宝石店にて 1−1

「い、いらっしゃいませ~」

 

 宝石店で店番をしていたジュディは、引きつった笑顔で声をかけつつ、誰がどう見てもガラの悪い来客に警戒心を高めた。幸か不幸か、彼以外に来客はない。

 

 お世辞にも綺麗とは言えない上下黒の服装。ポケットに両手を突っ込み、ほとんど白に近い金髪から覗く鋭い目が、小さな店内を隅々まで舐め回すように見ている。肩からむき出しになっている両腕には傷跡が無数に見られ、彼がこの可愛らしいアクセサリーが並ぶ宝石店に来る理由など、一つしか考えられなかった。

 ジュディは頭をフル回転させて、強盗と決めつけたこの人物を撃退する方法を必死で考えたが、彼の腰には凶悪そうな二刀流の武器までぶら下がっている。力では敵わないかもしれないと悟ったジュディは、持ち前の愛想を武器にしようと、血の気が引いていく自分を精一杯奮い立たせ、思い切って接客を試みた。


「何をお探しですかぁ?」


 男は一度ジュディを睨みつけてから、その問いかけを無視して再び店内を歩き始める。

 が、ジュディに背を向けた状態で立ち止まったかと思うと、男は肩を落とし、深いため息をついて首を大きく横に振った。そして今度はまっすぐジュディの方に大股で歩いてくる。ジュディと男を隔てているショーケースに片腕を乗せて身を乗り出し、下から抉るようにその尖がった目をジュディの顔へ近づけた。


「あ、あ、あの、何を用意すれば……」

 

 両手を上げて完全に弱気になったジュディだったが、次の男の言葉に耳を疑った。それはもう、これから先もずっと記憶に残るであろう大事件であった。


「ケッコンユビワってやつを探してんだ。この店で一番いいやつ出せ」


「え、マ」

「ジ?」と続けようとした口をそのままでギリギリ止めて、ジュディは固まった。


 強盗犯も結婚となればこうやって結婚指輪をきちんと購入しにくるものなのか。それともこちらが指輪を出してから奪っていくパターンだろうか。いや人は見かけで判断してはいけないと言うし、そもそも強盗ではないのだろうか。もういっそ何も言わずに強盗された方がリアクションが取りやすかったのにとさえ思う。


「オイ、聞いてんのか?」

「あ、け、ケッコンユビワですね!?」


 ジュディは我に帰り、強盗と決めつけた自分の心を入れ替えて、はめている黒い手袋をピンと引っ張った。もしかしたら結婚をきっかけにこの世界から足を洗うのかもしれない。いやそれではまだ自分は彼を強盗と疑っているではないか。とにかくこの男の素性はどうであれ、お客様の結婚がかかっているのだ。良いものを選ばなければならない。

 

 ショーケースから指輪を取り出すと、男の目の前に指輪をかざして少し自分と距離を取りつつ、努めていつも通りに商品の説明をした。高い位置にある窓から光を浴びて、指輪のダイヤが七色に光る。


「え、えっとぉ、これなんてどぉですか? ウチの人気商品です。ほら、このリングのつなぎ目のラインに、細かいダイヤが散りばめられててキレイなんですよね。上品で、でも控えめで儚げってゆうか! アタシ結構好きなんですけどぉ。このリングの絶妙なカーブもイイ仕事してるんですよねぇ。女の子は絶対好きですよ、こーゆうの! リングの形はペアでお揃いになってるんですけど、リングの線も細すぎないし、男性が着けてても違和感ナシです! それからこっちは、リングがさりげなくハートの形になってて……う~ん、お客さんには、ちょっとカワイ過ぎますかね? あ、それならこっちは……」


 ジュディは得意の営業トークで自分のペースを取り戻していった。一度話し始めてしまえば次から次へと言葉が出てくる。

 実は働いてまだ2ヶ月ほどしか経っていないジュディだが、彼女のいわゆる女子目線で繰り広げられるキラキラとした営業トークは、男女問わず非常に評判が高い。それまで小太りの店長が一人で切り盛りしていた頃よりも客足が増え、売上にもすでに良い影響が出始めている。

 

 何より彼女もこの店を気に入っていた。ダークブラウンの壁と床に囲まれた円形の店内は暗く、こぢんまりとしてはしているものの、天井は高く作られている。その高い位置に備え付けられた大きな丸窓から陽の光が差し込むと、ショーケースに入れられた宝石たちの輝きがより一層増して見えるのだ。まるで散りばめられた星のようでもあり、ジュディはこの店にいることが好きになった。

 指輪に限らず、アクセサリーの一つ一つは全て店長の手作りでできている。自らの富を主張するかのような、大ぶりな宝石を使うデザインのものはほとんどなく、小さなメレダイヤを使った繊細なデザインのものが多い。主張をし過ぎず、かと言って決して地味でも無く、そのデザインは見る者を必ず惹き着ける。正直だらしがない見た目とは裏腹なそんな店長のセンスも、ジュディは心から信頼していた。

 

 ジュディは次々にショーケースから指輪を取り出しては男に紹介していく。だが男は特に彼女の説明を聞いている様子はなく、ただ頬杖をついて出てくる指輪を眺めていた。

 しかし波に乗ったジュディも怯まない。


「ウチのアクセサリーって、実は全部店長の、世界でたった一つの手作りなんですよ。だからオーダーメイドもできるんです! ウチの店長が作るものって一つ一つが繊細で、ホントにカワイイんですよ! 作りも巧妙で、作品にドラマすら感じるってゆうか! ここに気に入るものがなくっても、店長なら絶対お気に召すものを作ってくれると思いますよ!」


 はっきり言って彼はどう見ても金を持っているようには見えない。ならば思い切って予算を聞いておけば、店長がその値段に合わせたものを作ってくれるかもしれないと思ったその矢先だった。


「どうしたら譲ってくれる?」

「はい?」

「何でなら売ってくれんだよ」

「え、お金?」

「金がぇから言ってんだよ。金の代わりになるモンだ。用意してくるからよ」

 

 ジュディはまたしても固まってしまう。冗談かと思う隙などもなく、男の目は至って真剣で、「またまたぁ」と笑顔で茶化すこともできない。もういっそ本当に何も言わずに強盗してくれた方がややこしくなかったのにとさえ思う。

 

 だがそう思ってしまったジュディは反省した。これ以上、失態を重ねるわけにはいかない。

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