スラムにて 2−2

「何やってんだお前ら」


 二人がそんなやりとりをしていると、上からロイの声が降ってきた。すぐそばの塀の上から、彼は二人のすぐ近くに着地する。


「あっ! 待ってましたよぉ、どんな感じでしたっ?」

 ジュディは少しホッとしたようにロイの顔を見つめた。


「ダメだな。どこもかしこも見張りだらけだ。あれじゃ隠れながらっつっても限界があるぜ」

「姉の姿はありましたか?」

「いーや。アタマの女すら外には見当たらねえな。どっかの建物の中なんだろうが、それをシラミ潰しに回るわけにもいかねぇし。ある程度はヤマはっとかねぇと」


 ロイの情報を踏まえて、エレナは仕方なくジュディの代わりに作戦を練ろうとする。が、


「別に俺がド正面から突っ込んでやってもいいぜ? 最近カタイ連中との付き合いが増えてんだ。こういうケンカは久しぶりだぜ」

 そう言ってロイは指を鳴らしながらニヤリと笑った。


 エレナは焦る。まさに恐れていた事態になりそうではないか。エレナは必死で考えを巡らせた。見張りの気を逸らしつつ、ジュディを守りつつ、ロイを必要以上に暴れさせず、ユエルの居場所を探せる方法。


「ほんとですかっ! じゃあその間にアタシが姉の居場所を探して……」

「ま、待ってくださいっ! え、えぇと、その役、私がやりますから!!」


 すっかり乗り気になってしまったジュディに対してさらに焦ったエレナは、思いつき程度の作戦で二人を止めていた。「はあ?」といった顔でロイとジュディがエレナを見てくる。その表情に怯みそうになるが、そうしている間もエレナは必死で考えをまとめた。


「わ、私が、街を引っ掻き回して見張りを引きつけます! 今からそのための準備を急いでしてきますから、それまでにお2人は、状況を窺える安全な場所を見つけて待機してください。ロイさんはジュディさんを守ることに徹して、決して必要以上に暴れないように!!」


 ロイにびしっと釘を刺してから、今度はジュディの方へエレナは向き直る。


「それから、ジュディさん、何でも良いのでお姉さんのもの、できれば匂いが分かるもの、持ってませんか?」

 エレナはダメ元で聞いていた。


「匂い?」と、やはり疑問の表情を浮かべつつ、ジュディはスカートのポケットを探った。すると何か入っていたのかポケットからそれを取り出した。


「う~ん、お姉ちゃんのものはないですね。これはナスカとやり合ってる時に盗んだ髪飾りです」

「お前なぁ」

「ご、ゴメンナサイ、つい高そうなもの見ると、体が勝手に……」


 ロイの冷ややかな目線に、ジュディは苦笑いした。しかしエレナはそのジュディの手首を両手で掴んで、興奮気味に頼み込んだ。


「それっ! 完璧です! 必ずお返ししますから、私に貸してくれませんか?」

「え? は、はい」ジュディは訳が分からないまま髪飾りをエレナに手渡した。「ていうかアタシのじゃないんですけど……」


 何とかなるかもしれない。エレナはそう思った。


「ナスカはきっとユエルさんと一緒にいると思います。これで、ナスカのいる場所を私が探します」

 エレナは髪飾りを二人の前にかざす。

「見つけたら、その場所を分かるようにお知らせしますから、二人はユエルさんの救出に向かってください。それと、少なくともリーダーのナスカだけは必ず確保したいです! 私もできれば、応戦します……が、難しいかもしれません」


 ユエルさえ救出できれば今回の最大の目標は達成されるのだが、周りの取り巻きを無視して達成することは不可能である。恐らく大多数の人間がエレナに集中するはずだ。そうなると、応戦どころか、気にかけることができるのかさえ分からない。


「おい待てよ。こっちは俺に任せてくれりゃあコイツの身は何とかする。けどよ、アンタは一人で大丈夫なのかよ。つーか、ソレで場所が分かるっていう根拠は何なんだよ」


「私は大丈夫です。伊達にこんな手になるまで鍛えてませんから。必ず場所は当てられます。理由は……ふふ、見れば分かりますよ。じゃあ、また後で!」


 エレナは手をひらひらさせながらそう言って微笑むと、来た道を走って引き返していった。後ろから、ロイの叫ぶ声が追いかけてくる。


「おい! ヤバくなったら勝手に逃げろよ! 俺の借りで警察に死なれたらたまったもんじゃねーからな!!」


 エレナは振り返らず、すぐに闇の中へ消えていった。

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