宝石強盗と結婚指輪
おおやま あおい
アンナの自宅にて 1
「その写真」
アンナの自宅で、食事に夢中になっていたロイが唐突に言い出した。アンナの手料理の最後の一口が、その口にはまだ入っているようだ。
ロイの示した顎の先を辿ると、額縁に囲まれた、微笑むジェイクと目があった。
彼は味わい尽くした料理を飲み込んでから続けた。「そいつが噂の隊長か?」
「えぇ、そうよ。……ごめんね、一人でご飯を食べてる時がやっぱり一番寂しいから、どうしてもここに置いちゃうのよね」
その写真は、いつもアンナが食事をする席の正面の棚に、ちょうど向き合うようにして置かれている。確かに、他人が同じ席に座っては少し食べづらいかもしれない。そう思って、アンナはロイと向かいの席、ジェイクの視界を遮るように腰掛けて、「これでいい?」と言って笑った。「俺だって野郎と飯なんか食いたくねぇよ」という、不貞腐れたジェイクの声が聞こえた気がした。
「いや、いんだけどよ。死んだんだろ? そいつ」
常識的な感覚があれば、デリカシーの無い言い方に憤慨してもおかしくはない。アンナも少し苦笑いしたが、彼に全く悪意がないこと、また彼も似た傷のついた者だということをアンナは知っている。だから別段不快な思いはしない。
「……どうやって乗り越えた」
ロイはアンナを見て言った。彼に似合わず、恐る恐る、慎重に尋ねているように見えた。
「恋人を亡くした」というその共通点で、彼に対しては奇妙な親近感がある。滅多に心の内を見せないであろうロイがこんな事を聞くのは、彼も同じように感じているからかもしれない。同じ痛みを知る者へ救いの手を、彷徨える道の答えを求めている。
「乗り越えたように見える?」
アンナは少し自嘲気味に笑顔を作ってから、ロイの目を覗き込むようにして目を合わせた。そして首を横に振る。
「ダメよ、全然。乗り越えてなんかいないわ。どうなったら、乗り越えたと言えるのかさえ分からない。油断をすれば、すぐに頭の中は彼に支配されちゃうの。悲しい時も、嬉しい時も、一番に思い出すのは彼のこと。何か考えてる時もね、頭の中で彼に問いかけてる。ねぇ、どうしたらいいと思う? って。答えてなんかくれないのにね。ズルイよね。それで、また悲しくなって、繰り返し。……あなたも、そうなんじゃない?」
ロイは背もたれに手をかけて、アンナから顔を逸らして頭を掻いた。
アンナもまた、ロイと同じように救いを求めているのだ。だが、誰かにそれを求めたところで納得できる答えなどどこにもない事を知っていた。できることは、傷の舐め合い。ただそれだけ。
「でも、最近はね、心の中に彼がいるような気にもなってきてね。もしかしたら、生きてる時よりも、一緒に生きてるような不思議な気持ち。私が生きてる限り、彼はここにいる。私たちは、ある意味本物の永遠を手に入れたのかもしれないね」
言ったそばから、目頭のあたりに熱を感じる。そうは言いながらも、生きている時になぜもっと一緒にいられなかったのか。そればかりが悔やまれる。誤魔化すように、落ち着かせるように、アンナは左薬指を撫でた。片耳にかけていた長い前髪が顔にかかる。
ロイは何も言わなかった。何か考えるようにぼんやりとアンナのその仕草を見つめ、そしてまた唐突に言いだした。
「なぁ、それ」
「え?」
「それってアレだろ、その……約束する時につけるやつだろ。一体どこで手に入るんだ?」
アンナは一瞬キョトンとしたが、ロイの目線から「それ」を察して思わず吹き出した。
「これ? ……ふふっ、そうそう。結婚指輪ね。お互い永遠の愛を誓います、って証につけるものね。どこで手に入れる、っていうか、お店で、お金を出して買うものよ。ま、器用な人なら作っちゃうかもしれないけど」
「そーゆーもんか?」
「そーゆーもんよ」
前髪を耳にかけ直して、アンナは笑う。一体どうやって手に入れるつもりだったのか、ロイは売り出されていることに少し驚いたらしい。そして少し黙ってからいきなり立ち上がったかと思うと、彼はまっすぐ玄関に向かおうとした。
「え、もう行くの? ここでルーイたちと合流してから行き先を決めていくって言ってなかった?」
「あぁ、ルーイによろしく言っといてくれ。遅ぇんだよってな。とりあえずサウストに行ってりゃなんとかなるだろ」
確かに彼らの次の目的を考えれば、サウストに目的地が設定される可能性は高い。だがアンナには、ロイの勝手な判断に愚痴をこぼすルーイが簡単に想像できた。
(ま、いっか)
最近はそんな彼らのやりとりが微笑ましく感じられる。
結婚をきっかけに、ジェイクは騎士団討伐隊の副隊長であったアンナの後継をルーイに任せた。だがその彼もジェイクの戦死でアンナと同じくらい心に深い傷を負ってしまった。アンナに非はないにしろ、まだ若かった彼に重大な責任を背負わせてしまった罪悪感を少なからず感じていた。だからどんな感情であれ、孤独を望んでいたルーイの表情が豊かになっていくことは、アンナにとっての救いであるような気がしていた。
「あ。飯、美味かった。じゃ」
扉を開けてからロイは振り返り軽く手を上げた。照れ臭いのかやはりアンナとは目を合わせてくれない。アンナはそんな彼に少し微笑んで、同じように手を上げようとしたが、ハッと閃いて慌てて声をかけた。
「ロイ! あのね、この指輪は、とっても大切なものよ。間違っても、盗んだりしちゃダメだからね。誰も悲しませちゃダメよ」
後ろ姿のロイはわずかに肩をあげて、一瞬固まる。
それから、「わ、分かってら」と歯切れ悪く答えて、彼はアンナの家を後にした。
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