宝石店にて 2−2

「ちょっと、どこ行ってたんですか!」

「ソレ、アタシもおんなじこと言おうと思ってました。あ、もしかしてアナタがおまわりさん連れてきちゃっ……い、いや、連れてきてくれたんですか? え、ていうかまさか、アナタはおまわりさんじゃないですよね?」

「おまわりさんではないです」エレナは真顔で頷く。

「うるせぇな、いいだろ何でも。ったくアイツらなんで来ねぇんだよ……」

 

「どいつもこいつも」……とブツブツ言いながらロイは工房へ消えた。

「アイツら」とは誰のことだろうか、そう思ってすぐ、彼がいつも騎士団の人間と行動を共にしている情報を思い出した。確かに彼らがいるのであれば、わざわざエレナを連れ出すことなどしなかったのかもしれない。今日に限ってたまたま彼は1人らしく、エレナは選ばれた自分の不運を呪った。


「あ~、ちょっとぉ、勝手に入らないでくださいよぉ~」

 ジュディはロイに続いて奥の工房へ入っていってしまった。心なしかエレナから解放されたかったように見えなくもない。


「店番しなくていいのかしら……」


 強盗にあったばかりだというのに、不用心にもほどがある。1人残されたエレナは、呆れたようにため息をつきつつ、玄関を振り返りマットをめくってみる。

 ジュディは玄関の扉も開けないで入ってきた犯人の事を魔術師と言った。確かに魔術師ならば魔法陣を介さなくても、自分の魔力が許す距離であれば自由自在に姿を現す事ができる者もいる。そして実際、犯人が現れた場所に魔法陣は見つかっていない。

 だがエレナは最初から魔術師の線は疑っている。魔術師とはそれなりの地位と権力を持った人間だ。そもそも宝石強盗を犯さなくてはならない理由が分からない。恐らく犯人は魔法陣を介さなければ魔法が使えない、ただの魔力持ちだとエレナは推理する。

 転送魔法は特に難しいものではない。二カ所に同じ魔法陣を敷き、双方を行き来するものだ。距離が遠ければ遠いほど、より魔力を消耗する。陣を敷いた本人にしか使用することはできないため、同じく魔力持ちのエレナが魔法陣を見つけたところで転送先に行くことはできないが、残された魔力の痕跡から、魔力鑑定人により使用人物を特定できる可能性がある。

 

 では魔法陣はどこにあるのだろう。エレナは一度マットを戻し、店内を改めて見回す。


 一番被害が多かった壁際の陳列棚はスカスカになっていた。

 盗まれたのは、この店にしては比較的大ぶりな宝石を使ったものが多いという。確かに残っている宝石細工はどれも小さい。激務と割に合わない薄給のエレナでも手に届く値段のものだ。それに身につけるものではなく、部屋の装飾に使うような置物が多く残されている。ウサギやネコの形をしていて、目に宝石がはめ込まれているものや、羽の形をしたブローチ、ウェディングケーキを模したものに小さな宝石が散りばめられたもの……どれも手の平に収まる程度のサイズだが、その作りは非常に繊細で美しく、エレナは捜査中だというのに目を奪われた。

 それから、何も身につけていない胸から首までのマネキンや、空っぽの正方形のショーケースに目線がたどり着いて、エレナはハッとして首を振る。それらは自らを輝かせる宝石の帰りを待っているのだ。慌てて捜査の目線に切り替える。同時に、店長が生み出す数々の宝石細工こそまさに魔法ではないか。そうも思った。

 エレナは店の中心に立ち、改めて玄関マットを見る。深い群青色に、マットからはみ出すようなサイズの鮮やかな黄色をした三日月。夜のデザインだ。その三日月と対になるように、茎の部分が弧を描いた白い花……。

 

 エレナの中で、何かが閃く。

 急いで玄関マットを拾い上げ、自分の眼前に広げる。

「あった……!」

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