スラムにて 1−3
「おねーちゃんが食い物を盗んだら、そこが私らの仲間が開いてた店だったってオチさ! しかも既に自分の分は袋いっぱいに抱えてたってのにね。欲は身を滅ぼすってやつ? ま、私たちから逃げた天罰が下ったんだ。カミサマってのは、やっぱり見てるもんなんだねぇ」
高らかに笑い立てるナスカを背に、ジュディはユエルに詰め寄った。
「お姉ちゃん!? もう罪は犯さないって約束したじゃない!」
「ち、違うの、これは、その……」
「アタシの店を襲ったのは、またこういう世界に入り直すための洗礼だったってわけ?」
「選ばなくちゃいけなかったの……!自由になりたかったら、代わりにあなたを差し出す。それが嫌なら、サーペントに入る。入るための条件は、あなたの店から金品を奪うことに協力する。でもそしたら、もうあなたには手を出さないって言うから」
「はっ、我ながら甘っちょろい条件だろう? でもまぁ、結果的に二人とも手に入ったわけだ。結果オーライだね」
ユエルは今にも泣きそうな顔をしている。その条件を鵜呑みにしたユエルに、ジュディは呆れた。あの魔法陣は回収されたわけではないのだ。遅かれ早かれ、どの道ジュディも襲われていただろう。
しかし同時にやはりユエルには自分がいなくてはならないのだと確信した。とにかくユエルを連れてここから逃げる方法を考えなくてはならない。ユエルのようにナスカに大人しく捕まる気は、ジュディにはさらさらなかった。ナスカに植え付けられた過去の恐怖に支配される前に、早く体を動かさなければ。
だがユエルの手を握ろうとした瞬間、ユエルはその手をはね退けてナスカの目の前へ出て行き、額を地面に擦るようにして土下座をした。
「でも、約束は約束でしょう!? ジュディはもう関係ありません!お願いですから、ジュディには、もう、関わらないで……」
「うるさいんだよ、クズが。言うこと聞かないクズは生かすだけ無駄さ。……だけど、わざわざこうして来てくれたんだ。タダにしちゃうのは勿体無い」
ナスカは必死で頼み込むユエルの脇腹を押すように蹴り、ジュディへの道を空けた。
「やめて……」とジュディは絞り出すように呟くが、過去の記憶と重なるその景色に、怒りと恐怖が混同してうまく体が動かない。気付けば周囲を囲っていたサーペントの者たちも、ナスカがジュディへ近づいてくるにつれて、徐々に彼女に迫って来ていた。武装した者も何人か見られる。
「ジュディ、アンタなかなかいい身体に成長したねぇ。おねーちゃんより高くつくよ……いくらで売れるかなぁ」
視線が蛇のようにジュディの体を這う。ナスカはいやらしい手つきでジュディの顔や身体を触り始めた。レオで使えなくなったものは、女なら殺さずにどこかに売られた。男なら、殺して体の中身を売られた。
売られる先は、カザよりもさらに劣悪な環境だと教えられていたが、カザよりもひどい場所など存在するものか、と今は思う。いっそ売られた方がマシだったかもしれない、と。だがその金でこの女たちが富を得ることは、何よりも屈辱だった。
これ以上、自由を、姉を、心を傷つけられてなるものか。
その想いがジュディの心に炎を宿し、彼女はナスカの肩に思いっきり噛み付いた。姉も、宝石も、自由も、すべて取り返してみせる。
「……っ!こいつ!」
「返せっ!!アタシの宝石!!」
ジュディとナスカは殴り殴られもみくちゃになるが、ナスカには武器も仲間もある。はっきり言って勝ち目がないことはジュディにも分かっていた。それでもジュディは必死でナスカに食らいつく。
ナスカの仲間たちが次々に加勢してジュディを捕らえようとするが、ジュディもカザで仕事をこなしてやって来た身だ。立ち回り方には自信があった。その間にナスカとの距離は広がり宝石は奪えなかったが、群がる男たちの脇を、股下をくぐり抜け、時に頭上を飛び越えながら、なんとか座り込むユエルの元までたどり着いた。
「お姉ちゃん! なにぼーっとしてるの!! 走って!!」
ジュディはユエルの手をとり立ち上がらせる。ジュディにナスカの仲間が集中していたため、囲いには隙ができていた。無防備になっている通りを指差して、ジュディはユエルを走らせる。
宝石も取り返したかったが、振り返れば既に男たちが態勢を整えてこちらに向かって来ている。今回は姉と自分を優先させようと、ジュディもユエルを追いかけようとした。宝石は売られる前に、また取り返しに行くのだ。
だがその時、ジュディと距離を取っていたナスカが不敵な笑みを浮かべながら、持っていた宝石の袋を、ジュディの近くへ叩きつけるように投げつけた。
「こんなお前らみたいなクズ石、くれてやるよ!!」
ジュディの体はユエルを追いかける前に、その宝石に反応した。悲しいかな、金目の音に反応してしまうこの習性も、カザで培われてきたものに違いなかった。
そしてそれが仇となった。
ジュディがその宝石に飛びつこうと横にそれると、ナスカとユエルの間を遮るものは何もなくなった。
その瞬間、銃声と、ユエルの短い悲鳴が響いた。
「お姉ちゃん!!」
ユエルは足を押さえてうずくまっていた。右足首を撃ち抜かれたらしい。ジュディは真っ青になってユエルの元へ駆けつけた。
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