宝石店にて 1−2

「て、店長ぉ~」

 

 ジュディが振り返ってそう呼ぶと、まるで穴蔵から出てくる熊のように、奥の工房から店長はのそのそと姿を現した。

 

 ヒゲも頭もボサボサで、顔のサイズに合っていない小さな丸メガネをかけて、いつから汚れているのかも分からないような作業着を来ている。そのままの格好で店に出ていたと言うものだから、最初はジュディも面食らった。美しいあの繊細なアクセサリーたちが、まさかこの人の手から全て作られているなど、夢にも思わなかった。とにかく作品づくりさえできれば彼は幸せで、営業や売り上げに関しては特に興味がないという。

 ジュディはこれまでの経緯を店長に話した。


「う~ん。お金の代わりになるものか。困ったな」

 

 店長は確かに困ったように、髭に縁取られた顎をさする仕草をする。だがいつものように笑顔を絶やさない穏やかな店長は、実際のところあまり困っているようには見えない。そもそも作品づくり以外のことに欲を出すような人には見えないし、必要なものがあるとすれば、作品づくりのための資金以外ないだろう。

 店長は特に金の代わりのものを考えるでもなく、男をたしなめるでもなく、呑気に「君、面白いこと言うねぇ。名前は? どこから来たの?」などと感心したように尋ねていて、ジュディは額を押さえた。

 

 男の名前はロイと言うようだ。自らの素性についてはそれ以上明かさなかった。


「なんかあんだろ? やべぇとこに眠ってるお宝とかよ」

「そ、そんなの用意できるならわざわざ指輪なんて買いに来なくてもいいんじゃあ……てゆうかソレ換金してもらえばいいじゃないですか。もぉ、この人言ってることメチャクチャなんですよぉ。あぁ、ここ最近踏んだり蹴ったりです…………あ」

 

 ゆるいウェーブのかかった髪をくるくる指に巻きつけながらジュディは言って、閃きと同時にその動きも止まった。黒い大きな瞳がパチリと開く。


「なんだ?」

 

 ロイはその瞬間を見逃さない。ショーケースへ再び身を乗り出してジュディの目を見る。

 少し鬱陶しそうにその目線を外し、ジュディは店長に耳打ちした。


「店長、こないだの強盗!」

 

 それだけの情報で店長はピンと来たようだ。


「なるほど……確かに彼は腕っ節もたちそうだしね」

「なんなんだよ、早く言えって」

 

 店長は咳払いして話し始めた。


「実はつい3日前、強盗にあってしまってね。宝石をいくつか盗まれてしまったんだ。中には結構高価なものもあっただけに、打撃が大きくて、ちょうど困っていたところなんだ。警察にももちろん届けは出したんだが、いつも手いっぱいの彼らのことだ。いつここに手が回ってくるか……」

 

 そんな事件を話している時も店長は笑顔で、やはりあまり困っているようには見えない。


「で、俺が代わりにそいつをとっ捕まえて、その宝石を取り返してこりゃあいいんだな?」

「はっはっは。話が早いな。そうだね。そうしたら、今作ってる指輪を君にあげよう。なかなか良いものが出来そうなんだ」


「え、いいんですか!?」

 ジュディは大きく首を動かして二人の顔を交互に見やる。自分で提案しておきながら、あまりに話が早く進んだことに戸惑うが、ジュディの目は期待で潤んでいた。

 

 3日前に起きたその強盗は、ジュディが店番をしている時に起こってしまったものなのだ。せっかく売上を伸ばせそうな兆しが見えた矢先の出来事だけにショックは大きかったし、自分の無力さに失望した。しかし店長はと言えば、ジュディの無事が分かると彼女を責めることなく、いつもの調子で「気にしないで」と笑顔で言うのだ。

 だが、気にしなくて済むはずもなく、それ以上その件に触れてこない店長に対して、ジュディの罪悪感は募る一方だった。


「よし、悪くねぇ。乗った」

 

 ロイはショーケースから身体を離し、首をごきりと鳴らした。

 両手を合わせてうっとりとした表情でジュディはロイを見上げる。「こんな強盗もいるんだ……!」と心の中で呟いてから、店長とも両手を合わせて喜んだ。


「で、そいつどこにいるんだ?」


 ジュディはずっこけた。


「分かってたらとっくにアタシが取り返しに行ってますよ!!」

「んだよ、分かんねぇのかよ。じゃ、どんな奴だったんだ?」

 

 ロイがもう一つ尋ねると、今度は重い沈黙が流れた。口を結んで俯くジュディを見かねて、店長が口を開く。


「いや、実はね、強盗は僕が不在の時に入ってきて、彼女も眠らされてしまっていて……僕たち二人は犯人の姿を見ていないんだ」

「あァ!? 何だよソレ、強盗も何もテメェがただ寝てただじゃねぇか!」

 

ジュディは顔を真っ赤にして店長とロイに怒鳴りつけた。

「んなっ、失礼な! そんな訳ないじゃないですかっ! 寝てたんじゃなくて、気を失っていたんです!」

「どう違うんだよ」

「な、殴られたんです! お腹を!! そ、それにお店のドアも開けずに入ってきたんですよそいつ! 気付いたら私の真後ろに立ってて、振り向きざまにグーパンチです。覆面してて顔もわかんなくて……。魔術師の強盗なんて、ホントたち悪過ぎ……」


「ノーヒントかよ……」そううなだれるロイとジュディに対し、店長は何がおかしいのか「はっはっは」と笑ってから二人の肩を叩いた。


「情報提供はもう警察に全部済ませてあるから、彼らに聞いてみるといい。一応聞き込み程度のことはやってくれたみたいだし、新たな情報も手に入るかもしれないよ。さぁ、ジュディのためにも泥棒退治、よろしく頼んだよ。はっはっは」

「おい、コイツ本当に困ってんのかよ……」


 ジュディもそれは同感だった。

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