まっすぐにナスカを見据えていた。腰に下げていた短刀を抜き、彼女へ向かって、叫びながら駆ける。


 迷いはなかった。彷徨う心は、もう闇に消えていた。

 これで、全て終わりだ。自分への罰があるならば、そんなものはもうどうだっていい。大切なものを奪われる恐怖と怒りに、これ以上心を晒したくない。もう終わらせたい。自分の手で、終わらせなければ。


 そして彼女の前に膝をつくと、その刃を、その喉へ思いっきり突き立てる。


 ――だが。


 刃が喉を貫くその瞬間、ジュディの手は止まった。

 ナスカの目が開く。


「来たね……このクソガキがッ」


 いつ意識を取り戻していたというのか。起きてすぐとは思えない素早さと力で、ナスカはジュディの手首を掴んでいた。そしてその刃をぐんぐん自分の喉から遠ざけていく。


「はぁ……っ! くそ、何で……、っよくも、よくもお姉ちゃんをっっ!!」


 ジュディも負けじと手に力を込めるが、ナスカの力には及ばない。そのまま腹を思い切り蹴られて、ジュディは短剣を落として転がってしまう。


「たいした度胸じゃないか。私に刃向かおうってのかい。……地獄を見せてやるよ」


 ナスカはジュディが落とした短剣を蹴って遠くにやり、自分の拳銃を拾い上げた。そして躊躇いなくジュディの足めがけて撃ってくる。

 ジュディは何とか転がりながらその銃弾を躱す。が、僅かに掠った銃弾が、ジュディの腿や腕を裂く。


 しかしジュディは痛みに集中力を削がれることなく、その発砲音を数えた。ユエルに使って外した分が1発。それから自分へ向けて今、5発目の銃弾が放たれた。ナスカはそれ以上引き金を引くことはしなかったが、代わりに舌打ちをした。


(弾切れ、今だっ!)


 ジュディはうまく距離を詰めると、ナスカの足を抱きかかえるようにして飛びつき、彼女を倒した。

 両足を抱えているため両手が使えなくなったジュディはナスカの足へ噛み付く。そのジュディの顔面に、ナスカは空の拳銃を投げつける。


このガキがっ! 役立たずのクズが! 自分だけ綺麗になったつもりかい、甘いんだよっ!!」

「うるさい! ずっと汚いお前よりマシだっ!!」


 必死で食らいついても、強烈な殴打を浴びながらナスカに引き剥がされてしまう。荒く息を吐きながら、口からこぼれた血を拭う。


「お前だけは、絶対に許さない!! これ以上、お前の好きなようにはさせない!」


 そしてまた、ジュディはナスカに向かっていく。


 ロイの仕事はほとんど終わりに近いようだ。今は倒れたカザの者たちが、何とか力を振り絞ってロイに立ち向かっている状態で、ロイの敵ではなかった。そんな彼らの様子は、今のジュディに似てなくもない。


「ちっ、これじゃあ負が悪いね」

 またもやジュディを引き剥がしてから、ナスカは呟いた。


 お互いに武器がなかったとしても、力の差は圧倒的にナスカの方が上だった。だが、ナスカは自分の仲間がもう使い物にならないことに気付いたのか、窓の外に備え付けられた屋上へ伸びる階段に向かった。仕事を終えたロイまでこちらに来ることを恐れたのかもしれない。


「ま、待てぇっ!!」


 ジュディもよろけながら立ち上がって、傷だらけの体でナスカを追う。

 

 だが、ロイがこちらに手を貸すことはなかった。

 最後の一人に最後の一打を鳩尾に打ち込んだロイは、立てる者がもういない事を確認してからひとり、壁にもたれて呟いた。


「俺に止める権利なんて、ねぇよな。義務も、義理も……」


 彼はそのまま、胡座をかいて座り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る