宝石店にて 3−2
スパークルの店内に、後ろ手に縛られたむすっとした強盗犯と、同じくむすっとしたエレナと、ジュディと店長、それからロイが揃った。
そしてジュディは店長とエレナにスラムで起こったこと、それから自分の生い立ちについて、一通り話をした。隠せるものなら隠し通したかった事だが、この状況では仕方がない。
エレナが捕らえてくれた強盗犯の正体は、ゾイドだった。カザにいた時からナスカの側近のような役割をしていた男だ。彼から直接命令を受けたり、手を上げられたりしたことはなかったが、もちろんジュディもゾイドもお互いを知っている。真面目で屈強な彼は、ナスカに一目置かれているほどの存在だった。
だからエレナがほとんど無傷で応戦できていたことがジュディには信じられなかったが、ロイに利き手の手首を折られていた事もあって何とかなったとのことだ。ただこの狭い店の中、宝石に被害が出ないよう武器なしで応戦する事がどれだけ大変だったかと愚痴をこぼしてはいたが。
そして話し終わった今、ジュディは店長の目の前で、盗まれた宝石を持って俯いている。
「て、店長あの、コレ……。ほとんど壊れちゃってて、ダイヤももう売り物にならないかもしれません。アタシのせいで、本当にごめんなさい……」
店長は何も言わずに宝石の袋を受け取ったが、中身を確認することはなく、それをそのままショーケースの上に置いた。
ジュディは溢れ続ける涙を拭いながら続けた。
「あの、それで……っ、アタシ、もうこの店に、いられません。い、今まで本当に、ありがとうございました。少しの時間だったけど、アタシ……っ、本当に幸せでした。店長のことは、一生忘れません」
いつもの店長の笑顔はなかった。かと言って悲痛な表情というわけでもなく、ただ何か考えを巡らせているような、そんな表情をして、顔を伏せるジュディを見つめていた。
「この子はこれから、どうなるのかな」
彼はジュディではなく、ゾイドに質問した。
「……カザから逃げた者に、自由などない。我々は忠誠を欠いた者への報復を決して忘れない」
ゾイドはエレナに銃口を向けられたまま床に膝をついた状態で、それでも店長とジュディをまっすぐに睨むようにして言った。
ゾイドの言葉に、悲しみの涙で消えかかっていた、それでも燻っていた怒りが沸き立ち始める。
「逃げたりしなくたって、自由なんて最初からなかった! アナタだってそうでしょう!? ナスカの言いなりになってるだけ。みんなそう、あるはずの自由を放棄して、命令でしか動けない。誰かから奪うことで、誰かを従えることで、力を手に入れたような気になっているだけ!!」
「私はその道を、自ら得た自由で選択したまでだ。命令に従い続けたのはお前の方だろう。ナスカは、私と同じようにお前にも自由の道を提示していたはずだ。その道を断ったのはお前だ」
「人を殺して手に入れるものが自由だって言いたいの!?」
「ジュディ、落ち着きなさい」
ゾイドに向かおうとするジュディを、店長が制した。
ナスカの命令は徐々に難易度を増していく。その最たるものが人の命を奪うことで、そうする事でナスカの部下は行動を選ぶ権利を得られる。それが、ゾイドの知る自由だった。
「違うよ、ナスカが与えるものは、自由なんかじゃない。ただの、鎖だ……」
ナスカは権利を与える代わりに、自分に対する忠誠心を得るのだ。それは強制
ではなく、洗脳に近い。ナスカは飴と鞭で部下をうまくコントロールして、部下に自由を与えても、結局は自分の下へ付くように仕向けていた。その洗脳がうまくいかなければ、自由を与えた恩を売りつけて結局使い回す。いつの間にか付けられていた目に見えない鎖に、みんなは気付かない。
ジュディとユエルがその洗脳にかからなかったのは、ナスカに忠誠を誓った母親が、2人の目の前で死んだからだ。街道での仕事の途中、ナスカは自分を警備の目から逸らすために母親を囮にした。自分は逃げて、母親のことは助ける事も、振り返ることすらしなかった。
「言っておくけど、忠誠を誓ったアナタが捕まったって、傷ついたって、ナスカは絶対に助けに来ない。私たちのことは最初から、意志のない道具としか見ていないんだ」
「助けなど始めから求めてなどいない。お前のような半端者と一緒にするな。自分が拓いた道で死ねるのなら本望だ。自由を勝ち取った我々の誇りは、お前などには分かるまい」
ナスカに対してどんな想いを持っているのかは知らないが、ゾイドは一際忠誠心の強い男だ。それ故に、自分に本当の自由を与える術を知らない。
そんな彼を、別に責める気はなかった。カザでは多くの者がそうだった。誰かに従わなければ生きていけなかった。そしてその生き方こそが正しいのだと信じなければ、自分を守れなかった。それは、ジュディにも痛いほどよく分かる。きっと、リーダーになる前のナスカだって例外ではなかったのだろう。ジュディが許せないのは、いつの間にか出来上がってしまったこんな世界の仕組みに他ならない。本当の自由や喜びがどんなものかさえ、知る事も出来ないまま生かされる。
「……可哀想な人」
ジュディはゾイドにふいと背を向けた。それ以上、ゾイドにかける言葉が見つからなかった。彼の強い眼差しに、自分の言葉が届くとは思えない。世界の仕組みに対する怒りを彼にぶつけたところで、世界が変わる訳じゃない。
ゾイドもそれ以上言葉を発することはなかった。ナスカが助けに来ないことなど、ジュディに言われずとも分かっている事だろう。エレナに対しても無駄な抵抗をする事もなく、この運命を静かに受け入れているようだった。
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