警察署にて 1−2

「は? 自分で読めばいーじゃん。てか凛々子ここの字なんとなくしか読めないもん。そもそもこの書類であってるかも怪しい」

「俺だって学がねぇんだよ」

「いや待って、凛々子学はあるからね? ちゃんと学校行ってたし!」

「はぁ? どうやって何を勉強してたんだよ……」

 

 凛々子は1年前に突然現れた謎の少女だった。ニホンから来たとは言うが、この世界にニホンなどという場所はまだ確認されていない。話す言葉はなぜか通じるものの、使う文字も文化も全く違う。得体の知れない存在だと初めは問題になっていたのだが、今はとりあえず警察署で仕事をさせながら面倒を見る形をとっている。エレナが文字を教えてはいるが、まだほとんど文字が読めない(というかあまり覚える気がない)ので事務仕事は任せられず、凛々子の机はほとんど物置として使われていた。

 

 だからと言ってまさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかったエレナは完全に油断した。


「おい、これ読め」

 

 エレナとロイの間には5メートル以上はあったはずだ。それなのに気付いたらロイは背後に姿を現し、エレナの首元にナイフを当て、目の前に先ほどの書類を突きつけてきていた。


「うわ! サイテー! 婦女暴行反対!!」

 

 凛々子は怒って、エレナを助けようとロイに向かおうとしたが、ジゼルがそれを制し、肩を落として諦めたように言った。


「エレナ、読んでやってくれるか」


「は、はい。えぇと……今月27日、午前10時ごろ、宝石店『スパークル』で強盗事件が発生。店員のジュディさんの腹部を殴り、宝石細工の計14点を強奪。被害総額は80万相当。犯人は一人で……」

「あー、もう分かってんだ、んな事は。お前らが仕入れた情報はなんかねぇのかよ」

「え、えぇと……目撃情報は、なし。店の前で遊んでいた子供がいましたが、怪しい人物は見なかったという事です。開店して一時間しか経っていない頃ですから、強盗が入るまでの来客もゼロだったとジュディさんが証言しています」


「……で?」


「えと、い、以上です……」

 署内に沈黙が響く。


「あぁ!? そんだけ!? テメェらマジメに働く気あんのかよ!」

 

 刹那の沈黙を破ったロイは、ナイフを離してからエレナを軽く突き飛ばした。よろけて床に手をついたエレナの元に、凛々子が駆け寄ってきて肩を支える。


「こっちだってやりたいのはマジ山々なんだって! だけどそんだけしか目撃情報がないんだもん。どうしても他のもっとわかっててヤバめの事件を優先しちゃうんだよ。今凛々子が調べてるのは、誰か死んじゃうかもしれない事件だし。鬼ヤバでしょ?」

 

 エレナもこの強盗事件のことは知っていたが、詳細を読むのは初めてだった。しかしこれほど情報が少ないとは、ほとんど警察は機能できていないのだろう。凛々子の言うことも分かるが、ここ最近仕事が立て込んで手一杯とはいえ、これではロイに呆れられるのも無理はない。事件の規模の大小はあれど、事件があれば被害者は存在する。怒りや悲しみを抱えた人に寄り添えるように、親の反対を押し切ってまでこの仕事に就いたのに、自分は一体何をやっているのか。エレナは床に座り込んだままうなだれる。


「ったく、何から調べりゃいいんだよ……」

 

 ロイはゲンナリした表情で読めない書類をつまんで見ていた。何だかロイという犯罪者にまで申し訳なさを抱き始めたエレナは、自分でも気付かないうちに喋り始めていた。


「ご、ごめんなさい。でもとりあえず目撃者が他にいないのなら、唯一目撃したジュディさんに徹底的に話を聞くしかないかと……。もしかしたら、お店の見えないところに、強盗犯が使用した魔法陣も残っているかもしれませんし」

 

 ロイはぎらりとエレナを睨んだ。エレナは肩をビクッと震わせて「す、すいませんっ」と反射的に謝ってしまう。ロイに対して生意気な口を聞いてしまっただろうか。いやそもそも犯罪者相手に何をアドバイスしているのか。ジゼルたちの目線も気になってしまって、エレナは顔を伏せて動けなくなった。

 すると自分の腕が真上にひょいと持ち上げられ、エレナは立ち上がっていた。


「おい、コイツ借りるぞ」

「えっ?」「おっ?」

 

 エレナと凛々子が声を上げると同時に、ジゼルの怒号が飛んできた。


「お、お前いい加減にしろ!!こっちだって人が足りてないの分かっただろ!?」

「るせーっての。硬ぇ事言うな。こっちも時間がねぇんだよ。明日までにゃ返すよ」

「ちょ、ちょっと……。ぼ、ボスっ」

 

 エレナはロイにグイグイ引っ張られて出入り口に向かっていく。書類が山積みになった自分のデスクとジゼルを交互に見ながら助けを求めるが、ジゼルは頭を抱えて少しの間考えて……完全に匙を投げた。


「エレナ、こっちは心配しなくていいから……」

「え」

「エレナ大丈夫だって!ロイって意外と良いやつだし」

「いやそういう事じゃなくて」

 気付けば周りの仲間たちも自分たちの仕事に取り掛かり始めている。

「ちょっとみんな……」

 

 こうしてエレナとロイの宝石強盗捜査が始まった。

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