宝石店にて 3−3

「……さて、私はこの人を署に連行するために一旦戻ります。ジュディさんは、これからどうするんですか?」

 エレナがゾイドを立たせながら言った。


「もちろん、姉を助けに行きます。今から」


「えっ、い、今から!? そんな、危険すぎます。体だって傷だらけじゃないですか! 今の今では警戒もされているでしょうし、責めて明るくなってからの方が……」

「そんな悠長なことは言ってられません。体を傷つけられなくたって、姉がどんな目にあっているか……」


 ジュディは嫌味たらしくゾイドを睨みながら言った。わざとらしく目を逸らすゾイドに少し苛つきなら、ジュディは自分の身支度を整えるために二階の自室へ向かおうとする。


「それなら私も行きます! だから少し待っててください。すぐに戻ってきますから!!」

「え!? で、でも……」

 エレナの申し出に、ジュディは驚いて振り返った。


「本当のことを言うと、必要以上の事件に勝手に首を突っ込むと怒られるんですが……。でもこのまま放っておくわけにはいきません。いいんです。私もどうせ、今日1日はこの人に借りられてるので。今日が終わるまで、あと4時間はありますから」


 エレナはロイを見ながら言うと、ゾイドを連れて足早にスパークルを出て行った。

 ロイはずっと壁にもたれたまま、何を考えているのか黙ったままだ。


 ジュディは複雑な気持ちだった。カザの人間はサウストのスラムの人間よりも甘くない。いくら警察官とはいえ、危険な場所に巻き込んでしまう事は確かだ。しかもこの期に及んで、カザ出身の自分とユエルの救出を警察官に頼む事に少し抵抗も感じる。


 そんなジュディの頭の上に、店長が優しく手を乗せた。

「はは。頼もしいじゃないか。2人も心強い護衛がいる」

「ん?」

「はい……でも」

「ジュディ。君を止めることはしないよ。だから、必ずお姉さんも連れて、この店に戻ってくるんだ、いいね。決してここで終わらせてはいけない。君の本当の人生は、その先にあるんだから。……大丈夫、2人を信じるんだ。エレナ君の腕も凄かった。この目で見たからね。それにロイ君も」

「ちょっと待てって」

「店長……っ、ありがとうございます。アタシ、負けません、絶対に! 絶対に4人で帰ってきます!!」


「おいコラぁっ! 誰が俺も行くっつったんだよ!!」

 ジュディと店長の涙ぐましいやり取りの間に、今まで沈黙を貫いていたロイが突如割り込んできた。


「えぇ? 指輪欲しくないんですか?」

「オイオイ、強盗捕まえただろ? 宝石も返ってきただろ? 100点満点じゃねぇか。これで俺の仕事は終わりだ。指輪よこせ」


 ロイは店長の前に手のひらを差し出す。すると店長は額に手を当てて、大げさに深い深いため息をつく。


「そうか……。そうだったね。いや、残念だよ。せっかく今までにない良い作品が、そうだなぁちょうどあと4時間もあれば出来上がったんだけど。今すぐって言うのなら仕方がないなぁ。いや私だってね? 恋人同士のとってもとぉっても大切な指輪を中途半端な作品に仕上げたくはないんだけど。そうかぁ。君はもう仕事を終えたから行ってしまうんだねえ。あぁ、あと4時間あればなぁ。けど今すぐって言うのなら、仕方がないかぁ」


「はぁ、そうですよねぇ。仕方がないですよねぇ。でも、中途半端な指輪をもらう彼女さんカワイソー……」


 手のひらを差し出したままのロイへ、店長とジュディが手を取り合い、上目遣いで目をパチパチさせる。


「テ、テメェら……。あのなぁ! だいたいこれは警察の職務タイマンってやつが招いたことなんだよ! なんで俺が協力しなくちゃなんねぇんだ! そうだ、アイツだってその辺分かってて警察の仲間の10人や20人ぐらい連れてくるだろ。それで十分……」


「お待たせしましたっ! さぁ、いきましょう!」


 スパークルの入り口の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、エレナ1人だった。店内が静まり返る。


 念の為ロイはもう一度扉を開けて外を確認する。が、唯一動きがあったのはざわざわと風に揺れる木の葉っぱだけで、それがより一層その行為を虚しくさせた。


「畜生! テメェショボい指輪作りやがったらマジで許さねぇからな!!」


 ロイは刺さらんばかりの勢いで店長に人差し指を向けて、そう言葉を投げつけて出て行った。エレナが一瞬キョトンとしてから慌てて後を追う。


「えっ、ちょっと! 単独行動は厳禁です! 待ってくださいよ!!」


 ジュディはそんな二人に苦笑いしてから、急いで2階に身支度を整えに行った。確かに体は傷だらけだったが、痣や、すり傷程度のものばかりで大した傷はない。簡単に目立つ所だけ手当てをして、唯一の武器として短刀を腰に据える。


 自分の帰りを待ってくれる人がいる。自分と一緒に戦ってくれる人がいる。それがジュディの心細かった気持ちを強くさせた。

 一階に降りて、その高まった気持ちの勢いでスパークルを出ようとして――やっぱり扉の前で店内を振り返った。


(もう一度、ここに帰ってくる。お姉ちゃんも連れて、必ず……!)


「行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 店長のいつもの笑顔に、ジュディも笑顔で応える。

 満月はまだ見えなかったが、代わりに浮かび上がる星々が、キラキラとジュディを見守っていた。

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