宝石店にて 2−1

 完全にロイの世話を押し付けられてしまったエレナは、スパークルでジュディに話を聞いている。

 

 確かにこれは元はと言えば警察の仕事に他ならないのであって、自分がロイにアドバイスした通りのことをやらなければならないのだ。裏があるかもしれないとはいえ、ロイにやらせるのはそもそもおかしい事なのだ。ロイに文句など言えない。

 それは百も承知なのだが、一方のロイと言えば、エレナに捜査を頼んだきり姿を消した。ロイに文句など言えない。言えないが、署に残った書類の山のことを考えると、少し苛立ちは覚えてくる。


「その強盗犯が現れたのはこの場所で間違いないですか?」


 それでもエレナは努めて平常心でジュディに尋ね、玄関扉のすぐ目の前に敷かれたマットを指差した。ジュディには、そこから1メートルほど店の中心へ入ったところ、被害を受けた時に立っていた場所に立ってもらっている。

 エレナにとって久々の現場での仕事だった。いつもの守られた警察署の空間から出て仕事をするとなれば、理不尽な理由があれど自然と気が引き締まるものなのだと、自分に対して密かに感心した。いつもの気の小さい自分の顔に、現場での毅然とした面を取り付ける。


「そ、そうです。そんなに頻繁にお客さん来るわけじゃないので、掃除でもしようと思って。玄関の位置からショーケース見て、汚れているところないかなと思って」

 

 ショーケースの数は3つ。玄関から見て左右と正面に1つずつ。壁際にも棚があるが、そこはショーケースのように保護するものがあるわけではなく、誰もが商品を手に取れるようになっている。今回の盗品は主にこの棚から出ており、3品だけは正面のショーケースから盗まれた。左右のショーケースは施錠されているが、正面のショーケースは常にジュディが立っている場所でもあるため、開店中は施錠していなかったという。

 そのショーケースに入っていた3品のうちの一つに、大きなルビーのダイヤがついた指輪があったそうだ。それが今回の事件で一番高価で貴重なものだという。


 ジュディは玄関を背にして、3つのショーケースがちょうど見渡せるところに立っていた。すらりとした長身に、メリハリのあるボディ。この店のダークブラウンに溶け込むような褐色の肌に黒髪、さらには着ている服まで黒色だ。彼女にそのつもりがあるのかは分からないが、彼女そのものまで、煌びやかな宝石を引き立たせる一因になっているようだった。色白で貧相な体つきのエレナとは正反対だ。彼女の方が年齢は若いにも関わらず、エレナは思わず見惚れそうになってしまう。

 そして、彼女がこの辺りの人間ではないことも分かる。恐らくサウストよりももっと南、砂漠に近いところから来たのだろう。


「……それで、振り向きざまに殴られた、と。どんなことでも構わないので見たことを教えていただけますか?」

「え、えっとぉ、全身白かった、ですね。白装束っていうのかな。そ、それで、何だかコワいお面付けてたんですよぉ。ガイコツみたいな。身長は、結構高かったかな、180センチは超えてると思います。それくらい、かな……」

「創業から八年、過去に強盗はなかったそうですね?」

「う。らしいです、ハイ」

「店長は、定期的に店を空けるのですか?」

「あ、いえ、手元に材料やら道具やらがなくなってきたりするタイミングで出かけるので、定期的というわけではないみたいです。え、えぇと、2ヶ月に1回とか、それくらいの頻度だとは言ってました」

「では、店長が事件当日店を空けることを知っていたのは?」

「え、あ、アタシと店長だけですけどぉ……。もしかしておまわりさん、アタシのこと疑っちゃってます? や、やだなぁ、もぉ。強盗にあって、アタシすっごくショックだったんですよぉ」

 

 はっきり言うとエレナはジュディを疑っている。先ほどからジュディと全く目が合わない。捜査依頼をしているのにも関わらず、髪をいじったり、目を泳がせたりとジュディはなぜか落ち着かない様子だ。質疑の受け答えの歯切れの悪さ、愛想笑いのぎこちなさは、捜査に協力的だとは言い難い。犯行の経緯や疑問点はともかく、何かを疑わずにはいられない。彼女は本当に何も知らないのだろうか。


「私がこの店に入った時から、何か慌てているように感じましたので。被害届を出したのはあなたたちでしょう?」

「そ、それはぁ、その、意外と早く来るんだなって……ほ、ほら、いっつもお忙しそうなのに」

 

 やはりジュディはしどろもどろになっている。警察がすぐに来ないことを見込んで、ジュディが警察ではないロイに早急の解決を頼んだということだろうか。警察に捜査されてまずいことが、少なくともジュディにはあるのかもしれない。とはいえ、警察は忙しそうであるとか、すぐ動いてくれないであるとか、そのような諦観や不信感が一般市民に浸透していて、それがこのような事態を招いていると思うとエレナも少し怯んでしまう。


「た、確かに、捜査が遅れてしまっていて、それは本当に申し訳ないですが……」

「と、ところでおまわりさんは、アナタしか来ないんですか?」

 

 エレナだけではない事を知って警戒しておきたかったのか、ただ単に話題をそらしたかったのか分からぬが、引きつった笑顔を浮かべるジュディの質問に、今度はエレナがたじろいでしまう。通常、捜査を1人で任されることはない。凛々子がジゼルと組んでいるように、職員の安全を考慮して捜査は必ず2人以上で関わらなければならないことになっている。しかし今回のエレナの相棒は、おまわりさんどころではなく、本来おまわりさんに追われているはずの者なのである。


「えぇと、それは、その……一応いるにはいるんですが……」

 エレナが返答に困っていると、勢いよく背後のドアが開いた。驚いて咄嗟に道を開けると、まさに今エレナを困らせている男が、二人には目もくれずにズカズカと奥の工房へと進んでいく。

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